おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。



お店に行く、良い時間帯っていうのはあるんでしょうか?
ちょっと遅めのランチって、OKなのかな?


飲食店にとって、最も一般的な営業時間といえば
午前11時ごろに店をあけ、
午後2時くらいまでランチタイムの営業をして
3時には昼休みに入り
夕方5時に再び店をあけ
夜10時くらいをラストオーダーにして
夜の11時にはクローズする、
というものじゃないかと思います。

当然、中休みを取らないで
ずっと一日、通して営業する店もありますし、
もっと遅くまで営業をしている店もありますが、
「予約が必要で」
「予約する価値があり」
しかも
「そこで働いている人と知り合いになって得をする」
店のほとんどが、そうした営業時間で運営されている、
と思って間違いありません。

そうしたお店に、どのタイミングで行くのがいいか?
つまり
「そうしたお店に行って得する可能性が高い時間帯」は、
いつか? ということですネ。


飲食店で得をする。

それは「飲食店の人たちから優しくしてもらえる」
ことだ、と言い換えることができるでしょう。

値引きしてもらえること?
いいえ、経済的な問題じゃないです。
得するということは。

他のお客様よりも優しく接してもらえる。
優しく特別扱いしてもらえることが
「得する」ことです。
優しくしてもらおうと思ったらどうすればいいか?

人間関係の鉄則を思い出してください。
優しくしてもらおうと思ったら、
まず優しくしてあげること。

お店に優しいお客様であれば、
優しくしてもらうことが出来る、というわけです。

それなら「お店にとって優しい時間」って
どんな時間でしょう?

まずランチ編からスタートです。

ランチタイムは1時過ぎを狙え!

第一の鉄則、「ランチタイムは1時過ぎを狙え!」です。

ボクはあるなじみのすし屋を予約するとき、
昼間ならば絶対「1時過ぎで2名お願いします」
というふうに電話をかけます。
もう何十回もした予約の中で1回だけ
「12時ちょうどでお願いします」
と言ったことがあって、そのときは何度も、
本当に12時でよろしんですネ、と念を押されたくらい、
その店で昼食をとるということは
1時過ぎからで予約をとる、という意味になります。

ランチタイム、特にビジネス街の昼食時、
飲食店は戦争のようなものです。
ほとんどのお客様が仕事の昼休みの間に
食事を済ませてしまいたい、という気持ちで食卓につく。
料理を提供する側も当然、
40分とか50分とかという限られた時間で
お客様をお帰ししないといけない、
という気持ちで頑張るので、
そういうときのレストランは、
勢いはあってそれなりに楽しくはあるのだけれど、
でもキメ細やかなサービスは期待できません。

サービスだけじゃなくてキメ細やかな料理を
期待することも欲張りすぎで、
欲張りなお客様は往々にして嫌われるものです。

「いやいや、ワタシは別に
 1時までに帰らなきゃいけないわけじゃないから、
 タップリ時間かけて良いサービスと
 素敵な料理を提供してください」
と言ったところで、全体のサービスの流れ、とか、
厨房の中の調理の流れとかを壊してしまう
そうした要望は、やっぱり欲張りすぎ、
というふうに思われてしまいます。

ひとりだけ、とか、
ひと組だけ、1テーブルだけの特別扱い、
というのがレストランにとっては
一番難しいことなんですネ。

ほとんどのお客様がランチタイムのセットとか
コースを頼んでいる店で、
あなただけがアラカルトを何品か注文をする。

大抵、調理は後回しです。

いやいや大丈夫、何十分で待つ覚悟だから、
と寛容なお客様を気取ってみても、
お店で働いている人にとってはプレッシャーです。
調理台の前に置かれたあなたの伝票が、
まるで緊急事態発生のサインが
点滅しているかのようにシェフの目には映ります。
あなたのテーブルにだけ料理が運ばれず
何十分もカラッポなのを、
横を通るウェイターは申し訳ないと思いながら
見て見ないふりをします。

あなたは一生懸命待っている。

これじゃあ、だれも幸せになれない状態です。

それならいっそ、お店に行く時間を1時間ずらせば良い。

午後1時過ぎのレストランは、
忙しさと緊張から開放された
ほんわか暖かい雰囲気に満たされた、幸せな場所です。
シェフの顔もウェイターの顔も、
12時35分とは全然違う。

お店は多分、満席という状態でなく、
お店の人はあなたの要望を聞いてあげよう、
という気持ちになっている。
優しい気持ちになっているのです。

お店にとって優しい時間を選んであげる優しいお客様は、
優しい扱いを受けて当然、というわけです。

もっとも危険なのが12時50分!

この効果を最大限に引き出そう、と思ったら、
1時前には極力、店のドアをあけないことです。
1時前の飲食店は、今まさに嵐のような忙しさが
終わったところ、あるいは終わろうとしている瞬間で、
大勢のお客様がお勘定を待っていたり、
テーブルの上がきれいに片付いていなかったりしています。
お店の人が一番見られたくないもの、それは
「お客様をお迎えする準備が出来ていない状態」で、
まさに12時50分はそうした時間帯。

見られたくないものを見ない努力をするのも、
優しいお客様になる大切なポイントです。

だから予約するとき、「1時ちょうどで」ではなく、
「1時をちょっと過ぎてしまうかもしれませんが」、
これが素敵。

1時ちょっと前にお店にたどり着いたとしても、
しばらく近所で時間をつぶして、
1時ちょっとすぎに扉を開ける。
これがコツ。

先ほどのボクのなじみのすし屋、
カウンターだけの小さな店なのですが、
1時を過ぎるとたいていそこに座っているのは
常連のお客様だけになります。

空気は穏やかです。

握り手のご主人も、心なしか丁寧に、
一つ一つの作業をキッチリ、
心を込めて握っているように思えます。

そもそも1時過ぎに予約するということの中には
「その日は特別、急ぎませんので
 良いサービスをお願いします」
というメッセージが含まれていて、
それに応えてくれるのがいいお店の証拠です。
そしてそれをわかって、ゆっくり食事する心構えが
出来ているのが良いお客様の証でもある。

特別のサービスはこれだけじゃありません。

その店のご主人は、寿司を握りながら
いろんな話をしてくれます。

今の時期だったらこの魚がとても美味しい、とか
これからはこうした魚がどんどん脂が乗って
美味しくなるとか。
あるいは、今、一番元気があるのはあそこのすし屋だよ、
とか、ここの近所にこうした面白いフランス料理屋が
できたんだけれど、この前、そこのシェフがやってきてね、
とても面白い人だったヨ、
なんだったら紹介してあげましょうか?
そんな会話。
これが一番のサービス、一番のご馳走。

ランチタイムの忙しい時間帯に何回、何十回、
いやいや何百回通っても
こうした話を聞くことはないでしょう。
何回通ったかではなくて、
何回お店の人と言葉を交わしたかが
常連であるかどうかを決めるのです。

1時過ぎのレストランなら、
いつもは独り占めすることの出来ない
ウェイターさんから、
たっぷり料理やワインの話を聞くことが出来ます。
運がよければ料理を作り終えたシェフが
ホールに出てきて、挨拶をしてくれるかもしれない。
今日のお勧め料理をどのようにして
イマジネーションしたのか、なんて話を
シェフからじかに聞くことが出来るかもしれない。
何より、戦争のようなランチタイムを無事乗り切った、
という満足感にほころぶシェフやホールスタッフの
ほっとした安堵の表情を見ることが出来るだけで、
なんだか得したような気持ちになれるものです。

緩やかな時間が流れる穏やかな表情の
午後1時過ぎのレストランを訪れる。
その空気に逆らわず、こころゆくまで
午後の贅沢なひと時に身を任せる。
それは平日の午後のスケジュールをやりくりして
ひねり出した自分へのご褒美のような
時間であるかもしれません。
あるいは休日を大切な人と過ごすための
とっておきの時間であるかもしれません。

長居は無用、です!

そうそう、たとえファミリーレストランのような
予約を必要としない気軽なレストランであったとしても、
午後1時過ぎ、休日ならば午後2時前後というのは、
とても穏やかで、働いている人たちが
「よし、いいサービスをしてやろう」
と腕まくりしてお客様を待っている時間なんです。

ただ、この時間帯にとっておきのサービスを受けたなら、
長居は無用です。
レストランのスタッフにとって
待ち遠しい時間が待っているから。

まかないを作りそれを食べ、
今日のランチタイムの反省をしながら
夜の営業の準備をする時間、
いわゆるレストランの中休みの時間です。

2時半を過ぎる頃から、レストランの空気は逆に少々、
ピリピリし始めます。
背伸びをしながらあくびをした後、
目をゴシゴシこするような、ちょっとしたせわしなさ。
テーブルにセッティングしてあった食器や
ナイフフォークを片付ける気配や、
お店の玄関前のメニューボードを店内にしまいこむ気配。

寿司屋さんのカウンターの中では、
ご飯を入れたおひつが片付けられたり
まな板を丁寧に拭き磨く仕草が見えたり。

ああ、休憩にこれから入るんだな、と思ったら長居は無用。

ごちそうさま、とお店を後にする。

粋なお客様がひと組完成、というところです。

素敵なお客様になるための「優しい時間」、
覚えておきましょう。

illustration = ポー・ワング

2004-12-23-THU


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