その10 モノクロフイルムの話──直接、光に触れる。

 
Camera:Leica M3 Lens:Summicron35mmf2 Film:Kodak Tri-X400
早朝の上高地にて

ゆっくりと夜が明けると、
山にはうっすらと霧がかかっていました。
やわらかい朝日がその霧の向こうから、
少しずつあたりを明るくし、
その明るさから逃げるように、
霧が晴れて行きました。
その少しヒンヤリとした光は、
とても凛とした光でした。

 
  前々回はカラーフイルムのお話をしましたが、
今回は、モノクロフイルムのお話しです。

いまや写真といえばカラーの時代ですから、
モノクロ写真になると、いきなりそれだけで
“芸術写真”みたいな言われ方をすることもあります。
なんとなくわからないでもないけれど、
ちょっと冷静に考えてみれば、
「そんなことはない」とわかります。

もともと「写真」=「PHOTOGRAPH」という言葉は、
日本語に翻訳するときに、ちょっと意訳し過ぎたようで、
直訳すると「PHOTO=光 + GRAPH=絵」
みたいなことになるわけです。
つまり、「光の絵」。
特に光に注目して写真を撮った場合、
光そのものは、基本的には白いということもあって、
カラーフイルムで撮るよりも
むしろモノクロフイルムで撮った方が、
光の有り様がより正確に、
美しくとらえることが出来るように思います。

もちろん、だからと言って、
「写真はモノクロだ!」
という話ではありません。
むしろ、そんなことはどうでもいいこと。
それでも「そんなもんなのかなあ」と考えることで、
モノクロ写真を、ずっと気楽に
撮ることが出来るといいなあと思うのです。

これまで、ぼくはこの連載で何度も
「写真はプリント」という話をしていますが、
中でも、このモノクロフイルムによる
モノクロプリントを制作するプロセスは、
とても写真的な行為だと感じています。

 
Camera:Leica M3 Lens:Elmar90mmf2 Film:Kodak Tri-X400
夜の上高地にて

こちらは同じ光でも、月光。
夜になっても霧が出ていたある晩、
黒い夜霧の世界が、突然白く輝きました。
霧の向こうから、うっすらと満月が現れたのです。
そして、このような光輪を描きながら輝き、
やがて月が陰ると、また黒い夜霧の世界へ。
夢のような瞬間でした。

 
  ぼくは今でも、このモノクロフイルムをよく使っています。
その一番の理由が、こと光に対しての描写が美しいから。
光というものは、粒子でもあり、
ひとつの波動でもあります。
そんなミクロン単位のものをとらえようとしているのが
写真技術とも言えます。

そこにはレンズも含めて、極めて繊細で、
精密な技術を必要としています。
今ではそれを、いとも簡単に結像する
デジタル技術がありますが、
自然界はどこまでいっても有機的な世界。
それをとらえようとする場合、
前回、カラーフイルムの時にもお話したように、
やはり、デジタルに比べてフイルムの描写というのは、
とても自然に感じることが出来るのです。

しかも、モノクロフイルムは、
「銀塩写真」という言葉が示すように、
フイルム面に、銀の乳剤が塗布されています。
撮影することで、黒化銀とよばれる銀が感光し、
次にそれを現像という化学プロセスを経て、
感光した銀の粒子を、黒く定着させます。

この世界の光のある白い部分が、
フイルムに感光した部分となって
黒くなっているわけですから、
この世界の逆さまの状態ということで、
だからそのフイルムのことを「ネガ」と呼びます。
そして次に、その「ネガ」状態のフイルムを、
“引伸機”という、電球とレンズを使って
像を拡大させる大きなレンズの嵌まった機械で、
“印画紙”に感光させます。
すると今度は、
逆さまに感光して黒くなっている部分は白く、
感光していない部分は、光を通すので黒くなり、
このプロセスによって、写真も写し出された世界も
もとの「ポジ」状態に戻るわけです。

そのプロセスは、こうやって説明するだけでも、
今となっては、
ちょっと面倒に感じてしまうかもしれません。
ところが、いざやってみると、
撮影時からプリントするまでは、
一度消えている状態の、その写し出された世界が、
印画することによって、
暗室内で、うっすらと浮かび上がるように
ふたたびその世界がよみがえる。
写真が生まれる瞬間を目視出来るのも、
モノクロプリントの楽しみのひとつです。

デジタルと違い、いきなり見えてこないことによって、
ゆっくりと写した世界に思いを馳せることが出来ます。
不思議なもので、現像というゆっくりした時間の中で、
ぼくたちはその一枚の写真にある周辺の事象にも
目を光らせることができるようになります。
その感じは、何度やっても飽きることがないほどに、
楽しい、写真的な世界だとぼくは思っています。

デジタルカメラだと、すぐに見ることが出来るし、
プリントをするにしても、
なんとなくパソコンを設定したら、
後は、プリンターが勝手にやってくれる感じですよね。
それでも、一枚の写真にとって、
デジタルであっても、フイルムであっても、
それに対する思いは同じこと。
ですので、なんとなくでもかまわないので、
(もちろん、興味がある人は、
 一度実際に試してみて下さい。)
そのプロセスを意識しながら、
試しに、モノクロフイルムで撮って、
モノクロでプリントしてみることをおすすめします。

もちろん自分で暗室にこもる必要はありません。
今でもモノクロフイルムを受け付けてくれるお店が
たくさんあるはずです。
あるいは、CDにスキャンしてもらって、
自宅のプリンターでプリントしてみても、
その違いは、なんとなく感じることが出来るはずです。

カメラという道具は、
そもそもが、そんな光景を納めるために
生まれたものですから、
そのことを少しだけ意識するだけで、
きっと、ものの見方も、写真の写し方も、
そのかかわり方も大きく変わって行くと思います。
せっかくのカメラという道具があるのですから、
ぜひ一度、直接光に触れる体験を
してみて欲しいなあと思っています。

それを一度でも感じることが出来たならば、
きっとデジタルカメラで撮っても、
インクジェットでプリントしても、
一枚の写真が、自身にとって
より大切なものになると思いますよ。

 
Camera:Leica M3 Lens:Summicron50mmf2 Film:Kodak Tri-X400
上高地の嘉門次小屋にて

上高地を“発見”し、世に広めた
ウォルター・ウェストンの道案内をした嘉門次さん。
今でも、その小屋は残っていて、
宿泊も出来るし、囲炉裏で美味しい岩魚を焼いてくれます。
その山小屋にいるこのこの目がかわいくて、
近くを通るたびに、ついつい立ち寄ってしまいます。

 
2013-11-14-THU
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