USAGI
東京糸井重里事務所の給湯室より

7月17日(金)

 キヨタさんへ

 あっというまに一週間もおしまいですね。
今週はどんないいことがありましたか?

 今日、糸井事務所に
打ち合わせにいらした電通の大島局長が、
キヨタさんにぜひよろしく、って。
せっかくあえると思って楽しみにして来たのに、
あなたったらその時間にかぎって
どら焼き買いに「うさぎや」まで行ってるものだから。

 大島さん、がっかりしてましたよ。
キヨタさんに会えなかったって。
キヨタさんから「日本うさぎ公団」のこと
聞きたかったのに、ですって。
でね、今朝の毎日新聞に『うさぎのラジオ』っていう
お話が載っているからキヨタさんも読んでね、
とのことでした。
以上伝言です。

 わたしは明日から北海道です。
帯広はどんなお天気でしょうね。
キヨタさんはこの3連休、何をして過ごす予定ですか?

サイトウより。

 



7月17日(金)

 サイトウさんへ

いや〜、今日は連休の前でしかも雨でしょ、
渋滞がひどくて上野まで
すごく時間がかかっちゃいました。失敗失敗。
でも「うさぎや」のどら焼きは
それだけお〜いし〜いんですぅ〜。
ほら、カグチヒナコさんの
お友達の佐々木さんもおいしいって
言ってますよ。
今度サイトウさんのぶんも買ってきますから。ね?
大島局長さんですか。局長さんっていえば、偉いですよね。
うちのニシダ部長よりも、ぜんぜんエライですよね。
電脳部長よりも、社長部長よりも、エライですよね。
そんなかたも「日本うさぎ公団」に
注目してくださっているかと思うと、
すごく嬉しいです。
全国の公団員たちの励みにもなります。
よろしくお伝えください。

でもね、今日はちょっと
「日本うさぎ公団」のダークサイド、ってゆーか、
影の部分(おんなじか?)にも
踏み込んでみたいと思います。

サイトウさんは「日本うさぎ公団」のこと、
けっこうかわいいヤツらだと
思い始めているんじゃないですか?
なんだかんだ言っても真面目にクルマの数を数えたり、
ネジみがいたり、
やるときはやるもんだ、なんて。

ノンノンノンノン。

はっきりいって、それは彼らの活動のうち、
ほんの一部分でしかありません。
実は、公団員のうち、
ある特殊な能力を身につけたものが特別に組織され、
ひとには言えない
秘密活動を行わっているといううわさがあるのです。
その実体を知るものはごく一部の公団幹部のみという、
特殊精鋭部隊です。

彼らの姿を、公団の建物内で、
あるいは公団主催の催し場などでふだん目に
することはまずありません。
その意味で、SWATが昼間っから『SWAT』
とかかれた帽子をかぶって、
町の中をふらふら歩いているのとはワケが違い
ます。あ、あれはTVドラマのはなしか。
とにかく、彼らの任務がそのくらい
特別なものであるということは、
わかっていただけたでしょう。
詳しいことはわたしもよくわからないのですが、
彼らのなかでは、
それは『シノギ』という言葉で
呼ばれているということです。

おりしもこの平成の大不況。
やれグローバルスタンダードだ、やれ護送船団
方式だと世の中が騒がしい昨今、
彼らの任務もいっそうの激しさ、厳しさを
増しているであろうことは容易に想像できます。

そんな彼らの任務の一端をかいま見ることのできた、
ある意味では貴重な
事件のレポートをこっそりサイトウさんにお伝えします。
(他言無用)

事件の舞台となった、
城南地区の某駅前で時計屋を営むSさん(54)は、
ここ数年の不況にくわえて、
最近のあからさまな銀行の貸し渋りの影響で、
商品の仕入にも不自由するような状態が続いていました。
思い悩んだあげくに、
Sさんは「家内からそれだけはやめて、とあれだけ
言われていたのに」もかかわらず、
いわゆるマチキンから借金をする
ようになってしまっていたのです。
案の定、借入れた元金に利子を加えた額は
みるみるうちに膨らんでいき、
朝晩、時をおかずに催促の電話がかかり、
店先を目つきの悪いオトコが
うろつくようになり、
Sさんは今まで以上に追い詰められて行きました。

そんなある日、
Sさんの目にふととまったのが一枚のチラシです。
「あなたの借金返します!
困ったときはうさぎんこうへ」と書かれた
その唄い文句につられて、
Sさんはその「うさぎんこう」を訪ねました。
「このわたしの借金も、返せますか?」
Sさんは恐る恐る尋ねました。
「たぶん、ね。」窓口の女性は
曖昧な返事をして手続きを促すと、
「じゃ、明日、係のものが伺いますから。」と
言って窓口のシャッターを
さっさと降ろしてしまいました。

「うさぎんこう」なんてよく考えたら、
ほんとの「銀行」かどうか
わかったもんじゃない、
と後でSさんも思いましたが、仕方ありません。
とにかく借金取りには、
あと一日返済を待ってもらうように頼みました。

そして翌朝、約束の時間。
マチキン野郎たちはすごみをきかせて
「やいやい」と言ってます。
と、そのとき、バタンとドアをあけて
全身黒づくめのうさぎが4匹、
さっそうと店のなかに入って来ました。
かと思うと次の瞬間、彼らはくちぐちに
何かを叫んでいます。
「耳をそろえて!」「耳をそろえて!」「耳をそろえて!」 
そしてかぶっていた黒い山高帽をぱらりと取ると、
まっすぐにぴんと長く伸びた
それぞれの右の耳と左の耳を、
あたまのうえでぴたっと合わせました。

「おおっ!!」
その場にいた一同は、
あまりの見事さに思わず感嘆の声を挙げました。
「耳をそろえてっ!」4匹のうちでも
リーダー格らしい背の高いうさぎが
ひときわ大きな声をあげ、
ぴたっと静止した状態のまま眼差しをこちらに
向けています。
「・・・・・・・」他の3匹も、
ぴったりと耳を揃えた状態で、真正面から
こちらを見すえています。

「だからっ!」 リーダーは、さらに声をはりあげました。
「耳をそろえてっ!!」

え? み、みみをそろえて、って、
オレらが? オレらの耳を??

借金とりも? 時計屋のSさん夫婦も? 
そうです、みんなです。

でも、「耳を揃える」なんてことは、
ふつうの人間にできる芸当じゃ
ありません。だって、そうでしょ?
人間の耳は、右と左に分かれて
ついているのですから。

「出来ないって?」リーダーのとなりの
ちょっと太った黒うさぎがまゆげを
ぴくっと動かしながら、口を開きました。

「世の中的には、借金といえば?」、
彼の声は地鳴りのように響きます。
「借金といえば、『耳を揃えて返す』もの。」
他の2匹が追従します。
「それが出来ない時は、」そこで言葉を切ると、
ゆっくりと一同の顔を眺めつつ、
尻のポケットに手をもっていき、
「できないときは、どうなるか、というと、」

あわわわ! もう最後まで聞く必要はありません。
借金とりも、Sさん夫婦も、
あぶら汗をにじませながら、平謝りに謝った
ということです。
耳をそろえることができなかった借金取りは、
借用書を破棄させられ、
同じく耳をそろえることができなかったSさん夫婦は、
店をたたんで長野の農場にて
住み込みで働くことになったそうです。

Sさんは今でもそのときの様子を
「そりゃあ恐いの、恐くないのって」と
語って聞かせるそうです。
「自分の耳がそろわないってわかった時には、
もうだめかと思った。」

だからといってサイトウさん、
彼らに会いたいばっかりに、むだな借金ふやしても
「うさぎんこう」はあなたの代わりに
返しちゃくれないって。

キヨタより。

1998-07-19-SUN

BACK
戻る