おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。




レストラン。
そこは小さな戦場です。

もしあなたがありあまるお金を駆使して、
一つのレストランを貸し切る、
或いは、ありあまる上に
ありあまるお金の力を行使して、
自分専用のレストランを一軒作る、
と言うのでもなければ、
基本的にあなたは、
そのお店のシェフを独り占めすることは出来ないし、
そのお店で働いている人は、
あなた以外のお客様のサービスのついでに
あなたのサービスをするんです。
これがレストランで食事する、と言うコトです。

にもかかわらず、あなたはそのレストランの中で
一番よい料理を食べ、
一番良いサービスを受けて、
満面の笑顔で店をあとにしたいと思っています。
一番でなくてもかまわないから、
出来るだけ良い料理とサービスを受けたいナ、
──これが本音です。
そのためには周りにいるお客様を
ちょっとでも上手に出し抜きたい。
レストランにおける歓喜の笑顔は、
勝利の笑顔でもあるんですネ。

‥‥ああ、書いていて
ボクって嫌な奴だな、って思っちゃった。
でもコレが実際でもあります。
時折、店中のお客様みんなが
素晴らしい一体感をもって
「楽しい食事」に向かって
手に手を携えて驀進しているような
空気に包まれることがあります。
居酒屋とかパブとかなんかで
良く遭遇するある素敵な偶然によって
奇跡的に生まれるそんな雰囲気。
一人残らずシアワセそうな空間。
一晩、頭がじーんとして眠れなくなってしまうような、
これこそが外食する醍醐味なんじゃないかな、
っていうことがあるのだけれど、
でも非常に稀。奇跡的です。

そう、大抵のレストランは戦争です。
みんなそれぞれに着飾ってはいるけれど、
しかしそこは戦場。
往々にして戦装束というのは
美しく出来ているでしょう?
戦いを制するにはまず自分が置かれた状況を把握し、
情報を収集すること。
コレに尽きます。
では順番に行きますよ!
(今日は長いですよ、覚悟めされい)


まずは椅子。硬い? やわらかい?


まず座った椅子の座り心地を確認しましょう。
体全体を椅子にかけてみます。

座り心地が良い場合。
これは、ゆったりくつろいで
食事を楽しんでくださいネ、という
お店からのメッセージです。
ああ、この店だと少々、
お行儀悪くしてもいいんだな、と思えばいいんです。
戦いの主導権はお客様側にあって、
だから明るくどんどん、
要求をワタシ達のほうから
ぶつけていけばいいんだ、と思えばいいんです。

座り心地があまり良くない、
でも作りがしっかりしている椅子。
これはお行儀良く食事を楽しんでくださいね、
というメッセージですね。

肘掛もなく背も垂直に近く、
不快なのではないのだけれど、
くつろげると言うほどの座り心地じゃない、
自然と、背筋をしゃんと
伸ばしていなければいけないような椅子。
戦いの主導権はこの段階ではお店側に存在します。
だから、お客様であるワタシ達が
とやかくいろんな要望をぶつける前に、
まずお店の人の話を聞いてから、
ということになりますネ。

これが椅子が教えてくれる状況と攻略法。


テーブルがあなたに教えてくれることは
多いですよ!


ついでテーブルです。

テーブルクロスは敷かれていますか?
テーブルクロスは
「ワインをおねだりする魔法の布」
だとボクは思っています。
よくテーブルクロスのある店は高級、
そうじゃない店は大衆的で
カジュアルという言い方をするけれど、
値段の問題じゃないとボクは思いますネ。
あのテーブルクロス、
特に真っ白で無地のテーブルクロスを目の前にすると、
この布地にワインの色を写してみたら
どんなにきれいだろうなぁ、と思います。
特に赤ワインの入ったグラスを低めにかざして、
照明の光を通した色彩の表情を眺めたら、
どんなにシアワセな気持ちになれるだろうか? と。
だから覚悟しましょう。
目の前にテーブルクロスがあったなら、
グラスでもいい、ワインを取ってみようかなぁ、と。

そうそう、赤白の大きめのギンガムチェックとか
或いはパステル色の大柄な模様の入った
テーブルクロスの場合。
これは「家庭的」のメッセージだから、
ワインを取る必要は一挙にダウン。

テーブルクロスの無い店は、
自由に自分の食べたいものを
食べたいように注文して楽しめばいいんだ、
と思えばいいネ。

それからそこに並んでいるナイフ・フォーク、
グラスの類。
光っていますか? 背が高いですか?
テーブルの上が光っている、というコトは
それだけお客様がお越しになる前、
ワタシ達はお客様のことを心待ちにしながら
準備をしておりました、という気合の証拠。
テーブルの上に置かれているグラスの位置が高い、
と言うコトは、
このグラスの内容物がちょっとでも少なくなったら
ワタシ達は即座にここに飛んできて、
サービスをさせていただきます、
という気持ちの証拠。
それぞれに少々の値がはることを
覚悟しなきゃいけない、というメッセージです。


周りの席を見渡してみましょう。


そしておもむろに周りのテーブルの様子を眺めてみます。
いろんなお客様がいらっしゃいます。
それぞれにそれぞれの期待を抱え、
そしてあなたと同じ戦いをする人達。
その人たちの表情や様子も
興味のあるところでありますけれど、
ここは一つ、この空間が
どのくらいの混み具合なのか? を把握しましょう。

テーブル全体のどのくらいが
既に埋まっていますか?

緩やかに8割くらいの埋まり方、というのが
レストランにとっては最も素晴らしい状態が
期待できる時でしょうね。
厨房の中は余力を残しながらも、
よし一生懸命頑張ろうと意欲満々。
そんな時は実力以上の料理が出来る可能性が高いんです。
サービスも行き届きますし、
ホールの人と厨房の人のコミュニケーションも
十分にとれる状態です。
ただちょっとした難しい注文が立て込んだり、
お客様が引き起こすイレギュラーな出来事次第では、
一挙に調理スピードがガタガタと崩れてしまう、
そんな危うい状態でもあるんです。
そんな時はまずリラックス。
そしてお店の人のペースやサジェスチョンを
極力、考慮して楽しむようにするといいですネ。

テーブルの半分以下がまだ空いている。
これから徐々に埋まっていくのかもしれないけれど、
もしかしたら今日は暇な一日かもしれない。
そんな日、厨房の中は案外拍子抜けであったりします。
空いているからシェフ独り占めでラッキー、
と考えるのは大きな間違い。
例えばあなたが歌手で
コンサートを開催したとしましょう。
一生懸命練習をして準備万端、
大きな会場を手配して、いざ蓋を開けてみたら
客席はガラガラ。
嫌でしょう?
上手く歌えるつもりだったのに結果は散々、
というコトになりかねない。
このときはあなたのムードが大切です。
お店の人に
「今日はちょっと変わった料理を頼んでみましょうか?」
とか、
「手間のかかる注文をしても大丈夫なんですよネ」
とか、こんな日に来たワタシ達のために
よろしくお願いします、元気を出して!
‥‥的な発言をしてみることです。
明るく振舞うことです。
でないと、お通夜のような雰囲気で
勢いに欠ける料理を食べさせられるはめに
なりかねませんから。

満席。
それも普通の満席でなく、
例えば4人座ると一杯程度の丸テーブルに
6人も座らされている程の超・満席。
‥‥覚悟しましょう。今日の料理は遅れます。
でも大勢で食べる料理はおいしいものですよネ。
何より今日、お店の人たちは
忙しいかもしれないけれど
売り上げが上がってよかった、って
かなりご機嫌で料理を作ってくれるはず。
そんな料理がまずいはずはないから、
提供時間が少々遅いぐらいは我慢しましょう。
ただ、長期戦に備えて
椅子の座り方は注意をしましょう。

従業員は何人いますか?


そして次に、何人の従業員がホールに立っているか、
調べてみましょう。

そもそもレストランでは
一人のウェイター、ウェイトレスが、
いくつくらいのテーブルを
一度に担当できると思いますか?
それはそのお店のサービスの品位や
商品の特徴によって幾分、左右はされるのだけれど、
だいたい、一人が4つから5つくらいの
テーブルを担当するのが一般的だといわれています。
そのくらいであれば、いろいろな作業を同時進行して、
それぞれのサービスが著しく悪くなることもなく、
混乱することもないんです。
だから自分が今、座っているレストランに
いくつテーブルがあるのか、見渡してみましょう。

一般的に若いオーナーシェフが頑張っている
ビストロのような店は、
テーブル数にして10個から15個ぐらいが
一番、多いのじゃないですかね。
とすると、もしそうしたお店が
満席な状態だとしたらば、
ウェイターやウェイトレスが
3人から4人いなくてはいけないことになります。

極端な話、もしそんな店で
ウェイターが一人しかいないとしたら、
ああ、今日はろくなサービスがうけられないぞ、
と覚悟しなくちゃいけません。
だって彼がどんなに情熱を持って
誠心誠意、サービスしようと努力したとしても、
それは徒労に終わることが目に見えているんだから。
彼、彼女たちはまず料理を運ぶことに
精一杯にならなくちゃいけない。
小さなホールを文字通り、
駆けずり回らなくては
一人で10個ものテーブルの料理を届けるなんて芸当、
出来はしないです。
当然、本来しなくてはいけない、
気配り──たとえば、お客様のお冷やを
こまめに交換するとか、灰皿をチェックするなんて
余裕なんかなくなっちゃう。
お客様の要望を聞いてさしあげる、なんてこと、
夢のまた夢、になっちゃうんです。

10個のテーブルの人たちみんなが一斉に手を挙げて
「すいません、お冷やお願いします」
なんて言ったら、
彼は辞表を出したくなるかもしれません。
だから、テーブルの数に対して
何人の従業員がホールに立っているか、
確認してみるんです。

なんでテーブル数なの? 客席の数じゃないの?
って思われるかもしれないけれど、
サービスというのは基本的に
テーブル単位で行われるもの。
だから、客席の数じゃなくてテーブルの数。
これが基本です。

ついでに本当なら厨房の中まで入っていって、
キッチンで何人くらいの調理人が働いているのかも
見たいところですね。
難しいところですけれどね。
厨房の中を覗き込んでも
わからないことが多いから。
厨房のスタッフの数というのも
料理の水準によってずいぶん前後はするのだけれど、
一人の人が同時進行で一度に作れる料理の数は
7人前から8人前が限界だと考えられています。
サービスはテーブル単位だけれど
調理は一人単位が原則。
だから先のオーナーシェフの店で、
10テーブルが全部2人がけだとしたら20席。
その店が満席の時に必要な厨房のスタッフの数、
つまり20人分の異なる料理を
同時進行でつつがなく作れる最小限の人数は3名、
ということになります。
それより少ないと、商品提供がすごく遅れるか
品質が悪くなる。あるいはその両方。
‥‥いやですね!
だからそんなときは、
一番簡単そうで一番安そうなものを頼んで
お茶を濁しておきましょう。
それ以上の人員が厨房に入っていれば、
すばらしくスムーズで
素晴らしい水準の料理を楽しむことができます。
けれど、素晴らしい対価を必要とするでしょうね。
人が多く働いている=高級店の証、
ということにもなるのです。

以上、ちょこっと経営知識というところですね。
でもこれらの状況、つまり、
お店の経営のあるがままの姿というのは
その日のサービスや料理の状態に直結した環境なんですね。

そして客層。
グループが多いですか?
二人連れの濃密なカップルが多いですか?
家族を連れた方がいらっしゃいますか?
これらは全て、その日のそのレストランの
空気を左右する大きな要素です。
基本的には「大きな流れには逆らわない」。
しかしその流れに乗って、美しく飛び跳ねてみる。
‥‥楽しいでしょう?

そして最後にダイニングホールに立っている
お店の人の様子を見ましょう。
彼らはどこを向いて立っていますか?

ぼぉっと天井を眺めているような従業員のお店。
一番安くて早く食べ終えることが出来そうな
料理を頼みましょう。
今日のレストランの選択は大きな間違いでした。

厨房の方に体が向いてしまっている従業員のいる店。
ここのシェフは鬼のようなシェフです。
お客様より従業員より、
料理が大切だと思っているシェフのお店ですから、
料理は素晴らしいかもしれないけれど、
素晴らしいだけの料理を食べて美味しいと思うのは
料理評論家ぐらいですから、
これから数時間を楽しく過ごせる話題の整理を
今のうちにしておきましょう。

あなたの顔や手もとをジックリ凝視して
身じろぎもしない従業員が立っている。
その子は多分、極度の近視なだけですネ。

あなたのことを見つめるでなく、
かといって見忘れるでなく、
絶えず関心を持って見守ってくれている
従業員を発見したら、さあ、これは楽しみ。
今日の食事は素晴らしいものになりそうです。

‥‥と、今日はここまで。
たっぷりお聞きいただきました。
次の戦いの一手は、
完全にあなたの手もとに移りましたヨ。
では、いよいよ「注文」です!


illustration = ポー・ワング

2003-10-23-THU

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