
糸井
「『ラーメン食べたい』は
矢野顕子さんの作詞ですけど
あの歌のすごいさは、
ラーメンというものがひとりの象徴だからです。
鍋とは対極にあるもので、
ひとりきりで最初から最後まで食べる。
あの歌の最後に
私のラーメンを責任持ってひとりで食べる、
という歌詞が出てきます。
それで答えはでているわけだけども。
あの歌にみんなが共感するのは
みんながひとりぼっちになったことがあるからです。
その共感ひっくるめて
ラーメンという食べものを
ものすごく表現しているのです」
矢野さん
「たとえば クラプトンのギターの
ここならできる、とか、
ちいさいときにピアノをやってたとか、
この歌ばっかり聴いてたとか、
ほとんどの人には、それぞれの
音楽のベースというものがあります。
つまり、土壌。
日本に住んでいるかぎり、
これだけ音楽が流れているわけだから
みんなに音楽力があります。
わたしが幼稚園児のときにつくった歌が
あるそうなんですけれども、
(今日の遠足どうだったの?
と聞かれて歌ったそうです)
そのときにも、自分が持ち得た
こどばの律でつくったわけです」
矢野さん
「たとえば、
ラーメン食べたいでもなんでもいいんですけど、
そういう欲望に
温泉入りたい、
ラーメン食べたい、
とメロディをつけてみるんです。
言葉には、言葉じたいにリズムがついてるんです。
たとえば、こういうリズムとふしにすると、
あんまりラーメンのありがたみがないでしょ?
でも、
ラーメン食べたい♪
とすると、ラーメンの雰囲気が出てくる。
その欲望を、そのまま乗っけてみるんです。
言葉は意味と同時に
リズムを持っているんです。
それを、ころがしていく、
耳でもてあそぶんですよ。
それが、曲作りのひとつの方法です」
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「今日は仕事をしている
矢野さんを見てもらいます。
うみの苦しみを見てもらいますので、
ギクシャクすると思います(笑)。
よろしくお願いします。
でね、いまの『ラーメン食べたい』という曲、
ふつうああいう歌を書くと
りくつっぽくなるんですよ。
どうして矢野顕子はああいう歌を
書けるんでしょうか」
矢野さん
「この曲は、国語の教科書に
載ったことがあるんですけど、
どんなところに載ったと思います?
『感じたことを思いのままに書いてみましょう』
ってコーナーなんです(笑)。
ラーメン食べたいってね、なんのひねりもない
じっさいそのとおりなんですよ。
ラーメン食べたいってときは、
ラーメンしか食べたくないじゃない?
うどんで代用きかないんです。
いまの『あ”ーーー』という気持ちを
歌にしたんですよ」
そして、
糸井重里といっしょにつくった
「こんなところにいてはいけない」を
演奏したあと、
矢野さんはこうおっしゃったのです。
「次の曲は、どのような構成で
動機でつくられたのか、
考えて聴いてくださいね。
よーく聴かないとわかんないよ」
そして、演奏されたのは
「ラーメン食べたい」です。
「前座」の矢野顕子さんは、
ここから4曲を演奏したのです。
まず一曲目はあの
「気仙沼においでよ」。
会場からうわぁっという歓声があがります。
パソコン前のかたは
こちらをお聴きくださいね。
本日は「矢野顕子の音楽の稽古場」、
いわゆるワークショップです。
「糸井重里が、わたしと、いえ、
私をもちいて何かしようと発案したわけですが‥‥
まずは前座の演奏をお聴きください。
前座の矢野顕子です」
















