おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。


ところで変な味の修復は
どこまで許されるんでしょう?
「不味い」を通り越して「変な味」だったら
あなたは、どうしますか?


いったいその「つゆ」は
何だったのか?!


まずは「変な味」とは何かという説明から、
してみましょう。
これからお話しするのは、
「ユナイテッドエアラインのざるそば」というお話です。

世界中で和食がブームです。
レストランの世界にとどまらず、
例えばエアラインの機内食でも、
アジア太平洋地区を飛ぶ際、
和食が選択肢の中に入っているのが
なかば当然になりました。

昔は和食が食べたければ、
日系のエアラインを選ばなくちゃいけなかったけれど、
今ではそんなことはありません。
例えばアメリカのエアラインでも
幕の内弁当程度の和食を準備しているのは当然になり、
そうでなくても例えば「茶そば」のような
サイドディッシュが選べるぐらいの工夫はしています。

10年近く前の話です。
比較的長期に渡ってアメリカ本土に滞在する機会があり、
東部の田舎を転々とする旅を終えて帰国の途についた、
その時、機内食に添えられたざるそばに、
思わずボクは魂を奪われました。
麺は伸び切って団子状にくっついてしまっているし、
妙に黄色いわさびも
乾いたネギの大きすぎるみじん切りも怪しさ満点で、
普通の精神状態ならば絶対に手を出さないであろう
惨状であるのだけれど、
でもボクは真っ先にそれに手をつけました。

そば色の団子が一口分持ち上がり、
これならズルズル音を立てずとも食せるわい、と
変なところで関心と安堵をしながらタレにつけ、
口に運びました。

唸りました。

もちろん、あまりの旨さに、ではなく、
あまりの奇妙奇天烈ぶりにボクは唸ったワケです。

どうしてか?

タレと思ってどっぷり浸けた液体が
実はウスターソースだったんですね。

これには参った。参ると同時にかなりの憤りに襲われ、
ボクはフライトアテンダントを呼んで
思い切り抗議しました。

このディッピングソースは間違っている。
こんなのは食えないよ‥‥、と。

ところが彼女はこう言うんだね。

「他のお客様はみんな召し上がっていますヨ。
 腐っているわけでもないのでしょう?
 どこがどうおかしいのでしょう?」

彼女はアメリカ人です。
他のお客様というのも見事にみんなアメリカ人で、
確かに彼らはウスターソース味のそばを
黙々と食べています。
本当のそばを食べたことのない人に、
これは間違っている、といっても仕方ないですネ。
多分、この料理を作った人も
レシピと調理マニュアルを片手に
自分たちが食べたこともないものを組み立てたわけで、
たまたま間違ってタレと同じ色のウスターソースで
容器を満たして良し、としたんだろうネ。

誰にも罪はない。

ボクは飛行機のキャビンの真ん中に立ち上がり、

「みなさん、これを食べて
 蕎麦を嫌いにならないで下さいよ!」と、
大声で言いたい衝動を抑えるのに必死でした。
そんなことしたらみんなが不愉快な思いをするのは
目にみえています。
ならばウスターソース味の蕎麦を楽しめるほど
ボクが無邪気だったか、というと、
さすがにそこまで柔軟な国際人になれるわけもなく、
家について真っ先にボクは近所の蕎麦屋にかけこんで、
ざるそばをズルズルすすりました。

ズルズルも快感だったけれど、
なにより食べなれた出汁の味に
ボクは久々、涙しました。


味が変だ、ということを伝えるのは
じつはとってもたいへんなことなのです。


「味が変だと思う」。

しかしその「変である」ということを
伝えることが出来なければどうしようもないんですね。
クレームをつけようと思ったら、
表現力を養わなきゃいけない。
「美味しい!」を表現するよりも、
「不味い!」を表現する方が数段、難しいのだから。

しかも他のお客様に気づかれないように伝える。
これも大変なことです。

美味しいと言う気持ちを伝えるときには、
世界中を代表して。
でも美味しくないと言う気持ちを伝えるときには、
あくまで自分個人の意見として。

これが基本だと思います。

大声で「この料理は変だぞっ」と怒鳴る。
と、その行為は「店全体を代表」することになっちゃう。
そうは思っていない人もいるかもしれず、
店のお客様全員がその商品を食べているとも限らず、
そんな状況であるにも関わらず、
あなたの意見がお店全体の気持ちを代表しちゃう。

‥‥あり得ないことです。

だから、お店の人を呼んでそっと伝えます。

「すいません、このお料理は
 この味が本当の味なんでしょうか?
 ちょっと酸っぱ過ぎるような
 感じがするんですけど‥‥。」

事実とそれに対する感想だけを述べましょう。

「ねえ、この料理、腐ってるんじゃないの?」

素人判断の推察と結論を述べてしまうと、
それ以上のコミュニケーションが
成立しなくなっちゃいます。
レストランにとって、
対話を拒絶する姿勢のお客様ほど
イヤなお客様はいないんです。
だから事実とそれに対する素直な感想を、
そっと伝えましょう。

「胃袋に元気を出していただくために
 メリハリをつけるために
 柑橘類のジュースを
 たっぷり目に使った料理なんですよ。
 この後、優しい料理が続いて行きますので‥‥。
 もしお気に召さないようであれば、
 作り直して参りましょうか?」

こうした答えを引き出せれば安心です。

腐ってるんじゃないの? の答えは、
「腐ってません、大丈夫です」で終わり。
それじゃあ、つまらないでしょう?


味が足りないなと感じたら
こんなふうに伝えましょう。


時折、味がいかにも足りない料理が
出てくることがあります。

うーん、塩味がもう少しきいてくれていれば、
ご機嫌な料理になるのだけれど‥‥。
その時、もしテーブルの上に
塩、胡椒が置いてあれば、
それは「あなた好みの味で召し上がれ」
というメッセージです。
まず一口食べてみて、
納得尽くで存分に自分なりの
味の修復をしながら楽しみましょう。

テーブルの上に何も置かれていない、
にもかかわらず味が足りないように思えて仕方ない。
そんなときは臆せず聞いてみましょう。

「すみません、もう少し
 インパクトが欲しいのですけど、
 例えばレモンなんか絞ると
 台無しになっちゃいますか?」

このお客様、面白い、って
お店の人は思ってくれるでしょう。
厨房に駆け込んだサービス係の人はこんな答えを手に、
テーブルに戻ってくるかもしれません。

「せっかくならばライムを絞ると良いだろうと
 シェフが言っております。
 かわりにお絞りしましょうか?」

公のレストランの料理が、
あなたのためだけに作られた料理になる。
素晴らしいことでしょう?

ところで、自分が考えているものと
違った料理がやってきたらどうしましょう。
大概の場合は、「ああ、こんな料理もあるんだな」と
感心できる、良い意味で驚かされる料理であるのだけれど、
何度かに一回は、食べられない料理が
出てきてしまうかもしれませんね。
嫌いな食材がたっぷり、
我が物顔で皿を占有しているような料理。

お手上げです。
その時は素直に言いましょう。

「ごめんなさい、ボクは鶏肉の皮が食べられないんです。
 食べると体中が鳥肌になっちゃうんで。ごめんなさい!」

美味しいものを食べ損なった無念さを正直に、
そして少々のユーモアを付け加えて、
一生懸命に伝える。

後は何も言わなくとも、なんとかなります。
お店の人はあなたの笑顔が見たくて仕方ないのですから。


次回は、おいしい料理をみんなで分け合って食べたいとき、
どうしたらいいかなというお話です。


illustration = ポー・ワング

2004-03-25-THU

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