メイド・イン・ジャパンの挑戦。 シグマ・山木社長を会津工場に訪ねる編
その3 小さい町工場の集積所
 
SIGMA SD1 + 17-50mm F2.8
津軽にて Ichigo SUGAWARA

ある秋の日、岩木山を一周するようにある
広大な林檎畑では、今まさに林檎の収穫。
その日は、いい天気だったのですが、
それでも夕方になると、寒くなってきました。
そんな林檎畑の中に、暖かい夕日が射し込んでいました。
そして、その光はなんとなく、
林檎の赤と交じり合いながら、
いつもよりも遠くから射してきているようでした。
そんな感じが少しでも写ってくれたらと
シャッターを切ったのですが、
そのあたたかい光が写りました。

 
菅原 いま、シグマの製品はすべて
この会津工場でつくられているんですよね。
山木 はい。旧社屋は管理系、
A棟がガラスの加工、
B棟と新B棟で表面処理と、
一部、光学系の処理などをしています。
C棟は金型を作る工場と、
射出成形といいまして、プラスチックとか、
プレスの加工をする所です。
当社では工場のコンセプトを
「垂直統合型の工場」と呼んでまして、
日本では、ふつう、この工場はアセンブリ工場、
この工場はレンズ加工工場みたいに分けることが
多かったんですが、当社は、最初から、
ここで全部やろうということでやってます。
小さい町工場の集積所みたいに、
加工要素の違うものが、全部集まってるんです。
菅原 レンズをつくるというのは
そうとうこまかな過程を要する作業ですよね。
山木 はい、たとえば
「研磨(けんま)」にも3つの工程がありまして、
大方の形を出す「粗摺(あらずり)」、
寸法出しをする「精研(せいけん)」、
仕上げの「研磨」です。
その後「コーティング」、
これはレンズの表面になるべく反射しないように、
蒸着の膜を付けるという加工ですね。
そして「芯取り」。読んで字のごとく、
芯を取るということで、
光学的な中心が
本当に製品の真ん中に来るように加工します。
さらに内面反射を抑える「墨塗り」、
色収差を抑えるためレンズを2つ貼り付ける「接合」。
こうしてできあがったレンズをユニットにします。
金属パーツはまた別にあって、
「旋盤」「マシニング」「カム切り」と。
こういう加工をすべてここでやっています。
菅原 最近のシグマさんの製品は、
特に、ズームレンズのヘリコイドの
動きがすごいと思うんです。
スコスコしてないっていうか。
なにか特別な工夫をなさっていますか?
山木 いや、特にはないですよ。
ちょっと日本の方には重いって
言われることが多いんです。
菅原 重いけど、動き始めると、緩くなりますよね。
ヨーロッパ的っていうか、
ライカ的だと思います。
山木 そうですね。ヨーロッパの方の好みに
近いかもしれませんね。
菅原 それって以前、ニコンの方が、
「どうやっても、それができない」
とおっしゃっていたんです。それを、
シグマさんは実現できているように思います。
山木 ありがとうございます。
ただ、うちのも、金属のなんとも言えない、
あのねっとりした感じっていうのは、
オートフォーカスになってからは、
正直、むずかしいです。
ただ、そこは、なるべく近づけようとしています。
「あれがよかったよね」っていうのは、
当社の生産技術者の間でコンセンサスがあるので、
どこまで感触を出すかっていうのは、
量産試作の中で苦心するところです。
コロという部品を100分の1ミリ単位でいっぱい揃えて、
溝の幅と、そのコロの関係で、
「感触出し」っていうのをしています。
菅原 すごく細かいところなんですけど、
写り云々以前のところで、
カメラもレンズも、やっぱり、道具じゃないですか。
ぼく、シグマのカメラは「SD14」(一眼レフ)を
最初に買ったんですけど
決め手はシャッターでしたよ。
山木 あぁ!
菅原 その当時、なかった、
すごく気持ちよく静かにおりるシャッター。
ある意味くだらないことかもしれないけれど、
みんなにすすめる理由って、
あんがい、そういうところにもあるんです。
「触って気持ちいい」って。
山木 SD14を作ってる時は、エレガントで、
ライカのシャッターみたいにスコンと落ちる感じを、
再現したいよねっていうことで。
菅原 過去にあったすぐれたものを再現することも、
行きすぎると「あれ?」と思うこともありますよね。
そして新しいカメラは新しくていい、
という考え方もあります。
どちらにせよちゃんと「今の時代の中での提案」であれば
おもしろいなぁと、ぼくは思うんです。
山木 あぁ、そうですね。
おっしゃること、すごく共感します。
たしかにクラシックなものって、
絶対的なよさがありますね。
菅原 はい、そこは異論がありません。
山木 昔のものって、すごく愛着も湧くし、質感もいいし、
ただそれを今のものづくりで目指しちゃうと、
結局、それが到達点で、それ以上にはならない。
菅原 そうなんです。ナンセンスですね、やっぱり。
山木 いろんな条件が違いますから、それはむずかしいんです。
現代のものづくりは、
昔へのオマージュという部分はありつつも、
今の中で何を目指すかっていうと、
「レトロ路線」ではなく、
今あるもので、どう質感を追求するかっていうことかと。
それがものづくりの目指すべき方向だと思うんですよね。
菅原 ぼく自身は、好き嫌いで言ったら、
デジタルが好きなわけではないんですよ。
けれどぼくはまだ写真を続けていきたい、
フイルムに“こだわって”いても、
突然、フイルムってものが供給されなくなったら、
写真ができなくなるわけじゃないですか。
それは本末転倒になりますよね。
だから、ぼくは、積極的に、
今の中でできるだけのことをやりたいっていうふうに
考えているんです。
おそらくシグマさんのものづくりも
同じことだと思うんです。
山木 そうですね。おっしゃる通りです。
菅原 シグマさんのプロダクトは、
目からうろこじゃないですけど、
勇気があるなぁと思うんです。
DPシリーズにはズームレンズがない。
一眼レフのSDシリーズにしても、
「便利」ではありません。
キヤノンの7Dみたいに、
パッと撮れるわけじゃないし、
撮ってもデータの保存に時間がかかる。
だけど、それがすごくおもしろいなぁと思います。
レンズのデザインも、変えましたよね、
カッコいいですよね。現代的な匂いがします。
山木 新シリーズから変えました。
やっぱり、モノというのは、カッコよくないと、
嫌だと思うんですよね。
それも現代的なテイストで。
レトロ方向に行っちゃうと、結局、
「ライカのあれが最高」で終わっちゃうので。
菅原 各メーカーの新しいレンズが
カッコ悪すぎるということについて、
なぜもうちょっと気を遣わないんだろうと
思っていたんです。
そこに対する「しつこさ」というか、
譲らないぞという部分が、たぶん、開発の中に、
ないんじゃないかなと思ったりして、
そこが寂しいなぁと。
山木 もちろん他メーカーさんは
すごくいいレンズを作ってらっしゃる。
あとはテイストの問題なので、
その方向性が好きな方もいらっしゃると思います。
ただ、シグマは、こっちの方向かなということで、
今回はご提案してるんです。
菅原 レンズの美しさって、ガラスがきれいに見えることが
すごく大事な要素だと思うんですよ。
山木 本当にそうですね。
実際には、まだそこの課題はあると思っています。
今回は、メカ系の美しさでやってるんですけれども、
レンズって、やっぱり、レンズ単品が
いちばん美しいんですよね。
そういった意味では、昔のマニュアルレンズって、
レンズと、薄い金属の鏡筒と、フォーカスリング。
薄着の美しさなんですよ。
現代のものは、
オートフォーカスのモーターが入って、
絞りのモーターが入って、
手ぶれ用のモーターが入って、
センサーが入っている。
着ぶくれ状態なんですね。
だから、レンズとかマテリアルの美しさを表現するには、
かなり不利な状況です。
そこはまだまだ課題で、常に意識しながら、
なるべく引いて表現したいなと思っています。
菅原 レンズって、単純に画角を決めるとか、
カメラに付いてるのが当たり前になっちゃってますけど、
そうじゃなくて、ぼくは、カメラっていうのは、
やっぱり、ものをきれいに見るための道具でも
あるような気がしていて。
光が増幅されるわけじゃないですか。
一眼レフだとちょっと気が付きにくいですけど、
例えば、ハッセルブラッドとか、
ああいう上から覗くカメラで見ると、
明らかに、ファインダーのほうが、光が豊かというか。
レンズが光を増幅させてるわけですから、
そこにやっぱり、ロマンもある。
そういうことが伝わったらいいなと思っているんです。
そのほうがファインダーを覗いていても、
やっぱり楽しいじゃないですか。
だから、パッと見た時のレンズが、
「わぁ、きれいだな」っていうふうに思えないと、
そこのインスピレーション湧かないと思うんですよね。
だから、レンズの玉のきれいさっていうのは、
実はすごく大事じゃないかなと思ってます。


(次週につづきます)
2013-12-05-THU
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