その37 写真とアニメーション ─ 『蟲師』のこと。その37 写真とアニメーション ─ 『蟲師』のこと。

アニメ『蟲師』のキービジュアルとなった鳥海山での写真。この写真は、後に、『蟲師』サウンドトラックのジャケット写真としても使用されました。

今年最初の「現場編」は、アニメーション
『蟲師(むしし)』のお話です。

ぼくは、『蟲師』のオープニングディレクターを担当しています。
オープニングディレクターというのは、本編が始まる前、
テーマ曲と共にスタッフクレジットなどが流れる、
あの部分をつくる仕事です。
「写真家なのにアニメ?」
と思われる方もいるかもしれませんし、
もしかしたら逆さまに、このアニメ『蟲師』で、
ぼくのことを知ってくださった方もいるかもしれません。

長濱博史監督からこのお話をいただいた時、
ぼくは『蟲師』の原作を読んだことがなく、
どんなものをつくればいいのかわからず、
お断りした方がいいだろうと思いました。
しかし監督が、
「ぜひ一度、原作を読んでみてください。
その上で、判断していただけませんか」
と単行本を送ってくださって、読んでみたところ、
すっかり虜になりました。
とにかく、おもしろかった。
いたるところに共感する部分がありました。
ぼくはすぐに監督に電話をして、
「なんとしても、この仕事をやらせてください」
とお願いしたのでした。

長濱監督とは以前一度広告の仕事をご一緒したことがあり、
その縁でぼくの写真展に来てくださったことがあります。
監督は、そこで見た、奄美で撮影した木漏れ日の写真が
『蟲師』のアニメーションに必要なものに思え、
最初の企画書から練り込んでいたのだそうです。

『蟲師』は、日常の中の非日常な話、
とでも言えばいいのでしょうか、
“蟲”と呼ばれる不思議なものたちの影響で
失われてしまった日常を、
ギンコという名の“蟲師”(蟲の専門家)が
取り戻す物語です。
深く、ホラー的な世界にとらえられがちなお話でもあります。
しかしぼくは、その世界はきわめて日常的で
光が満ち溢れるあかるい世界の中にあると感じ、
そのことを伝えたいと思いました。

写真家がアニメーションのオープニングを
担当するだけでも異例なのですが、
その制作をスタートさせたのは、
まだ声優さんも決まらず、
本編の制作すら始まっていない段階でしたが、
監督が脳裏から離れなかったとまで言ってくれた
木漏れ日の写真を核として撮影を始めました。
「そこにある光」が1枚のカンバスだとすると、
その中に、光が作り出す色を、
ひとつひとつ重ねるようなイメージでした。
さらに「水の揺らぎ」と「光の揺らぎ」を重ねたいと思い、
撮影に適した場所を探しているうち、
偶然、義父が連れて行ってくれた鳥海山の麓で、
イメージ通りの場所を見つけました。
そこには湧き水が流れ、
小川には“鳥海マリモ”とよばれる、
苔むした丸い岩のようなものがありました。
その前に立つと、目に映る世界は、
川面も、水中も、一面緑色です。
水面には、川の流れに木漏れ日が混じり、
キラキラと輝いていました。
まさにぼくの思う『蟲師』の世界そのものでした。

肉眼で見ていると水は流れていますから、
木漏れ日を写し出す葉のすがたも、
その影の下の部分の緑色も見ることが出来るのですが、
ところが、いざ写真を撮ると、
川の流れが止まってしまうことで水面そのものが写り、
印象は、まるで別のものとなってしまいます。
シャッタースピード1/125秒と1/15秒の違いは、
ぼくたちの感覚としては大した変化はないのですが、
カメラが写し出す世界は別ものです。
そこでぼくは、スローシャッターを切り、
最初に見た時の動く水の印象を写そうと考えました。

そして、90秒のオープニング映像を、
最初は写真で、最後には動画を使用したいと考え、
フイルムの8ミリカメラを持って奄美に向かいました。
動画がとらえた光の揺らぎの中から、
最後に『蟲師』のタイトルがあらわれるという構成です。

実は「揺らぎ」そのものは、
ある素材によってオープニング全体に流れています。
これも、今となっては不思議な偶然なのですが、
ちょうどぼくたちが準備を進めている時、
その少し前に他界されたアニメーション作家、
岡本忠成さんの回顧展があり、
そこで見たものが大きなヒントになりました。
それは何枚ものセル画を重ね合わせ、
動かしながら一枚一枚撮影するための撮影台でした。
岡本忠成さんは、
日本のアニメーションを育てたといってもいい人です。
たとえば「NHKみんなのうた」で
『メトロポリタンミュージアム』を手がけた、と言えば
思い出してくださるかたもいるかもしれません。

そして岡本さんは、
ぼくが一緒に動画の仕事をしている映像ディレクター、
岡本絵里子さんのお父さんでもありました。
彼女に「あの撮影台、まだ家にあるの?」と訊ねたところ、
「まだ、ありますよ」との返事。
そこで是非使わせていただきたいとお願いしました。
当時、すでにもう「セル画」は過去のものとなり、
デジタルの時代になっていましたが、
ぼくは木漏れ日を撮影した湿板写真のガラスを、
岡本さんの撮影台で、
セル画のように撮影したいと考えたのです。
もちろん、すべてアナログでの仕事です。

その後、ガラスを水といっしょに撮りたいということになり、
オリジナルの小さな撮影台をつくることになりましたが、
岡本さんの撮影台が大きなきっかけになったことは
言うまでもありません。
それらを紡ぐようにつなぎ合わせて
全編に流れる揺らぎをつくりました。

オープニング映像は、
完成したのが深夜だったにもかかわらず、
ぼくは都心から車をとばして調布の制作会社へ向かいました。
長濱監督や、『蟲師』の総指揮的立場だった
アニメーション界の重鎮、石黒昇さん
(『宇宙戦艦ヤマト』などの制作をされてきた方です)に
一刻でも早く見てほしかったからです。
みんな、すごく喜んでくれただけでなく、
その後石黒さんは「だったら、ぼくたちも」と、
制作室にセル画用のデスクを持ち込んで、
当時はもう使わなくなっていたセル画を復活させました。

みなさんにもぜひ一度、
この映像を観ていただきたいと思います。
細かい描写がたくさん含まれていますが、
CGは一切なく、すべてが手描きです。
「アナログであればそれでいい」という話ではありませんが、
必然のあるアナログには、やはり独特のあたたかみがあります。

オープニング映像の仕事がきっかけとなり、長濱監督から
「エンディングも、菅原さんの写真で終わりたいなあ」
との言葉。
「いいですよ」と安請け合いし、
エンディング映像も担当することになりました。
そして音楽担当の増田俊郎さんの
「毎回エンディングの音楽を変えようと思ってるんです」
という言葉を受けて、
「だったら、ぼくも毎回変えます」
ということになりました。

オープニング映像というのは
ある程度独立していても成立しますが、
エンディングは本編の一部です。
そこで、ぼくはいち視聴者として、
「今回の話から、こんな映像が浮かびました」
という内容のものにしました。
締切ぎりぎりのタイミングで届く絵コンテを読んで、
最後のカットから続く絵(写真)を考えます。
基本的には、手持ちのものでなんとかしたいところですが、
イメージするものがない場合は慌てて撮影に出かけ、
その足で府中の東京現像所に向かう、
なんていうことが、何度もありました。
綱渡りのような編集作業でしたから、
ほぼ毎週、深夜の現像所に通いました。

通常のオープニングディレクターという立場だったら、
ここまで本編に深く関わることはなかったでしょう。
まして、もともと写真家ですから接点も少ないのですが、
『蟲師』に関しては、
歴とした『蟲師』のスタッフの一員に
なれたのではないかと思っています。

そして、それから9年の歳月を経て、
『蟲師 続章』が始まりました。
次回は、そのお話をします。

書籍『蟲師~連綴~ 二〇〇四〇七〇九-二〇〇六〇八〇八』書籍『蟲師~連綴~ 二〇〇四〇七〇九-二〇〇六〇八〇八』

通常、原作とアニメーションは
少し別のものというところがありますが、
『蟲師』の場合は、
水と光が溶け合うことと同じように、
ふたつが交じり合うことで生まれる世界があります。
そのひとつの結果として出版されたのが
『蟲師~連綴~ 二〇〇四〇七〇九-二〇〇六〇八〇八』。
ここには原作(漆原友紀さん)の原画と
アニメの絵が共存しています。
アニメ『蟲師』は、
長濱監督が考えた各エピソードに対して、
テーマカラーのようなものがあるのですが、
(ぼくのエンディングもそのテーマカラーに沿ったものです)
そのひとつひとつの色についても、
各エピソードと共に綴られています。
そして、監督が全スタッフをインタビューしています。
写真とアニメーションだけではなく、
『蟲師』という作品は、
様々な垣根のようなものを越えていった印象があり、
それはきっとこれからも続いていくような気がします。

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2017-01-26-THU