おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。



さあいよいよ電話をかけて、レストランを予約しましょう。
そう「予約の実務」に入ります。
あなたは、まだ行ったことのないレストランに電話をかけ、
これから予約をするところです。

まず小さく深呼吸。
テキパキとこなさなくてはなりません。
性急すぎず、気取り過ぎず、
横柄であることは最悪だけど
卑屈であることも避けたい。
つまりあくまで普通に。
まあこの「普通に」が一番難しいのだけれど…、ネ。

良いレストランに悪い席はありません。

電話がつながったら、まず名前。
これは前回お話ししました。
その次は、

・日程/時間
・人数
・差し障りのない程度の目的


を告げましょう。
「来週の週末に2人でお願いします」
「次の水曜に4名で。
 実は両親の結婚記念日なんです」

そういった感じで大丈夫。
そして、次に

・席の希望

を伝えます。
自分が座りたい席を的確に確保すること。
これが予約するときの、いちばんの目的です。
せっかく予約しておいたのに
自分が思っていたのとは違った席を用意される。
これはかなり悲しいことですよね。

では、どんなふうに頼んだらよいのでしょう?
「なるべく良い席をください!」
なんて頼み方はつまらないですよね。
そう言われた方は
「ああ、この人はレストランを
 あまり使い慣れていない人なんだな…」と思っちゃう。
向こうも、あなたにどう対応すればいいか、
分からなくなって戸惑ってしまいます。

そもそもレストランには、
「悪い席」というものは存在しない。
そう考えてみましょう。

例えばトイレのすぐそばの席

そんな場所なんか最低だ、とたいていの人は嫌います。
でも女性同士、しかも気のおけない友達同士で
気兼ねなく長居したいような時、
トイレ前の小さなテーブルは最適でしょうね。

あなたたちが進んでそこに座るなら
お店の人は人気の無い席を
敢えて選んでくれたことに感謝するし、
あなたたち的には他のお客様の目を気にする事なく、
何度でもトイレで化粧直しするチャンスを
得ることが出来る。
といって
「何度でも化粧直し出来るテーブルを下さい」
とリクエストするのはいかがなものか?
と思いますけど、
「友達との気軽な会食ですので
 他のお客様のご迷惑にならないお席を」
ぐらいは言ってもいいですね。
何よりスマートだし、
この人、レストランを使い慣れてると思ってもらえます。

「親密な会食にしたいので目立たない席を」
と言えば柱の陰などが貰えて、
それは大人同士の怪しくも濃密な
カップルのための特等席です。
「なるべく出入り口に近い席を」
と言えば、
もしかしたら別れ話を持ち出すつもりの
食事なのかと思ってもらえる…かな?

と、それはかなりブラックに過ぎるけど、
それにしてもレストランのテーブルは
様々なお客様の様々な目的を
満たすために作られているんです。
どのテーブルがどのお客様にとってふさわしいか?
ということを良く知っているレストランは
素晴らしいレストランだし、
彼らにそうした知識をフル活用させてあげられるような
ヒントを正しく伝えられるお客様は
素晴らしいお客様だ、ということになります。

キッチンの前はどうでしょう?
昔は最低と言われた席です。
パリのレストランにおける、
日本人観光客の指定席でした。
うるさくて匂いも強くて。

でも最近、オープンキッチンのレストランが
たくさん出来るようになって、
そうした評価も変わりました。
むしろ
「キッチンの前=完璧な状態の料理を
 臨場感たっぷりに楽しむことが出来る通好みの席」
になっていたりするんですから。

でもそうした席で恋を語らう、というのは
かなり、リスキーな行為です。
何故ならあなたの会話が
シェフの芸術的な作業とスマイルに敵わなかったら?
会食としては成功したけど
デートとしては失敗だった、
となる可能性も大いにあるから。

同じように景色が良いのが売り物のレストランの、
中でも特別景色の良い席というのは、
付き合い始めたばかりで
まともに会話も出来ないカップルか、
倦怠期の夫婦のためにある、とボクは思ってます。
なのにそうした席ばかりを
おねだりする人が多いこと、多いこと。
ちょっとスマートじゃ無いな、と思ってしまいます。

他人がどう思おうと、
当のあなたの今日の気持ちにあった席が
最高の席なんです。

だからその日、その店を利用する目的を
的確に伝えること。大事でしょう?
そして後はお店の人に委ねることも大事。
決して「いい席が欲しいんです」とばかり言わないで。
また「どんな席でもいいですから」なんて
口が裂けても言っちゃダメですよ。
情けないからネ。

料理と、お客様の雰囲気をたずねてみます。

来店の目的を伝えられたら、
「お料理はどんな感じなんでしょうか?」とか、
「どんなお客様が多くてらっしゃるんでしょう?」とか、
そのお店の雰囲気を間接的に聞いてみましょう。

お料理のもつ雰囲気は、
どのくらいの単価で楽しめるか、
が分かる手掛かりですし、あるいは
食事にどのくらいの時間を要するか、
という手掛かりともなります。
「当日お越しいただいてからのご注文で
 大丈夫ですよ?」
と言う店なら
多分、カジュアルで、
食べ終えるまでの必要な時間もお客様まかせのお店。

逆に「コースだけになりますが」と言われたら
ある程度の時間は覚悟しなきゃいけませんね。
お洒落して行きたいけれど、
長時間座っても疲れない程度の
お洒落にしとこうかな? なんてイメージできます。
このイマジネーションが大切。

と言ってあまり直接聞くのはダメ。
「何が出るんですか?」とか、
「その日はどんな料理になるんでしょうか?」とか、
根掘り葉掘り料理そのもののことは聞かないこと。
そんなこと聞いても、
予約したとき(たとえば1週間前)にもう
その日のメニューが決まってるような店は
ろくな店では無いでしょう?
なにより実際に行くまでの間、
「どんな料理が食べられるんだろう」と
あれこれ想像する楽しみを無くしてしまいます。
だからせいぜい
「ご予算はいくらくらいなんでしょう?」
ぐらいにしておきましょう。具体的なことを聞くのはネ。

一方、そこに来るお客様の雰囲気は、
その日どんな洋服を来て行けばいいのだろう、
ということをイマジネーションするヒントとなります。

レストランにおいて「目立つ」ということは
非常に重要なことです。
良いサービスを受け、覚えてもらい、
次の機会にはさらに良いサービスをしてもらう為に
目立たなくては損です。
ただ「目立つ客」であることを必死に目指すあまり、
結果「浮いた客」になってしまうことがあります。
悲しい。あまりに悲しいです。
そして悲しいけれど、とても多いコトなんですネ。

「お洒落なお客様である」ことは
「目立つお客様になる」まず第一歩ではある。
それは間違いありません。
でもやみくもに最先端のお洒落をすればいいか?
というと、例えばクラシックな雰囲気で
落ち着いたお客様ばかりの店では浮き上がってしまいます。
それならひたすら豪華であればいいのか?
というと、カジュアルなビストロなんかに
毛皮のコートにシャネルスーツ、というのでは
全くの場違いで、
この人洋服にお金を遣い過ぎて
食べるもにのまで手が回らなかったのかしら…?
と思われても仕方ないですよ。
そんなの嫌でしょう?

目立つお客様は、
その場にふさわしい装いの
笑顔のきれいな人である!
ということを覚えておきましょう。
そしてレストランにおけるお洒落は
自分のためにあるのではなく、
その場を共有する全ての他人のためにあり、
彼らの期待に応えることが
良いお客様の最低条件なのだ、ということ。
…これも覚えておきましょう。

独り合点で自分はお洒落と思っていても、
そのお店の他のお客様にとって
お洒落とは思えないような、
しかも目立って仕方ないお客様は、
邪魔な存在なのだ、ということです。

だからお店の情報を集めます。
自分のためにもその日は、
同じ空間を共有するであろう他のお客様のためにも、
ひたすら情報収集。
何より完璧な状態でお客様を迎えようと、
日夜努力している素敵なレストランの人達のためにも、
情報収集…、です。

ところでもし希望の日程で
好みのテーブルが空いていなければ
別の日程で再度チャレンジすればいいですよね。
その日でなくては駄目なのであれば、
お店を変えるしかありませんが、そのときはその旨を伝えて
「また別の機会にお願いします」とか言って、
最後にその人の名前を聞いてみてはどうでしょう?
次に予約の電話をする時には自分の名前を告げ、
そしてその時に聞いた人の名前を言ってみましょう。

「サカキですが、タナカさんはいらっしゃいますか。
 予約をしたいのですけれど…。」

素敵でしょう?
まだ一度も行っていないはずなのに、
ちょっとお馴染みのお客様みたいな気分になれる。
予約する…、という行為そのものが
楽しい体験になってきます。

それでも「予約するのは面倒だ」
と言う人がいると思います。
確かに予約なんかしないで空いてる店に行けばいい、
…のかもしれないのだけれど、でも、その人は
レストランというものを
「料理を提供しお客様に満腹を保証するただの店」
だと思っているんだろうと思います。

でもレストランという場所は
単に料理を食べ腹一杯になる場所ではありません。
そこは「見知らぬ人々が集い、
同じ空間と同じ時間を共有しながら
楽しい思い出を作る」場所であって、
そういう意味では限りなく
「誰かの個人宅における団欒の一時」に近いんです。

フランスの人達は往々にして瀟洒なレストランのことを
「メゾン(=家)」と呼んだりするけれど、
ボク達がレストランで食事することは、
シェフと支配人が住む家に招き入れられることと
ほとんど等しいのだと思います。
……他のお客様と共に。
家だったら、不意打ちは謹みたいですよね。

結婚披露宴でアナウンスされる
「ご近所にお寄りの際にはお気軽にお寄り下さい」
の社交辞令をまじめに信じる人はいないだろうし、
例えばあなたは電話もしないで、
のこのこ部屋を訪ねて来るような友達を
欲しいとは思わないでしょう?

だから予約する、という習慣、大切にしましょう。
そしてなにより
「楽しい食事の始まりが予約という儀式なんだ」
と思うようにしましょう。


では次回は、ボクがとあるレストランで体験した
「予約をしたからこそのシアワセ」の例について
お話しします。

illustration = ポー・ワング

2003-07-24-THU

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