おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。



もしかしたら、あなたの案内されたテーブルは、
あなたにとって、あまり好ましいものでは
ないかもしれません。
そんなとき、あなたはまず
予約した時の自分の説明能力の欠落を嘆き、
今日の自分はそのテーブルに
ふさわしくなかったのかもしれないなと自己反省し、
それでも納得がいかなかったら
そっとそのテーブルに案内してくれた人を呼ぶでしょう。

でも、そっとね‥‥、
他の人に気づかれないようにそっと、です。
そして簡単に自分の期待とこのテーブルが違う、
という旨を伝えます。
穏やかに、すみやかに、簡潔に。
ほとんどのテーブルが埋まっていない状態なら
たいていの場合、
こうしたリクエストは受け入れられます。

ただ、もし、そのリクエストが通ったとしても
絶対に勝ち誇ったように
ズンズンドシドシ新しいテーブルに
向かっちゃ駄目ですヨ。
特に他のお客様を見下すような態度は、
特別扱いをして上げたそのお店の人に対して
失礼極まりない行為だから、絶対に駄目です。


テーブル交換のリクエストは
受け入れてもらえるでしょうか?



昔、こんな痛快極まりない出来事に
遭遇したことがあります。
出来たばかりの超高層ビルの最上階のレストランで、
でもすべてのテーブルにもれなく
夜景がついてくる訳でもないそのレストランで、
彼らのテーブルは、
入り口近くの景色無しの席でした。

女の子は30代半ば、
連れの男性も同年代ぐらい。
いかにも彼女におねだりされて
やっとの思いでたどり着いた系カップルです。
座るやいなや彼女は
「えっ、窓際じゃないじゃない!」
‥‥と大声を上げました。
「こんなんじゃ、この店に来た意味がないじゃない!」
とか、
「別の店にすれば良かった!」
などとグズグズ言い、挙句の果てに泣き始めました。

おおっ、スゴイ、この女、もう最終兵器
使い始めたぞ‥‥と思って見ていたら、
お店の人が彼らのもとへやって来ました。
「こちらへどうぞ」
って、一つだけ余っていた
窓際の席に二人を案内したんですネ。

そのテーブルに向かう途中、
驚いたことに彼女はペロッと舌を出しました。
ヒールはカツカツと
腹立たしいほど大きな音を立てるし、
腰はクネクネ動かしながらだし、
そんな女がテーブルの間を
勝ち誇ったようにフラフラ歩くんです。

やれやれ。
でも彼女は勝った訳じゃないんだネ。
お店の人にやっかい払されただけであって、
その追い払われた場所が
たまたま運よく窓際の席だった、という訳なだけ。
なのに彼女は勝ち誇ったような態度。
情けない彼氏を後ろに従えて、
高らかにヒールの音を
カツ・カツ・カツ・カツ‥‥‥‥。
ボクは彼女が転べばいい、と思ったね。
あれだけ細く尖って、
馬鹿みたいに長いヒールの靴なら
転ぶぐらい泣くより簡単だろう、と思っていたら、
‥‥転びました。
すってーんっ、と、
マンガならそう効果音がつくほど、
物の見事に転びました。
ボクは笑っちゃいけないとは思ったけれど、
我慢することは出来ませんでした。
笑いました。馬鹿笑いはしなかったけど、
クスクスって感じで。
それは他のお客様も同じであって、
結果、レストラン中はとても幸せな笑いで包まれました。
なんたるシアワセ、なんたる幸運!
(ああ、ボクも意地悪ですネ!)
あわててウエイターが駆け寄るより早く
彼女は立ち上がり、
毅然として目的のテーブルに向かいました。
決して泣かなかった。
窓際に行きたい、とおねだりする時には
あんなに簡単に出た涙が、
その時は一滴たりとも流れることはありませんでした。
あっぱれ。

‥‥と、こんなふうに、
笑われた彼女のようにならないように、
テーブル交換のリクエストは密やかにさりげなく。
テーブル移動は謙虚に、静かに、速やかに。


次回に期待を込めて、言うんです。


たとえ満席に近い状態で、
なんか言ったところでテーブルの変更は
不可能であろうと分かっていても、
一応、言うべきことは言った方がいいですヨ。
「このテーブルは自分が思っていたのとは違う」
ということを。
ただそれが、“クレーム”になっては
「うるさい客」と思われるだけ損です。だから
「あのテーブルに座りたかったなぁ。
 今度来た時には、よろしくお願いしますネ!」
くらいな感じで、さりげなく。
「分かってますよ、わたし達が予約する前に
 ほしかったテーブルは埋まってたんですよネ。
 だから今日はベストじゃないけど、
 でも考えられる限りいいテーブルを
 今日はくれたんですよネ?
 だから今度来たらよろしく」
‥‥この「今度来たら」の部分が大切です。

それにしても、絶望的に、
自分にとっての「ひどいテーブル」が
回ってくることがあります。
不可抗力による業務上過失致死のような席。
お店の人も申し訳ない顔で、
サカキさん、ごめんなさい、
とんでもない席になっちゃって、
と言うようなテーブル。
店そのものの雰囲気が悪い訳じゃない、
そう申し訳なさげに頭を下げるウエイターもいい感じで、
そうしたときは
「よし、今日はこの店に恩を売るいいチャンスだ」
とか、
「よしこれでボクもこの店の常連になるチャンスだぞ」
と思うようにしています。

すいません、ここ透き間風が入って
寒いと思うんですが‥‥
「いいよいいよ、ワインを飲んで
 体を暖めれば同じだから」。
 
ごめんなさい、洗い場の近くで
騒々しいと思うのですが‥‥
「大丈夫、賑やかでいいんじゃない?
 皿洗いのお手伝いは出来ないけどね」。

余裕をもってウィットで受け止めましょう。

申し訳ありません、この部屋、
窓もなければ窮屈で
息苦しささえ感じるかもしれませんけど‥‥。
──それでも大丈夫。
要はそうしたハンディキャップを補って
あまりあるほど、
愉快な話題とおいしい料理で盛り上がればいい、
ってだけですからネ。

しかし。
そもそも店そのものが自分の印象と違い、
その空間に自分が求めるテーブルが
一つとしてなかった場合はどうしましょうか?
運が悪かった、と思って
一秒でも早くデザートまでたどり着きますようにと
祈るしかないですね。
アーメン。

さあ、なにはともあれ、席に着きました。
さあ、まずどうしましょうか?
どうしたら、ほかのお客様よりも
いい思いができると思いますか?

次回は「状況把握、情報収集」についてです。


illustration = ポー・ワング

2003-10-16-THU

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