USAGI
東京糸井重里事務所の給湯室より

7月12日(日)

サイトウさんへ

それにしても、ここ何日か続いたイトイ事務所の
「熱帯夜大騒動」はすごかったですねぇ。
サイトウさんたら、
「ビール、ビール、ビールが飲みたいっ」って
そればっかり言ってて、
ちっともお仕事なさらないんですもの。
知らないひとが聞いたら「あのひと、ちょっと・・・・」
なんて思われてしまいますよ。今だから言いますが、
わたしはそれを聞いてヒヤヒヤしてました。
このひとったらこのまま仕事ほったらかしで
昼間のうちからビールのんで、
それじゃ「新橋駅前のおとうさんたち」と
変わりないじゃありませんか。ねぇ、ダーリンさん。
今年の東京は「猛暑」の予報が
出ているっていうことですし、
無事にエアコンが治ってほんとうによかった。
どうやって治ったのか、
サイトウさんにもお見せしたかったくらいです。
修理にやってきた日立のお兄さんは、
しばし無言であちこち点検していた
かと思うと、不安げに作業を見守っている
我々にむかってやおら振り向き、
にっこり笑って、こう言ったんです。

「これは、妖精さんがうっかりしてましたね。」

妖精? 妖精さんのしわざだったの?
だいたい、妖精さんって、だれ?

「ほら、この小箱をそっと開けてごらんなさい。」

あ、ほんとだ。指さされたちっちゃい箱のふたを
そっと開けると、
そこにはちっちゃなちっちゃな赤いボタンが、
ひとつあるではありませんか。

「夏が来たなと思ったら、
妖精さんがこのボタンを押してくれるんですよ。
でも、今年はさぼっちゃったみたいだなぁ。
彼らだって暑かったろうに。」

今年はボクが押しときますけどね、
来年は早めに妖精に頼んでおくといいで
しょう。お兄さんはそういうと、
爽やかな笑顔を残して帰っていきました。

わたしはその笑顔にむかって手を振りながら、
以前知りあいから聞いた話を思い出していました。

ある自動車メーカーの生産工場の話です。
そこは毎年夏になると「季節従業員」を募集します。
なぜ、夏になると募集するのかはわかりません、
実は春も秋ももちろん
冬も同じように募集しているのではないか、
と思うのですが、とにかく夏には
大々的に募集します。

ある年のこと、いつものようにそのメーカーは、
新聞に広告を載せました。
       『夏期限定・従業員大募集!』
それから2~3日後、団体での申し込みが
あったというのです。
 

「まとめて100匹、あわわ!もとい、
100人、雇ってくださいっ」

「まとめて、って言われても、うちだって困りますよ。
 誰と誰と誰がはたらくのか、
会社でも氏名を把握しとく義務があるから。」

採用担当者は、はじめのうち渋い顔をしたそうです。  

「いえ、けっして会社に
ご迷惑をかけるようなことはいたしません。
わたしたちはあくまでも、社会への奉仕が勤労の目的です。
自慢じゃないですけど、いい仕事します。
長時間労働には自信のある
ものばかりです。やらせてくださいっ。」

そこまで強くお願いされてしまっては、
断る理由もありません。
それじゃさっそく明日からお願いするよ、
ということになり、その翌日。

朝8時、工場長が朝礼台にたつと、
そこには真新しい白い作業用帽子と
おそろいの白いつなぎを着たうさぎが100匹、
わらわらとこちらを
むいて整列していたということです。
他の作業員にまじって「工場歌」を唄い、
ラジオ体操を済ませたのち、
ただちに持ち場について、
開始のベルと同時に仕事にとりかかったそうです。
あるものはネジをみがき、
またあるものはネジをみがき、そしてあるものは
やっぱりネジをみがき、ようするにそれぞれが、
ネジをみがき、、、、。

ピッカピカにみがきあげたネジを大事そうに抱えて、
組み立て中のクルマが並んでいるベルトコンベアに
飛び乗り、その中に顔を突っ込んでなにやら得意そうに
口笛など吹きながら、ネジをはめていくそうです。
誰にも教えてもらっていないのに、
その手際の良いことといったら!

ナゾのうさぎ集団のうわさは、
またたくまに工場全体に広まりました。
昼の休憩時間中には、
工場の従業員食堂でB定食を食べていたうさぎたちに
「よっ、新入りさんたち、なかなかやるそうじゃないのっ」
と声までかかる始末。
彼らはそのたびに恥ずかしそうに目を伏せつつ、
もぐもぐしながら小声で
「どもっ」と返事をかえしたそうです。

彼らのみごとな働きぶりあってか、
その年の夏にその工場が生産した
クルマの台数は、
いつもの年よりもほんのちょっと多かったということです。
そうこうするうちに8月も過ぎて、
山ではススキの穂が風になびき、
月が夜ごとに丸みを増す頃、
100匹のうさぎは「夏期限定」のお勤めを
無事に果たして、惜しまれつつ工場を去って行ったのです。

その年の秋、
うさぎたちのみがきあげたネジがはめこまれたクルマは
それぞれ街に繰り出していました。
どれもが、とってもよく走りました。
けれどもたまに、
たとえば信号待ちなんかで止まっているときに、
ギアボックスのなかから
小さな口笛が聞こえることがあったそうです。

最初は、それがどこから聞こえてくるのかわからないので、
ドライバーは気味が悪かったのですが、
どうやらギアボックスあたり、らしいのです。
そして信号が青に変わると
「変わったぞ。それっ!」と小さなかけ声がして
クルマが走り出すのだそうです。

うさぎの仕業か? で
も任せたのは「ネジみがき」だけのはずだったぞ、
工場の人々は、あとからみんなでクビをひねりました。
そのうちの誰かが、あっと声を上げました。
「そういや、ヤツらのつなぎのポケットって、
みょうに膨らんでたよなぁ。
そしてネジをはめこむときに、
なにやらそのポケットから取り出して
手のひらにのせては眺めていたのを覚えているよ。」
「そうそう、なんかちっちゃい生きものに
話しかけてるみたいだった。」

さすがに一同、顔を見合わせて
黙り込むしかありませんでした。

いっぽうそのころ、ヤツら
(そうですとも、もうお気づきですよね、
あの「日本うさぎ公団」ですが)は
どうしていたのでしょうか。

そりゃもう、ひと夏がんばって働いたのですもの。
南の島にバカンスに出かけるものあり、
冬用の茶色い毛皮を手に入れる
ものあり、ごちそう三昧でまるまる太るものもあり。
さすがにこんな時は
「うさぎ好みニンジン」より
もっとおいしいものも食べたいですものね。

サイトウさんも今夜クルマで帰るときに、
ちょっとチェックしてみて
くださいね。
ひょっとして妖精さんの
おしゃべりが聞こえるかもしれませんよ。                                     

きよたより。

1998-07-12-SUN

BACK
戻る