オバマ大統領の就任演説を観ながら 冷泉彰彦さんに、なにかと訊く フルテキスト版。

第4回 みんなが泣いた日

冷泉 ちょっと、経済の話になりますけれどね。
糸井 ええ。
冷泉 あの就任式の日、アメリカの株価って
一日中、ズルズル下がってたんです。
糸井 へぇ、そうなんですか。
冷泉 それを、日本の夕刊紙なんかは
「オバマ安だ、世界は破滅だ」なんて
派手に書いてましたけど、
それはちょっと、ちがうと思うんですよ。
糸井 ほう。
冷泉 というのも、あの就任式の一日は、
オバマさんにとっては「ゼロ」なんです。
実際、儀式だけで、
政治活動なんか、できないわけですから。
糸井 なんにもしてない。
冷泉 そもそも、なんにもしない日。
糸井 なるほど。
冷泉 むしろ、あの日、アメリカの市場は
新大統領の誕生を
静かに「見守っていた」というべきで。

誰も買わないから、
株価がじょじょに下がっていっただけなんです。
案の定、
翌日にはポーンと上がったわけですから。
糸井 うん、うん。
冷泉 あの日のマーケットの動きを見てたら、
あんなに国旗を振って
アメリカ中が熱狂しているように見えるけど
じつは、けっこう冷静だなと。
糸井 何人か、あの場に集まってきた人たちが
映されたりしましたけど、
一様に「お祭り顔」じゃなかったですね。
冷泉 そうなんですよ。落ち着いてたんです。
糸井 あの抑制した感じは、素敵に見えたなぁ。
冷泉 ええ、ええ。
糸井 あの、「アフリカ系アメリカ人」とか
「黒人」とか、
まぁ、いろんな言いかたがあるんでしょうけど、
そういう人のなかから
アメリカの大統領が生まれたことについて、
感情を噛み殺すように、
ゆっくりしゃべろうとする人が、映って。
冷泉 はい。
糸井 ふつうの、一般の人の知性を感じて‥‥
かっこよかったですね。
冷泉 いわゆるアフリカ系じゃなくても、
泣いてる人、いましたしね。
糸井 そうそう、いたいた。
冷泉 わたし、ふだんアメリカに住んでいますが、
人種差別の歴史の影響って
やっぱり今も、実感として、あるんですね。
糸井 そうですか。
冷泉 たとえば、大学で日本文化を教えてるときに。
糸井 ええ。
冷泉 日本には「お辞儀」という習慣があります、
という話をしていたら‥‥。
糸井 はい。
冷泉 あるアフリカ系の学生が、
「ぼくにできない」って言うんです。
糸井 ほう。
冷泉 その理由を聞いたら、ピーンと来たんですが、
「ぼくは、おじいさんから
 絶対、人に頭を下げちゃいかんと言われて
 育てられたんだ」って。
糸井 はぁー‥‥。
冷泉 理由は、もうハッキリしてますよね。

その学生のおじいさん世代っていうのは、
まだ、人種差別がたいへんだった時代。

そんな時代に、
アメリカのアフリカ系に生まれたんだったら、
「せめて、胸張っていけ!」と。
糸井 ああー‥‥。
冷泉 とにかく、孫に対しては
他人に頭だけは下げちゃいかん、と教えた。
糸井 うん、うん。
冷泉 でも、今回、オバマ大統領が誕生したことで
もしかしたら、あの学生も、
お辞儀できるようになるかもしれないなって。
糸井 呪縛が解ける‥‥みたいに。
冷泉 そう考えるとね、やっぱり、ぼくなんかでも
うるうると、くるものがあるわけです。
糸井 ありますよね。
冷泉 熱くなるというか。
糸井 逆に、アメリカのマジョリティである
WASP(白人・アングロサクソン・プロテスタント)の
人たちもなんというか、
抑圧する側に属してるんだって思うだけで‥‥。
冷泉 ええ
糸井 それだって、ひとつの「呪縛」ですよね。
冷泉 そうです、そうです。
糸井 アメリカという国に住んでいる
白い人、黒い人、黄色い人‥‥それぞれが
「自分の立ち位置」について
ある種のやりずらさを感じてたところに、
オバマさんの登場は
なにか‥‥「ありがとう」って気分に‥‥。
冷泉 なったと思いますね。
糸井 なりましたか。
冷泉 今回の大統領選の直後、
マイクを向けられたアフリカ系の人が
「白人の人たちが、
 まさかオバマに投票するとは思わなかった。
 見直した」って言ってたんです。
糸井 ええ、ええ。
冷泉 そう言われた白人たちも、また、泣いてる。
糸井 ‥‥うん。
冷泉 もちろん、一筋縄ではいかないでしょうけど、
だけど、なにかひとつ、
氷を融かす「きっかけ」になる気はしますね。
糸井 あの‥‥ちいさい子どもって、
「だいじょうぶ?」って声をかけられた途端に
泣き出すじゃないですか。
冷泉 ええ。
糸井 我慢して、我慢して、我慢して‥‥。
ふっと安心した瞬間、わーっと涙が出る。

いちばん辛いときには泣けなくて
ゆるんだときに涙が出てきちゃう。
冷泉 はい、はい。
糸井 つまり、そんな日に見えたわけですね。
オバマさんの就任式の日は。
<つづきます>
2009-02-19-THU
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