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社長に学べ!<おとなの勉強は、終わらない。>


第14回 自分にしかできないことは?



コンピュータには
できることとできないことがあるんです。

でも、そういうことが、世の中では、
わりとちゃんと区別されずに語られるんですね。
そうだよなぁ。
たとえばスポーツ理論なんかでも、
選手次第みたいなところがあるから、
いちがいに
「こうするのがいいに決まっている」
といいきれる範囲は少ないだろうし。
あらゆることがそうですけど、
かならず「ボトルネック」といわれる
いちばん狭い場所ができてしまって、
そこが全体を決めちゃうんですよね。

逆に、全体をどうにかしたかったら、
ボトルネックがどこなのかを見つけて
そこを直しにいかないといけません。
ボトルネックより太いところを
いくら直したとしても、
全体はちっとも変わらないんです。


けっこうそれを見つける前に
なにか手を動かしていたほうが
安心してしまいがちで、人はつい
目の前の汗をかいてしまいがちなんですけど。

これは、さっきいった
強みと弱みの話ともつながる概念なんです。
自分しかできないことはなにかとか、
いちばん問題になっていることは
なにかとかいうことが
ちゃんとわかって
行動していくべきですから。


まぁ、そうしたとしても
行動は所詮仮説にすぎないので
まちがっているかもしれませんが、少なくとも
「ここがボトルネックになっているはずだから
 これをこう変えれば全体がこうよくなるはずだ」
というふうに行動しなければいけないのに、
わりとそれができないものですよね。

わたしは、そのことは
よく意識するようにしてきました。
これは自分がコンピュータをやっていて
得意だったことのうちのひとつです。

「もっとプログラムをはやくしてください」
というときには
ボトルネックになっている部分がかならずあって、
それが全体を遅くしているんですね。

プログラムではよく
「極端ないいかたでいえば、
 全体のなかの一%の部分が、
 全体の処理時間の
 七割から八割を消費している」
などといわれるぐらい、そこばかり
何回も処理していることがありえます。

だから
そのボトルネックになっているところを
直さないかぎりは、そうじゃないところを
いくら直しても意味がないんですね。
たとえば、
パソコンでもスペースキーやエンターキーは
ものすごくたくさん打つから、
こわれないようにするには
たくさん打つところだけ
じょうぶに作ってもいいということですよね。

岩田さんのパソコンなんか、
文字が消えていたりするんじゃないですか。
消えてます、消えてます。
わたし、強く打つから(笑)。
強く打たなければ
いけないものじゃないのにね。
せっかちな性格が出るんでしょうね。
クセは直せないですよね。

いま、岩田さんがいくつか
「もうひとつありまして」といったなかにも、
ヒントというのがいっぱい入っていると思うんです。

「割りきれることと割りきれないことがある」
ということひとつでも、
仕事についてのヒントになりますし……。
コンピュータの世界にも、
誰かと一緒に仕事をする世界にも、
じつはすごい共通点がいっぱいあって、
その共通点を見つけることができたために
わかったことみたいなものが
いっぱいあるんです。

それがわたしの
「判断すること」や、
「困難な課題をどう分析して
 解決の糸口を見つけること」
に、ものすごく
役にたっているような気がします。
人間というのは
コンピュータのなかに
おいた点ではないですから、
たとえば
「利益のほうにまっすぐ向かう」
という習性さえも
全員には共通していないですよね。
ないです。

利益が大事な人もいれば、
利益なんかどうでもいいという人もいれば、
利益はちょっと欲しいけど、
他の要素も大事という人もいれば、
さまざまなんですよ。
利益が出すぎたことについて
怒ってる人さえいて……。
(笑)いるんです。
だけどそれをいっしょくたにして、
まるでアメーバの生態を語るかのように
画一的に理解したほうが
説明のつきやすいことがあるから、
「みんな利益を求めるはずだから
 経理はこうしていけばいい」とか、
「マーケティングとはこうなんだ」
とかいう議論が、けっこう
大手をふるってきたんだと思うんです。

まぁもちろん、
「『味の素』が出る穴は、
 でかくしておいたほうが
 たくさん使ってもらえる」というような、
そりゃそうだろうということはあるんです。
レジのそばに大福をおくといいぞ、
とかいうこともあるんでしょうけど……。
それでは、
おおきな問題は解決しないですよね。

それにレジそばの大福の件にしても、
あれは誰かがあそこに偶然、あるいは
「ひょっとしたら」といって置いたら
それがうまくいったということであって、
あとづけで理由がついたに
決まっていると思うんです。
そうですよね。

だけど一見、そういうように、
「人間の行動を、こちらが紙の上で
 考えやすいように見る」
ということをして、経営者が
「こうすればこうなるだろう!」
といってのけて成功したりすると、
わかりやすく
「すごい」と思われがちじゃないですか。
モデル化を単純にするほど
考えやすくなるから
単純なモデル化には魅力があるんです。

だけど人に対して単純なモデル化で
経営をするのはまちがっていますよね。
「あなたはそんなに単純にモデル化されたいか」
と説教したくなります(笑)。


「お客さんとしては会社がどう見えたら
 その会社を好きになるか」とか
「社員はどうしたら自分の会社のことを
 ポジティブに語りたくなるか」
という視点がなくなると
すごく危険だと思うんです。
任天堂みたいに
「遊び」を会社にしているところなら、
ますますそれが重要になってきますよね。

それについて、最近岩田さんは、
なにか考えていることはありますか?

モデル化でとらえきれないなにかが
おおきく変わろうとしている認識が、
たぶんあるんだと
想像しているんですけど……。
うーん……
世の中の変化がゆっくりだった時代が、
長くつづいたんですね。

何年ものあいだ
おなじ方向のおなじ考えかたが通用して、
それが成功をくりかえしていると
それによって成功の体験をした集団というのが
できますよね。

成功の体験をした集団というのは
変わることへの恐怖があるものですが、
いますごく意識するのは、
環境がすごい変わって、
人の考えかたがすごく変わって、
お客さんがすごく変わって、
情報の伝わりかたが
すごく変わっているわけじゃないですか。

だから
「いまよいとされているやりかたは
 ほんとうに正しいのか」
ということをわたしだけでなく
会社じゅうの人がうたがってかかって、
変わってゆく周囲のものごとに
敏感であるように
仕向けていかないといけない、
と考えています。


お客さんのニーズも変わるし、
マーケットの環境も変わるし、
情報の伝わりかたも変わるし、
人が欲しいと思う内容も変わるし、
実際に買いにいく人も変わるし、
売り場も変わるじゃないですか。


第14回おしまい。火曜日に、つづきます
2005-03-18-FRI