おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。



「朝食はいつもたいてい同じものを食べますよね。
 それだけ選択の幅が狭いということなんですか?」

確かに朝食は非常に簡単にできている‥‥、
と前回、言いました。
例えば普通、朝からグラタンを食べたり、
親子丼を食べたりはしないです。
家で朝から焼きそばを作ったり、
昨日の残りのカレーを
ご飯にかけて食べたりするのは自由だけれど、
朝からすき焼きが食べられなかったといって
お店の人にクレームをつける人はまずいないでしょう。
いたらその人はかなりの非常識な人といって
いいんじゃないかなぁ。
そういう意味で、
朝食にはあまり多くの選択肢はありません。
でも、だからといって「受け身」であって良い、
ということじゃない。
どういうことでしょう?

イギリスの朝食文化は
なぜすごいのか?

朝食を世界で一番大切にするのは多分、イギリス人です。
産業革命以降、
いわゆる世界が近代化していった一世紀ほどの間、
おそらく世界で一番勤勉だったのがイギリス人。
そして勤勉である以上に世界でも有数の倹約家であり、
禁欲的に生活していたのがイギリス人だ、
と言われています。
午前中、彼らは我を忘れて働きます。
仕事が一段落したところで軽く昼食。
たいていはパブでサンドイッチをつまみながら
立ったまま小腹を満たすような食事。
それでまた仕事に戻って、
小腹が空いた頃にお茶を飲みながら
サンドイッチをつまんで、というような働き方。
それなら晩御飯をたっぷり食べるのか?
というと、夜は翌日の労働のために
早く寝なくちゃいけないからと、軽く済まして床に就く。
おなか一杯に食べちゃうと
なかなか寝付くことができないですから。
そうした働くことを中心にした生活態度が
イギリスの料理を発達させなかった理由の一つだ、
と言われるほどに彼らは良く働いて、
結果、粗食をもって良しとする生活習慣を身につけた。
例外は朝食。
軽く食べて早く寝ると朝、
当然のようにおなかが空いて目が覚めます。
しかもおなかをしっかり整えないと
朝から仕事をすることができはしない。
つまり、猛烈な空腹と旺盛な勤労意欲が
イギリスの朝食文化を世界有数のものにした、ってこと。
玉子料理にハムやベーコンがついてトースト、
それにジュースとコーヒー、という
僕たちが食べ慣れている洋風の朝食は
イングリッシュブレックファストが原点。
大英帝国ありがとう‥‥、って具合であります。

イギリスの人々は一日に一度の楽しみを、
楽しみ尽くそうという勢いで朝食に向かう。
注文をとりに来るウェイターに矢継ぎ早に、
あれこれ注文をつけるんですネ。
例えばこんな具合に。

まずはオレンジジュース。
玉子は目玉焼きで。
ひっくり返して表側を軽く焼いてもらおうかな?
全粒胚芽パンの思いっきり薄いのを、
焦がす寸前までトーストしてください。
それを4枚。
できればまず2枚焼いていただいて、
10分後に残りの2枚を持ってきてくれるかなぁ。
ソーセージはいらないんでベーコンをタップリ。
思い切りカリカリに焼いてネ。
紅茶はミルクと一緒に。
ローファットを温めすぎない程度に温めて
持ってきてくれますか?

‥‥というようなことをメニューも見ないでよどみなく。
惚れ惚れします。
イギリスに生まれてこのかた、
一日も欠かさず毎日、
朝ごはんを食べ続けている人であればこその
堂に入った注文の仕方を聞くと、
ああ、かっこいいなぁ、と思います。

イギリス人に倣うならば!

彼らはこだわる。
何にこだわるか、といえば
「自分が食べたいものを食べたいように食べさせてもらう」
ということにこだわる。
それが朝ごはんに対するこだわりです。
せっかくです。
真似ましょう。

いくつかのポイントがあります。
まずはジュースにコーヒー。
オレンジジュースかグレープフルーツジュース、
どちらか一つ。
お店によっては他にキャロットジュースだとか
トマトジュースだとか
いくつかの種類のジュースが用意されていて、
どんなジュースがあるのかは聞けばいいです。
朝食を外食することの最大の楽しみは、
サービスをしてくれる人との
コミュニケーションですから、
わからないことはどんどん聞く。
そして聞いて教えてくれた情報の倍の分量の情報を
相手に返す。
今日一日を「自分のものにする」ための、
最初のウォームアップをするつもりで会話のやりとり。
コーヒーか紅茶に添えるクリームを、
例えば低脂肪乳でとか、
クリームの代わりにミルクを温めて下さいとか、
そうしたこだわりを伝えることができると
ちょっと通っぽいです。
紅茶なら例えば、
お砂糖の代わりに蜂蜜をくれませんか?
とか言うと、ナイスです。

次に玉子料理。
焼き方を正確伝える。
ボクの父は目玉焼きの焼き加減を伝えるとき、
必ず上目遣いにこういいます。
「玉子はひっくり返さないで。
 でも黄身の表面がしっかり白くなる程度までは
 火を通してくださいネ。
 できればフライパンに蓋をして。
 表面は真っ白、でも中身はトロトロの状態で、
 ヨロシク」
‥‥、といいながらプックリ盛り上がった黄身を
撫でるかのような仕草を付け加える。
もう還暦はとっくに過ぎたおじさんの
することじゃなかろうに‥‥、と思うのだけれど
まあとても楽しそうなので許しましょう。
アメリカ人なんかもっとわがままで、
例えば玉子の白身だけを使った
スクランブルエッグを作って、とか平気でいいます。
ボクも真似て「玉子一個しか食べられないんですけれど、
オムレツをそれで作ってもらえますか?」と聞いて、
それは無理です、って断られたことがあります。
でもそれはそれで楽しい思い出ですよね。
だから臆せず要望を伝えてみる。
それに添えるハム・ベーコン・ソーセージを
どれか一つ選べば、メインディッシュの出来上がりです。

ここまでくればお店の人は
「よし、この人のために
 飛び切りの朝ごはんを用意してあげよう」
という気持ちで一杯になる。
トーストのパンの種類に焼き加減まで
しっかり伝えればもう完璧です。
厨房の中には「スペシャルオーダー」として通ります。
スペシャルオーダーは
「特別な料理」という意味じゃない、
「特別な人のための料理」なんです。
だから朝食にもスペシャルオーダーはあって、それは
「特別な食べ方にこだわる人からいただいた注文」が
きっかけになる、ということ。
特別の朝ごはんは「熱意と伝達能力」がもたらすご褒美。
そう覚えておきましょう。

「モーニングセット」なんて
ありませんからね!

ハワイで本当にあった笑い話のような出来事です。
レストランのサービスをしている人たちと
勉強会をかねてホノルルに行き、
コーヒーショップレストランで朝食をとりましょう、
と現地でも有名な店に繰り出しました。
店に行く前に、今、ここで説明したような
「朝食の注文の仕方」の講義までして、準備万端。
「注文をすることから勉強ですから、
 皆さん、失敗を恐れず挑戦しましょうネ!」
の号令のもと、みんなメニューと格闘しながら
それぞれの注文を進めていました。
担当のウェイトレスは辛抱強く、
一人一人の注文を聞きそれをメモして
次の人の注文を聞き‥‥を繰り返す。
それも笑顔で。
ああ、これがサービスするということなんだな、
とみんな感心しつつその手際の良さを見てました。
そして最後の一人。
そのときの参加者の中で一番の年かさで、
しかも人の話を聞かない頑固なおじさんの番。
みんな一斉に注目です。

おじさん、こういいました。
「モーニング!」
言われたウェイトレスは笑顔で
「グッドモーニング」と答えます。
そして「注文は?」という表情で
おじさんのことを見つめ返す。
おじさん、動じず再び言います。
「モーニング!」
彼女も再びグッドモーニングと挨拶をしてまた見つめ、
見つめ返されたおじさんはまたまた「モーニング!」。
‥‥のようなやり取りが数回繰り返されて、
彼女はほんとに困った。
「彼はとても丁寧で礼儀正しいのはわかるけれど、
朝の挨拶ばかりで何を食べたいのかわからない‥‥」
そう僕らに訴える。
そりゃそうです。
で、ボクは彼のところに行って耳打ちしました。
「日本の喫茶店じゃないんだから、
 アメリカのレストランに
 モーニングサービスは無いんですヨ。
 もう一回、復習しましょう。
 アメリカの朝ごはんはネ‥‥、アレコレ云々」
1分少々のレクチャーの後、
おじさんは首尾よく注文を済ませ、
しかも件のウェイトレスからは
「今朝一番素敵な挨拶をしてもらってありがとう」
のキスまでもらって、上機嫌で店を後にした。
みんな爆笑。
楽しい思い出でありました。

朝ごはん、何を食べるか以上に、
どのように食べるか? を伝えるということが大切です。
モーニングセットの一言で注文が済むほど
大人のレストランは簡単で単純なものじゃない、
ということですネ。

illustration = ポー・ワング

2005-03-10-THU


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