実をいうと「日本うさぎ公団」にはいくつかの弱点もある。
そんなこと言ってるようじゃ、公団の高邁な野望達成への
道のりは遠いじゃないか、と言わざるを得ないのだが、
しかたがない。弱みは弱み、である。
それって別に「耳をひっぱられると痛い」とか、
そういうことじゃもちろんなくて(そりゃ痛いんだけど)、
そうじゃなくて、つまり、
「うさぎ公団は数字に弱い」ってこととか、なのである。
そう、我々は「数字に弱い」のだ。
ってゆーか、数字のことがよくわかっていない。
うさぎ好みニンジンが何本あるか、ってことならわかるけど
それだってある程度より多くなるとやっぱりわからない。
たいていは「たくさん」とか「ちょっと」とか、
そんなようなものでこと足りてきたからな、うさぎ的には。
でも同時に「うさぎは数字が好き」でもあるのだ。
数字が一列に並んでるのを見ただけで、
思わずウットリとしてきちゃうくらいである。
試しにどうだ、「11033」、あぁ、クラクラ。
毎日、日本中の高速道路でクルマの数を数えてるのだって、
ま、みなさまとっくにお察しのとおりですが、
日本の経済に深く関与しているわけではないことは
もちろんである。
ただ数えてるんだもの。何のために? 数える意味は? って
聞かれると、逆にこちらが困っちゃうくらいなのである。
「好きだけど、弱い」。
これじゃダメチームじゃないかとも、正直、ちょっと思う。
私だって、今回決して自分からこのような弱みを
さらけ出すつもりはなかった。
なるべく組織の欠点が露呈しないように、
背後に気を配ったり、
何かと油断しないように努めたりして、
これまで地道に歩んできたつもりだった。
パチンコ、スロットル、ルーレット、競輪に競馬。
世の中にはかわいい数字遊びに姿を変えた、
うさぎ公団への甘い罠がいっぱい
仕掛けられているけれど、
そこは我らも慎重に身を処し、
危ないものには近寄らないようにしてきたつもりである。
そんなうさぎ公団に、とつぜん厳命がくだった。
「宝くじを買ってくるように」。
えっ!? 宝くじ!
いけない。それは、ヒジョーにいけない響きであった。
はっきりいって、宝くじを嫌いなうさぎなど、
この世に一匹もいないのである。
年末ジャンボは大晦日に当選番号を大発表するのだが、
その会場からNHKが生中継してる5分たらずの番組を
毎年欠かさずに見続けているのは、何を隠そう、この私だ。
くじなんか今まで買ったこともないのに、である。
なぜ? って、理由はかんたん、「数字」だからね。
ひとつひとつの桁の数字が、おっきなダーツによって
決まっていくのだ。あの快感が、たまらない。
「さんじゅう、」お、「はち組の、」おお、「ろくじゅう」
おおお、「きゅうまん」うぉぉお!「ふたせん」ふたせん!
「にひゃく」にひゃくぅぅぅ!「にじゅう」にじゅゅゅぅ!
きゃ~~~~~~っ、どきどきどきどき、
(このへんでもう心臓の鼓動は最高潮)
「んななぁぁっ!」ななだぁぁぁ!!
てな具合に、ひとつひとつ決まるまでが最高に楽しい。
他人が買った宝くじの番号を見てるだけで、
こんなに楽しいのに、いわんや、自分のをや。
これ、はっきり言ってうさぎ的にはイチコロなネタである。
もしかして、これが、日本うさぎ公団の野望崩壊への序章、
だったりしたら、どうしよう?
数字合わせに目が眩んで、公団員たちがいっせいに
宝くじを買い出したりした日にゃあ・・・。
誰がそんな禁断のリンゴを我らに食べさせようというのか?
聞けば、それはdarlingさんの指令なのだった。
むむ、鋭い。我らの数字好きを見抜いたか、darling。
名指しの任命に、NOとは言えないうさぎ公団である。
「わかりまちた。行かせていただくますです」。
危ない。そっちへ行っちゃだめだってば! うさぎ公団っ!
2月23日火曜日。グリーンジャンボ宝くじ発売初日。
天候は快晴。暖かくて寒い。絶好の宝くじ日和である。
「ほぼ日」編集部からの指定売場は
都内有数のヒットポイント「西銀座デパート前」だった。
とりあえず、指令を受けた公団員のうち、
すぐに動けるものその数ざっと55匹が、
銀座マリオンに集合した。
あ、とうぜん33匹だと思ったでしょう?
今回は「GOGO! 宝くじ」ってことでね、
いつもよりふたまわり多くの公団員が集結したのである。
すでにこのへんからして、もう「数字パワー」に
あやかりたい気持ちが丸見えの、欲深うさぎたちである。
何せ、銀座で宝くじを買うなんて、
「日本うさぎ公団」始まって以来の出来事なのだ。
「一等と前後賞あわせると、一億五千万円だってさぁ」。
一億五千万円といえば、一億円と五千万円だ。
いちおく、ごせん、まんえん。まんえんかぁ・・・。
ダメだ。かんぺきにうさぎの脳ミソには捉えきれない桁だ。
それぞれ一匹一匹のアタマのなかでは、すでに
なにやらこむずかしい「まんえんな数字」が、グルグルと
やみくもに回っているのであった。
寝不足のせいか、いつもよりさらに赤みを増した目で、
まだ足を踏み入れたことのないまぶしい世界に目眩しつつ、
我らがうさぎ公団員は列を整え、
隣の西銀座デパートへと向かった。
「伝説の1番窓口で、な」。(by アブラミ・弟)
伝説などというものさえ、西銀座デパート前宝くじ売場に
すでに存在しているというのか。
「GINZAの伝説 秘密の窓口」か・・・。
そんなことを考えている間もなく、我々一行は
正午ぴったりに、西銀座デパート前公園に到着した。
おお! やはり。
いるいるいるいる。宝くじを求める人の群れ、である。
ぜんぶで300人くらいは、いるだろうか。
整然と並んだ人の列が数本、いちばん長い行列は、
公園から表の歩道まで延びている。
その数、ざっと100人ほど。
「これが、伝説の1番窓口の行列ってやつですな」。
公団員のひとりがつぶやく。
そ、それ! あたしたちも並びましょう!
慌てて駆け出す気の早いのもいるが、
よく言うじゃないか、
慌てるうさぎはもらいが少ないって。
せっかく来たんだから、まずは落ち着いて、
現場のロケハンといこうではありませんか。
よくみると、行列には著しい差があることがわかる。
しかも、行列の先頭に目をやると、一番長い行列の先頭は、
なぜか「2番窓口」に続いているではないか?
じゃ、ほんとの「1番」は? と見ると、なんと、これが
「ただいま この窓口は閉まっております」だって!
なにぃ? このかきいれどきに、
のんきに「お弁当タイム」かい? え?
何匹かの若衆うさぎが興奮して声を荒げた。
でも、行列の人々は 至って静かに、粛々と、並び、待ち、
そして一歩ずつ歩を進めているのだ。それは見事だ。
「宝くじを買わんとする者、かくありたい」。の姿である。
でも同時に、疑問も抱かざるを得ない。それは、どうみても
「本人は1番に並んでるつもりが、間違って2番に
並んじゃってる図」とも受け取れるからである。
もしそうだとしたら、これははっきり言って間抜けである。
私は、並んでるひとに走り寄って思わず
「あなたは1番に並んでるつもりですか?
それともわざと2番に並んでるのですか?」
と聞きたくてたまらなくなった。
でも、やめた。それは並んでる人の自由、なのである。
ちなみに、他の窓口に並んでるひとは、というと、
これがまた呆れるくらいに、少ない。
隣の3番は、25人程度。
4番は、あ、4番という窓口はありませんわ。ひゃ~。
こういう場面でも「4」って数字は嫌われてるんやなぁ。
だから3番の隣は5番だ。5番は15人くらい。
6番は、4人。4人って、この半端さはなんなんだ?
その隣が7番。やっぱ、7は多いね。ここも50人はいる。
「そうかぁ。こんなに違うもんなのか」。
あるうさぎが、ちょっと力の抜けた声でつぶやいた。
そう思って行列を見れば、6番に並んでる4人の勇気にも
ちょっとした感動を覚えてくるではないか。
私はまた、走り寄って質問したくてたまらなくなった。
「あなたはなぜ、こんなに人気のない6番に、
わざわざ並んでいるのか?」
でも、やっぱりやめた。6番に並ぶのも、6番を選ぶのも、
そのひとの自由、だからである。
万一、この「6番」に並んだひとのなかから一等が出たら、
そのひとは、ざまあみろ! と叫ぶのであろうか?
行列を整理する警備員が、ハンディスピーカでさっきから
声を張り上げている。
「空いている窓口にお並びください。
1番窓口は閉まっております。
今、並んで頂いているのは2番窓口です。
お間違えのないように、お並びください」。
そう、このひとたちは、たぶんほとんどが間違っている。
でも、それを聞いて他の行列に並び直すひとは、
数えるほどである。ほとんどの人々は、黙して語らず、
動かず、辛抱強く、並び続けている。
我らうさぎたちは、完全に出鼻をくじかれた。
「1番に並ぼうと思ってきたのに、
1番が閉まってるってどういうこと?」
「ちょっと待てば開くってことなのかなぁ。昼休みなの?」
だからといって、勘違いの人々の列の最後尾にのほほんと
加わるほどの、お天気うさぎ野郎どもではないのである。
我々はまだ、行列に加わることが出来ない。
「萬事勝意」「恭賀新禧」
背後で耳慣れない言葉がする。
いや、耳慣れないわけではなかった。確かに中国語だった。
私はふっと後ろを振り返った。
おぉぉ、いつのまに!
そこには中国人と思われる数十人の人々が、
公園の真ん中に輪になって、一つの軍団を形成していた。
もしかしてこれが史上最強の「馬軍団」か?(ちがうって)
「馬軍団」はよく見ると、十数組の家族から成っている。
小さい子供も、母親に手をひかれて宝くじを買ったのか。
さすがは「数字の国 中国」ではないか。
数字好きなことではうさぎ公団以上、と我々ですら
一目置いてる存在の「華僑」の人々にも、
「グリーンジャンボ」は夢を与えてくれているのであろう、
友人を誘いあい、
家族総出で西銀座に集結しているのであった。
しかし、にぎやかだ。行列の静けさとは対照的に、
「馬軍団」には、黙って相手の話を聞いてるだけのひとは
ひとりもいない。買ったばかりの券を見せ合い、笑い、
いかに自分の番号が「当たりそう」かを相手に主張し、
肩をたたき、また笑っている。
10分くらいのあいだ、それは続いていただろうか、
その後「馬軍団」はどこかで昼食でも、ということになった
らしく、一斉にしゃべり続けながら公園を去っていった。
我々「うさぎ軍団」にも、窓口突入の機は熟していた。
いよいよ、である。
まず、並ぶ。一番窓口が閉まってる以上、確率も運気も
みなイコール、ということに、むりやり決めた。
「各自、自由」のかけ声とともに、公団員がサッと散る。
私は公団員たちの動きを見守ってから、ゆっくりと
「3番」の行列の最後尾についた。
待ち時間の長さにも見当がつかなかったため、本まで
用意してはきたものの、その必要もあるまい。
列は整然と、すみやかに、歩を進めている。
30人くらい、あっというまに順番が来てしまう。
それだけひとりひとりの購入に要する時間が短い、という
ことである。窓口のおばさんも相当の手だれに違いない。
ほら、そんなこといってる間にもうすぐ自分の番だ。
あ、しまった。「馬軍団」など観察していたために、
自分で買う券の種類を決めておくのを忘れちゃっていた。
ああ、もうすぐそこまで来てる。
しかし、それにしても、早い早い。本当にやりとりが短い。
これじゃ、前のひとの買い方を観察するひまもないって。
窓口のおばさんに「買い方の質問」とか、
「当たりそうな数字を取材」するとか、
「好きな番号の券を自分で選ぶ」とか、
「過去におばさんが売ったなかから1等が出たか」とか、
「やっぱ、発売初日に来るってのは大事よね」とか、
そういう茶飲み話的な会話を交わしながら、よさげな匂いの
券を慎重に選ばせてもらう、などという図を描いていた
私は、大きな勘違い野郎なのであった。
「バラ10」。
「連番30」。
「連番10とバラ10」。
オーダーと同時にお金を出してる。予め用意しておくんだ。
何を何枚買うかすら、よく考えていなかった私だが、
熟考してる時間は、もうない。
あ、来ちゃった。
「えっと、あの、連番で、さんじゅう、さん・・、」
「え? 30ですか?」
「あ、はい」。
「9000円」
「あ、それと、えっと、バラ、バラもさんじゅうさ、」
「バラも30ね」
「あっ、、、あ、」
「9000円です」
以上。
その間、わずかに8秒あまり。
3分後、再び、うさぎ公団員は公園の隅に集結する。
「どうだった?」「買いましたともさ」。
ちょっぴり興奮気味のうさぎたち。そして爽やかな汗。
あ、ちょっと待った。
西銀座デパート前の宝くじ売り場は、
実はデパートの入口をはさんで2カ所あるのだった。
ところが、このうち向かって右側の売場が、実にこう、
うんともすんとも言ってないのだ。それもひどい話である。
同じ「西銀座デパート前売場」じゃないか。
右と左で、なにがどう違うというのか。
こう言ってはナニだが、売ってるおばさんの容姿に
著しい差があるというわけでもない。
現に、警備員もこちらの呼び込みに懸命である。
「向かって右側の窓口は並ばずにお買い求めいただけます」
「窓口はどこも変わりません、
空いている窓口へお回りください」
だが、その声につられて左の行列を離れるひとなど、
誰もいない。恐ろしいことである。
右はがら空き。左は長蛇の列。運命の二者択一である。
「あ、あたし、あっちでも買ってみる!」
その光景をしばらく見ていた若い公団員が、
たまらずにパッと走っていった。
ちなみにだが、右の売場の「1番窓口」も、
当然のように閉まっていた。
カーテンかけて「ナンバーズはこちら→」って看板出して
おしまい、である。なんだかなぁ。
「試しに10枚だけ、買ってみたんだけど」。
素晴らしいじゃないか。
そういう姿勢が、我らうさぎ公団には大事なのだ。
当たってるといいね。彼女も大事そうに鞄にしまった。
「ではそろそろ、我らも退散しましょうかね」
いや、ちょっと待って。どうしても聞いておかなくちゃ
いけないことが、まだ残ってるよ。
そう、忘れちゃいけない伝説の「1番窓口」のことをね。
誰に聞いたらいいだろうか。
「はい、9000円」のおばさんに聞くのも怒られそうだし
他に「宝くじ」組織の人らしき姿は見かけないし。
じゃあってんで、警備員さんにおたずねすることにした。
「あのお、ちょっといいですか?」「はい」。
「1番窓口って、今だけ閉まってるんですか?」
「いや、いつもですよ」
「え? じゃ、いつ開いてるんですか?」
「たぶん、開けないと思いますよ」。
「ええ!? ずっとこのまま? なぜ??」
「いやあ、理由は自分にもよくわかんないんですけどね、
グリーンジャンボは、だいたいいつも閉まってますね」
「じゃ、じゃ、グリーンジャンボ以外は、開いてるの?」
「そうですね、サマーと、年末ジャンボは」。
「ええええ???? なんでなんで??」
「いやあ、ちょっと。わかんないです」。
「・・・(絶句)」
最後にきて、決定的なナゾを残したまま、
日本うさぎ公団のグリーンジャンボ大作戦は終了した。
いずれにせよ、もう戻れない。
うさぎ公団はいま、禁断のりんごを手にとってしまった。
運命のルーレットは、もう回り始めているのである。
「あのおっきいダーツ板がぐるぐる回るの、いいねえ」。
「見たいね」。「うん、見たい見たい」
「あたし、3とかいっぱい出てほしいっ! 33組とか」
「ぼくは8と9」
いや、それ、自分が買った券の番号じゃ、ないでしょ。
「いいのいいの、8、9、8、9って出たら嬉しいよ」
ま、このあたりが、うさぎの考えそうなことなんですけど。
「darlingさんは、福岡の会場まで行くらしいよ」
「ええ、ほんとぉ? すっご~い」
「電光掲示板とか、きれいでしょうねえ」
「33組の333333って、出ないかなあ」。
出るといいよね。
そしたら今年の日本うさぎ公団にも、絶対いいことが
あるってもんだ。
当選発表は3月17日である。発表会場は、福岡ですって。
ちなみにうさぎ公団は「原則として会場に行くのは自粛」
とした。そうしとかないと、当日、会場の回りにうさぎが
わらわらわら、ってことになりかねないからである。
でも、会場に足を運んだみなさん、もし、お近くでやたらと
そわそわしてるうさぎを2、3匹でも見かけたら、
声でもかけてやってくださいね。
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