おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。



さあ、あなたは予約からお店のドアを開けるまで、
これだけ沢山の準備をし、
レストランに対しても気を遣ってきました。
ところが、それでもドアが開かない‥‥!
そんなことは、あるんでしょうか?

あるんです。

今日はそんなお話です。
渋谷で「カフェバー」というモノが
幅を利かせていた昔のお話、
20年近くは前になりますけれど、
昔だから起こった出来事なわけではありません。

ガラガラにすいている店で
「満席です」だって!?!?

地方の飲食店の経営者の方々が
「カフェバー」と言うモノを見てみたい、
とおっしゃるのでご案内することになりました。
彼らは50歳の半ばで、
年齢的にはその店のターゲットから
外れてはいたけれど、
でもさすが、それぞれの地方を代表する
レストランの経営者たちばかりです。
みなさん、なかなかにコジャレタ装いでありました。
だからボクは、コレなら大丈夫だろうと、
それでも店が忙しくない時間帯がいいだろうなぁ、と
おやつ時を狙って、ある一軒の店を訪ねました。
週末などはお客様で溢れかえるような話題の店でした。

まず入り口で店内を見るとガラガラです。
だってその日は平日。
しかもお酒を出す店の午後3時過ぎですから、
ガラガラなのも当然ですよネ。

ボク達は、確か、5人でした。
入り口に出てきたお店の男の子が
ボク達を一瞥して、あきらかに困った表情をしました。
そして「少々お待ち下さい」と言い
彼は店の奥に店長を呼びに行きました。

そして、出てきた店長は即座にこう言いました。

「お客様、本日、この時間は
 満席でございます」

ガラガラなのに満席!
すごい断られようです。
これほど潔い断り方はなかなか出来ないですネ。
その一言にボクは、
ああ、やっぱりおじさん達は歓迎されないんだな、
と思い知らされ、ほうほうの体で店を後にしました。

一部始終を見ていた経営者の人達は
かなりの立腹だったけど、
ボクは、じつは、まあ、仕方ないかな、と思ってもいました。
なぜかというと‥‥

ボクたちにはそのお店に
入る資格はなかったんだ。


後日、ボクはその店に、同世代の仲間と一緒に訪れます。
かの店長がボクを見つけて
「ごめんなさい、先日は」と頭を下げます。
「いやいや、やっぱりこの店、
 おじさんには無理だよネ」と言うと、
彼は申し訳なさそうに、しかし力強くこう言いました。

「レストラン業界の方々だったんでしょう?
 先日のあの人達は。
 だって私達の顔を見て挨拶するより先に、
 天井のしつらえとかテーブルの置き方とかを
 一生懸命見ていらっしゃいましたから。
 楽しみに来られたんじゃないんだなって
 一目でわかりました。
 業界の方お断りというわけではないんです。
 ただ、たとえ業界の方でも、
 店にお越しになった限りは
 楽しんで帰っていただきたい。
 ここで楽しもう、という意欲満々のお客様に対して、
 初めて私達は良いサービスが出来るんですよね。
 そうしたお客様のためにある店だから、
 この店は流行らせていただいてるんですヨ。
 だからそんな気持ちを持っていないとわかる
 お客様に座っていただくテーブルは一つもありません。
 私はかねがねそう思っていて、
 だからちょっと厳しい言い方を
 してしまったかもしれません。
 ごめんなさい」

そう、店長がボクらを断った理由は、
「本来の目的で訪れたお客様ではないと、
 一目でわかるような行動をとっていたから」。
見た目で選んだのでなく、
お店に対する情熱と
目的のベクトルで選ばれなかった、と言われれば
もう納得するしかないでしょう。

ボクはそれからずっとこの店長と
良い友達であり続けています。

ロンドンタクシーに学ぶ
「サービスのスタート地点」とは?


ロンドンタクシーって、
乗られたことがあるでしょうか?
世界で最高水準のタクシーはロンドンにあり、
その最高水準である理由はふたつ。
一つは、タクシー用に作られた
専用の車を使っているという
ハードウェア的な素晴らしさにあります。
もう一つは、自分達は世界で最も難しいといわれる
試験をパスして初めてなれるタクシーの運転手である、
という乗務員の誇りが生むサービスの素晴らしさです。

笑顔が素晴らしいわけでなく、
おべっかを言うわけでもありません。
あくまで大英帝国の末裔的とっつきにくさは
我慢しなくてはならないけれど、
道を聞かれて知らない、というコトはまずありえないし、
最良にして最短の道を選べなかった時など、
心から申し訳ないと謝ってくれる。
ロンドンのタクシーの運転手は素晴らしい人達であり、
それに乗ることは、素晴らしい体験でもあります。

ただこの世界最高水準の経験をするためには
少々の儀式を必要とします。
例えば日本ならば街角で
タクシーに向かって手を上げますネ。
目の前に止まる。
すると自動的にドアが開き、
乗り込んでからやおら行き先を告げる、という手順です。
ドアが自動的に開くか手で開けるかの違いはあれども、
基本的に止めれば自動的にドアが開く。
これがタクシーという公共の交通機関の姿です。
しかしロンドンでは、手を上げタクシーを止めると、
車に乗る前にまず運転席の横に立たねばなりません。
タクシーの運転手が窓を開けて
「どこまで行きたいのか?」と訊きます。
そこで例えば、トラファルガー広場まで、と言うと
初めてドアが開くのです。
それまで客席のドアは鍵がかかっているから、
運転手に開けてもらわないかぎり、
絶対にタクシーに乗ることは出来ないんです。

なぜか?
彼らはこう考えます。

タクシーといえば
確かに公共的な交通機関かもしれないけれど、
知らぬ同士がひと時、
一つの空間を共有するという意味では、
非常にプライベートな交通機関でもある。
自分達の優れたサービスを
間違いなく提供できる人を選ぶことが、
プライベートな交通機関にとっては必要。
例えば英語のしゃべれぬ人間を乗せたら
サービスなんか出来ない。
例えば自分の行き先も思い出せぬほど
泥酔した客を乗せたら、
サービスどころの騒ぎじゃなくなる。
だから自分達のサービスを
喜んでもらえるであろう人を、客として選ぶ。
これがサービスのスタート地点である。

──そう考えるのです。
そうやって客として選んだが最後、
運転手は、責任を徹底的に負います。
ドアを開けた客に対しては
全身全霊を傾けて喜んでいただく努力をします。
これがロンドンのタクシーです。

誰に対してでもドアを開く。
にもかかわらず、行き先を告げても
その場所を知らなかったり、
或いはあえて遠回りして一稼ぎしよう、
と思うような運転手が平気で乗っている
国のタクシーと、
どちらにあなたは乗りたいと思いますか?

さあ、そこを突破するための
方策はあるんでしょうか?


レストランも同じです。
良いレストランはお客様を選びます。
彼らがその瞬間、見抜こうとしているのは
その人がこれから始まるであろう
レストランにおける素晴らしい時間を
味わいつくし楽しみつくそうとする心構えが
できているか否か? というコトです。
その中に「服装や身なり」が
たまたま含まれている、と言うコトであり、
見た目だけで判断しようとしているというわけでは
決して、ないのです。
誰にでもドアを開くレストランは、
気軽ではあるけれど、
お客様を楽しませるということに対して、
最後まで責任を取ってくれるかは
定かではない‥‥、のです。

確かにときおり、
お客様であるボク達が想像する以上の
心構えが必要なレストランの
玄関先に立ってしまうことがあります。
どんなに情報収集に明け暮れようと、
不可抗力のような出来事です。

例えばリゾート地のホテルのダイニングルームに、
スニーカーを履いて行ってしまったら?
大理石でピカピカに輝く床を見て、
スニーカーを履いた足を
くるぶしまで沈めてしまいたくなる
エントランスの雰囲気に
「どうしよう!?」と戸惑います。
ここでビクビクしていては多分、
「お引取り下さい」と言われるでしょう。
そういうときは、ニコニコしながら、
「本当に楽しみにしてここまでまいりました。
 私はウェルカムして損の無い客なんですよ」
という、とびきりの表情で
レセプションの人を見つめましょう。
ボクはそうやって
何回も従業員用の革靴を履かせて貰ったことがあります。
(そう、借りたっていう意味です。)
25.5センチなんていう小さな男靴が
欧米のホテルやレストランの
従業員ロッカーの中にざらにあるわけがなく、
いつも靴下を何枚も重ねて
大きな靴を履くはめにおちいるけれど、
熱意は重いドアを開けるものです。

カジュアルウェアが正装のような
南カリフォルニア郊外の、
しかしながら英国譲りのジェントルメンズクラブに
ショートパンツで出かけ、
レセプションの老紳士に手渡された
ひざ掛けの毛布を腰に巻き、
まるでバグパイプ吹きのようないでたちで
シングルモルトのオンザロックを
舐めたことだってあったし、
袖を三重、四重にまくりあげ
輪ゴムで止めた借り物の上着で
フランス料理を食べたコトだってあります。
(この仕事も、それなりにタイヘンです。)

この人をもてなしてあげたいと思えるような
真剣なお客様には、良いレストランは極めて柔軟に、
そして小粋に原則を曲げてまで
ドアを開いてくれるものなのです。

さあ、熱意を持って、ドアを開けましょう。
いよいよ、素晴らしいレストランにおける、
楽しい時間が始まるのです。


次回は、「入店」について、です。


illustration = ポー・ワング

2003-10-02-THU

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