11月1日、遊びにいくよ。おかえり気仙沼、ただいま気仙沼。

nagata

のりこさんの思い出

2021/11/01 19:15
最後の話し手は、のりこさん。

のりこさん
「憶えてるのはね、
糸井さんと奥様が来ることになって、
『わぁ、なにをつくって
おもてなししよう?
なにを食べてもらおう?』
って考えだしたら、
すごくたのしかったこと!」

和枝さん
「そう、そう、そう!
そうだったねー!」
nagata

菅原市長の話

2021/11/01 19:05
気仙沼市長の菅原茂さんが
当時の行政の苦労話を。

糸井
「市長、ひとつ聞きたいんですが、
これはもうだめだ、って、
思うようなことはなかったですか?」

菅原
「それはない」

糸井
「あ、即答だ。そうかー」
nagata

よかったこと

2021/11/01 18:52
ふだんは言えない
「震災があってよかったこともあった」
ということ。
みんなが次々に思い出を語ります。

御誂京染たかはしの女将、
椿会の会長でもある高橋和枝さん。
「当時二十歳だった息子が帰ってきてね、
もう、そこから、蜜月でしたよ(笑)。
一緒にでかけたりね。
あと、社員とのつながりができてこと」
nagata

ひさしさん

2021/11/01 18:43
石渡商店のひさしさん
「糸井さんとは3年に1回くらい
話すようになったんですけど、
いつもいろいろ考えさせられて、
震災後、いろんな要因で、
自分は成長させてもらったなと思います」
nagata

この場でなら言えること

2021/11/01 18:39
「テレビの取材でいくら答えても
なかなかつかってくれないところだけど、
気仙沼は、よくなったよね」

「そういう明るいこと言っても、
つかってくれないんだよね」

「恋人たちがデートするような
場所になったものねー」

「気仙沼大島大橋なんて、
レインボーブリッジみたいだもの!」

「(笑)」
nagata

河野さん

2021/11/01 18:28
八木澤商店の河野さん
「震災の直後はね、
家族の安否もわからなくて、
『やっと会えたっ!』
っていうときにね、
がーっと子どもを抱きしめたら、
なんと、子どもたちは、
ふつうに嫌がった、という」

一同
「(笑)」

糸井
「いいなー、それは(笑)」
nagata

たけしさん

2021/11/01 18:16
ヤマヨ水産のたけしさんが、
震災後のご苦労と、
そこから立ち直った道のりを語ります。

「誤解を恐れずいえば、
震災がなければ、私は、
いまのような真剣さで養殖を
やってなかったかもしれないです」

みんな、自分と重なるところもあり、
うなずきながら聞き入ります。
nagata

えまちゃんの思い出と報告

2021/11/01 18:10
東京から気仙沼に移住した、えまちゃん。
いまではすっかり気仙沼の人。

えまちゃん
「自分の見たことのない世界を
見てみたい、と思って
ボランティアで来たんです。
それから10年経って、
『この日』というのは
なかったんですけど、
あっという間でしたね」

そして、お子さんが生まれる報告も。
会場に大きな拍手!
nagata

たまちゃんの思い出

2021/11/01 18:01
ブータンで首相フェローを務めていた
たまちゃんこと御手洗さんを、
糸井は気仙沼ニッティングの責任者として、
突然気仙沼の人たちに紹介したのでした。

たまちゃん
「いま、冷静に考えると、急にやってきた私を
よくもみなさん信用してくれて、
居候までさせてくれたな、と」

糸井
「乱暴に連れてきましてけど、
こんなことはね、
御手洗じゃなきゃできないんですよ。
すごいことですよ」
nagata

松井さん

2021/11/01 17:50
糸井
「サンマ寄席といえば、松井さんですね」

松井
「はい。あのとき糸井さんが蒔いてくれた
種がいま実って若い人たちも
たくさん来てくれるようになりました」