おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。




あなたの手帳にリストアップしておくべき店の
ふたつ目は、
「大切なお客さまをおもてなしするにふさわしい店」
です。

素晴らしいサービススタッフ、
中でも特に素敵なソムリエがいるお店。
言葉をかえれば、お酒のもつ魅力、
効力を正しく教えてくれる店、
ということになるでしょう。

ワインを楽しむ、という項目のところでも言いました。
お酒は酔うためにあるのではなく、
楽しい時間を過ごすために存在するんだ、と。
お酒に溺れる人は一緒に食事する人を不愉快にさせます。
逆にお酒を上手に楽しめる人、というのは、
一緒にいる人を愉快にさせる。
つまりお酒の飲み方を学ぶ、ということは
「同席の人達をおもてなしする」ことを学ぶ、
ということでもあるのです。

とても大切な人とあなたが
一緒にレストランに行ったとします。
あなたがその人を誘って
今日の会食が成立したのであれば、
あなたはその人を徹底的にもてなす義務がある。
でもあなたが逆にその人から誘われて
レストランにやってきた、
本来もてなされる立場であったとしても、
誘ってくれた感謝の気持ちを
その人に表現しなくちゃ、素敵じゃない。
レストランという場所は、
同じテーブルを囲んだ人達がもてなし、
もてなされる場所なんですネ。
シェフは私達を「料理」でもてなしてくれる。
私達は私達を何でもてなすのか‥‥? というと、
その武器は「会話」。
会話の弾むテーブルには
適切なお酒が置かれていることが多いのです。
お酒を正しく勧めてくれる店は、
会話のきっかけを正しく与えてくれる店であり、
つまり、おもてなしのココロに溢れた店とは、
信頼するに値するソムリエやサービス係のいる店、
の同義語である。とボクは思っています。

ソムリエってどんな人?

ところでソムリエとはどんな仕事だと思いますか?
お客様のためにワインを選んであげる人。
ワインの栓を抜き、グラスに注ぎ、
お代わりが必要ないかどうかを見て回る人。
そのためにいろんなワインを飲んだり
勉強したりしている人。
確かにその通りなのですが、
それがソムリエの仕事のすべてではありません。
むしろ本来の仕事の内容から比べれば、
ほんの小さな仕事の一部でしかありません。
彼らの本来の仕事はこうです。

レストランにおけるお客様の時間を、
最高に豊かで楽しいモノにするために、
ワインをもっとも美味しい状態で
楽しんでいただくお手伝いをする仕事。

だから彼らはワインだけではなくて、
料理のことも勉強をします。
どの料理がどのワインに合うか、というようなレベルで
料理の勉強をするのではなく、
調理方法や食材の栽培法に至るまで、
プロの調理人もビックリするほどの
料理に関する勉強をします。
実際、調理人からソムリエに転向する人もいるし、
逆にソムリエ出身のシェフ、
なんて変わり種もいたりします。
部屋の温度にこだわったり、
照明の明るさに絶えず関心を払ったり、
快適に食事が楽しめる環境に対して
彼らは並々ならぬ努力をします。
そうした細心の注意のもとにもてなされる私達は、
幸せなお客様に違いありません。

しかも彼らの勉強の対象は、
軽々とレストランという枠組みを超えていきます。
例えばワインを知る、ということは
イギリスとフランスの
犬猿の仲の歴史に触れるということでもあります。
例えば食を愛したかつての有名な人達の
人生を知ることであったりもします。
何より表現力に優れていて、お洒落であって、
だからソムリエのような人達と知り合いになれる、
ということは素晴らしいこと。
ソムリエ、あるいは信頼できる
レストランのマネージャーの友人を持つ人生。
その人生は素晴らしくエレガントで
刺激に満ちたものである、とボクは思います。

そしてなにより、彼らは
「人を観察するプロ」です。
同時に抜群の記憶力をもっている人達です。
これ、非常に重要。
そんなプロフェッショナルだからこそ出来る
マジックがあるのです。

とある店の女将のはなし。

重要なのだけれどとても憂鬱な会食を
取り仕切らなくてはならないことがあります。
もしかしたら自分の人生を
左右するかもしれないほどの大切な人なのだけれど、
それほど面識があるわけでなく、
当然、その人のことに詳しいわけでもないから、
どうもてなしていいか見当もつかない。
そんな会食。

たとえば、父の昔からの友達。
ボクが小さい頃、
何回か会ったことがあるような記憶だけはあるのだけれど、
ほとんど初対面に近い人と
会食しなくてはならなくなったことがあります。
地方に住むその人を、
本来、父がもてなすはずだったのですけれど、
どうしてもはずせない用件が出来、
そこでボクにおはちが回ってきました。
なんたる不運。
上手くいかぬに違いない会食を
取り仕切らなくてはならないなんて、最低ですよネ。

相手を知らない、
つまり会話が盛り上がらないであろう会食場所の定番、
「かに料理」でも食べようか、と思ったのだけれど、
それもあまりに能がないだろうと、
結局、ボクが選んだのは和食の割烹のような店でした。
父とボクが共になじみとして使っていた店で、
贅沢すぎず気持ちの良い店で、料理は旨く、
何よりその店の女将さんが
とても気持ちよい気配りのあるサービスをしてくれ、
旨い酒がたっぷり揃っている、
というのが決め手でしたネ。
酔わせてしまえばなんとでもなる、
というような気持ちもあったのかもしれません。
とにかく予約の電話をし、
大切な接待でお店を使わせていただきたいこと、
しかもそのお客様は、父の友人であること、
私がしている仕事の重要な
パートナーになる人かもしれない、ということ。
しかしその人とはほとんど初対面に近く、
だから上手におもてなしできるかどうか自信がない、
ということを彼女に伝えて、運を天に任せたのでした。

最初はやはり緊張でした。
女将さんがビールを勧めてくれます。
とてもよろしく冷えたビール。
完璧な喉越しは、
宙に浮いてどこかに飛んでいきそうになっていた
ボクの気持ちをテーブルの前に引き戻すのに
十分な刺激でありました。
続いて、焼酎の水割りでも飲まれるのがよろしかろう、
というサジェスチョンで、
彼女がテーブルの脇で世話を焼いてくれます。
適当に私達の会話の中に入って、
あれこれ話題をしかけてくれ、
しかもボクの水割りだけは、
心がけて薄く仕上げてくれます。
話題が一段落ついて、沈黙の天使がやってくると、
すかさず、吟醸酒で面白いのが入っていますよと
またまた助け船を出してくれ、
都合、2時間の食事はつつがなく終了、
ということに相成りました。

店や酒や料理のことを
ボクのお客様に伝える努力をしたのではなく、
ボクと言う人間がどんな酒が好きで料理が好きか、
というようなハナシを一生懸命してくれたことが
その時の女将さんの仕事の素晴らしさでした。

もてなすボクが相手のことを知らないで
緊張しているということは、
その緊張以上に、もてなされるお客様は
ボクのことを知らないで緊張している、
ということでもあるのですネ。
お互いの理解を引き出すためのサービス。
お互いの緊張を解き放ってくれるためのサービス。
ありがたい心遣いです。

そうして、ソムリエをはじめとした
レストランのサービススタッフは、
あなたと一体となってお客様をおもてなしします。
その時、一番のもてなしを受けているのは、
実は「あなた」である。
──幸せなことではありませんか?


次回は、このシリーズの最終回、
「普段使いの店」のおはなしです。


illustration = ポー・ワング

2004-07-08-THU

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