おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。


迷っているお客様を
お店の人はどんなふうに観察しているのでしょう?

メニューを開いて、何の迷いもなくさっさと注文する、
決断力に満ちたお客様がいらっしゃいます。
何の面倒もなくお店の人としてみれば
都合のいいお客様なのだけれど、
心に残るお客様でもなく、
魅力的なお客様では決してない。
では、どんなお客様が魅力的なのでしょう?
たとえば今日一日の営業が終わって
営業日誌を記入する時、
今日はこんな素敵な人がいらっしゃって、
その方にこんなサジェスチョンをして差し上げたら
とても喜ばれた、というエピソードを
提供してくれるお客様。
今日はとてもよいサービスをすることが出来た、
という実感をプレゼントしてあげられるお客様こそが
魅力的なお客様なんです。
みなさんにもそんなお客様になってもらいたいな、
と思うのです。

素敵なお客様は素敵に悩みます。
素敵な悩み方、というのは
「私は自分で全部決めることも出来るんですけど、
 せっかくだからプロの意見も聞きたいんですよね」
って悩み方。
素敵じゃない悩み方とは、
「私は全然、選ぶことができないんです、
 助けてください」。
‥‥馬鹿にされます。

二度と食べることができない料理、
それが「今日のお勧め」です。


今日のお勧め料理を提案してあげたくなるお客様がいます。
その一方で、定番で間違いのない、
でもいささか退屈な料理を勧めたくなるお客様がいます。
かと思うと、今晩で一番高い料理を
勧めてしまいたくなるお客様もいるんです。

あなたはどのお客様になりたいですか?

一番高い料理を売りたくなる相手、
それはお金持ちのおじさん達が多いですね。
レストランに入ってメニューを一瞥、従業員を呼んで
「何でもいいから一番おいしいのを持ってこい」
「この店で一番高いものをくれ」
とつっけんどんにいう人。
彼らには何ら迷いがないように思えるけれど、
実はなにを頼めばいいのか全然わからない迷える子羊。
なのに、なにを食べていいのかわからないと
言えないものだから、
とりあえず高いものを持ってこいと命令をする。
狼の毛皮をかぶった子羊、ああ、かっこうわるい。
でも彼らは「幾らの料理を食べたんだ」
というコトを自慢して喜んだりしますから、
決してそうした薦め方は、的外れではありません。
むしろ、最高のサービスをした、
というコトにもなりますか。

「私、何でもいただきますから、
 今日一番おいしいものを選んでくださらない」
と、これも言い方こそソフトだけれど、
さっきのおじさんと同じこと。
高いのを売っておけばいいんだ、って思われます。
だってこの人は自分の意志とか好みとかを
持っていないんだから、と思われても仕方ない。
損ですね。

定番料理を勧めてお茶を濁したくなってしまうお客様。
知ったかぶりで頑固そうなお客様に多いですね。
メニューを見ながら薀蓄を言う。
曰く、今の時期のカツオは痩せてるんだとか、
葉野菜はやっぱり朝摘みに限るんだとか、
なんだか「オレは知ってるぞ」と言う顔をして
メニューを見てる人です。
変なものを薦めると多分、
気分を悪くしちゃうんだろうなぁ、と思っちゃう。
だから誰もが知っている料理とか、
シェフが何回も何回も作り尽くして、
作り飽きちゃったような料理、
まあ、とは言っても、熟練の商品ですから
美味しいに決まってはいるんでしょうけれど、
そんな料理を勧めてしまう。
これも損ですネ。

美味しければ良いと思い込む、
グルメ気取りの人達は別として、
「レストランを楽しみたい」
と願っている私達が楽しむべきは
「今日、この瞬間に食べなくては
 二度と食べることが出来ないかもしれない」
料理です。

そもそも「料理を作る人にとっての定番料理」
というのは、
ずっと褒められ続けてきた料理、というコト。
人間、けなされるより褒められる方が
うれしいに決まっているけれど、
ずっと同じコトを褒められるとうんざりするでしょう?
褒められることに対する感動もなくなってくる。

でも「今日のお勧め料理」というのは
シェフにとって一種の賭けです。
もしかしたら嫌いと言う人もいるかもしれない。
でも今日の食材を眺めながら、
コレを作ればお客様は喜んでくれるかもしれないなぁ、
と思いながら一生懸命作った料理。
それが「今日のお勧め料理」です。
今日だからこそ作れた、
明日は作ることが出来ないかもれない料理を
褒めてくれたお客様のことを、
シェフは忘れることが出来ません。
あなたのことをシェフは一生、
忘れることが出来なくなるかもしれないのです。

だから、お勧め料理を進んで食べましょう。
私達のために一生懸命汗水たらして
厨房で働いているシェフを喜ばせるために、
お勧め料理を聞き出して、それを食べましょう。
‥‥いいお客様です。

それじゃあ、そうした料理を勧めてもらうためには
どうすればいいのでしょう?
「今日のお勧めは一体なんですか?」
とあからさまに聞くようでは面白くないですよネ。
ワタシ、レストランのこと何も知らないんです‥‥、
と言っているようなものですし。

どういうふうに水を向ければ
お店の人は教えてくれるだろう?


ボクはこうします。
メニューを開いて、
何か美味しそうに思える一品を選びます。
舐めるようにメニューを眺めていれば、
一品ぐらいは「ワタシを食べて!」と
訴えかけてくる料理名が目に飛び込んできます。
その直感を信じて、お店の人に目配せします。
お店の人は飛んできますネ、
いかがいたしましょう? とかって言いながら。
おもむろにこう言います。

「ボクは今日、是非、この料理を
 食べてみたいと思うんですが、
 それにあわせて前菜を選ぶとしたら、
 どういうのがお勧めですか?」

そうすると彼はこう答えます。
「お客様がお選びになったメインディッシュは
 とても力強くて濃厚なお料理です。
 それに合わせるのであれば
 メニューのこの野菜の前菜が良いのですが、
 実は今日、素晴らしいキノコが入荷しておりまして、
 それを使った料理があるのです。
 シェフが作ってみたい、
 と言って作った自信作なんですが、
 それなどはどうでしょうか?」

ほら、すんなりお勧め料理を聞き出せた。
ボクはレストランの作法を知らないお客様ではないネ、
このやり取りの中では。
自分の食べたいものは自分で選ぶべきである、
という大人のお客様としてのルールをしっかり守った。で
も、自分の決断をより素晴らしいものにするために、
プロフェッショナルである
レストランの人たちの力を借りた。
うん、誇らしい瞬間であります。

そのあとのいろんな話し合いの中で、
一番最初の直感があっさり覆されて、
全部、お店のお勧めになっちゃうようなことも
良くあるけれど、でもそれはそれで素晴らしいことで、
なんといってもボクの一番最初に
「これを今日は食べたいんですが」という一言が、
全てのキッカケになっているのですから、
ボクは素晴らしいお客様です。

実は世界中、どこにいってもボクはコレで通します。
アルファベットでも漢字でもない、
例えば韓国なんかに行くと
メニューを開いてもチンプンカンプン。
何を頼めばいいのか、全然、わからない。
そんな時には「エイヤッ」と
メニューの一行を指差して、ニコって笑う。
「これは絶対頂戴」の意思表示ですネ。
それから、お腹を押さえて腹ペコだって顔をして、
小首をかしげながら幾つかの料理名を次々指でさし、
その度に「Good?」とかって、
一番最初にボクが選んだ料理に合うであろう料理を
聞きだしていく。
大抵、お店の人は途中で面倒くさくなって、
「ワタシに任せろ‥‥」みたいな顔をして
厨房に向かって行くネ。
で、頼んだのかどうだかも定かでない料理が
次々出てくる。
最後の最後まで、自分はどんな料理を食べたのか、
わからないままお腹だけが一杯になる、
なんてコトも数多い。
でもそれでいいんだ、と思う。
楽しかったら、それでいいんだって。

さて、これで注文は完了。
料理を待つ時間です。


illustration = ポー・ワング

2003-11-20-THU

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