PHILADELPHIA
お医者さんと患者さん。
「遥か彼方で働くひとよ」が変わりました。

手紙236
マイケル・ムーア監督の映画「シッコ」について。


こんにちは。
昨年の4月からずっと
HIV感染症のことばかりお話ししているので
今日はちょっと休憩して、
最近封切になった映画について
ご紹介しようかと思います。

映画の題名は「シッコ」
監督はマイケル・ムーアという人です。

この監督はドキュメンタリーのような手法で
自動車業界、銃器製造業界、
米国のブッシュ政権などを
対象にした作品を発表しています。

それぞれの映画の題名は
『ロジャー&ミー』
『ボウリング・フォー・コロンバイン』
『華氏911』
です。

彼の最新作は
米国の医療制度をテーマにしたものです。

米国の病院で看護師として働いている友人から
カリフォルニア看護師協会が
この映画を応援することになった、
という話を聞いたり、
普段は研究論文ばかり載せている
世界でもっとも有名な医学雑誌のひとつ
New England Journal of Medicineで、
米国イェール大学の政治学の先生が
この映画についての論評をしていたので
“ドキュメンタリーな娯楽映画”、
という範疇から外に出ているのかなあと
思いながら、観に行ってみました。

この映画についてのわたしの結論は
「現時点で世界中で進行している
医療保障の危機的状況を
ある一面からは正確にとらえている映画」
ということでした。

そして、
米国やカナダやヨーロッパの実情を踏まえて
「今の日本の医療制度を
わたしたちはどうしていけばよいのか」、
ということについて考えるきっかけになる、
とても良い映画だと思います。

マイケル・ムーア氏の視点で語られる
米国の医療制度の問題点に関して
わたしはあまり異を唱えるところはありません。

米国で働いていた時、
私的な医療保険会社で実習をする機会があり
その時の経験をここや、ここや、ここ
ご紹介しました。
私的な医療保険会社が
医療に関する主導権をもっていることを
実際に体験する、
わたしにとっては貴重な機会でした。

彼の映画の中では理想的に語られている
カナダやイギリスの医療制度について、
医療費をすべて国家が支払う点については
本当にその通りです。

しかし、その医療費の財源確保のために
たくさんの税金を払うことが
住民には求められています。

また、映画の中で
語られることはありませんでしたが、
医療費の高騰を防ぐための方策として
カナダでは診療抑制政策というのがあって、
受診する科によっては、半年待ちであったり、
予算を使い切ってしまった医療機関は
年度の残りを休診にしたり、というような
日本では想像しにくい状況があります。

映画では経済的に困窮している米国人が
カナダに医療を受けに行く、
という例が紹介されていますが、
裕福なカナダ人が米国の医療保険を購入して
米国へ治療を受けに行く、ということもまた
それほど珍しいことではありません。

ここまで書いてきて、
もしかすると
わたしがこの映画にケチをつけているように
みえるかもしれない、と
心配になってきました。

そうではありません。
先ほども申し上げたように、
「で、わたしたち、日本に住む者は
いったいどんな医療制度を望めばいいのか」
ということを考える材料として、
この映画をぜひご覧になっていただければ、と
強く思います。

日本は昨年、
5年間で1.1兆円の社会保障費を減らすことを
すでに決めていて、
今年も、来年も1年に2200億円ずつ
社会保障費を減らすことになっています。

医療費というのは
この社会保障費に含まれるので、
つまり
日本政府は医療に対して給付するお金を
減らしていく予定だ、という
ことなのだろうと思います。

国の保険制度だけでは
医療を賄えなくなったとき
わたしたちに提示される選択肢には
“自分で私的な保険を購入して医療を受ける”
というものが含まれるかもしれません。

そうなると、「シッコ」で紹介されている、
というか、糾弾されている、
現在の米国で起きていることが、
日本でも起こりえる、ということになります。

以前ご紹介したように
医療制度に必要なものは
「医療の質」と
「医療にかかる費用」と
「医療へたどりつくまでの手間や時間」です。

現在の日本では
少なくない都市で、
すでに
「医療へたどりつくまでの手間や時間」が
以前と比べて悪化していることを
公的な病院での
産科や小児科の閉鎖などを通じて
実感なさっている方が
いらっしゃるかもしれません。

しつこいですが、
わたしたちの社会は
どのような医療を望み、
そのためにどのような犠牲を
「自分で」払う用意があるのか、ということを
考える絶好の機会を
この映画は与えてくれています。

「お医者さんと患者さん。」では
手紙164から176にかけて
医療制度についてのシリーズを書きました。
もし、ご興味のある方がいらっしゃいましたら
ご覧になってみてください。

ちょっと休憩のつもりで書いたのですが
すごく長くなってしまって、すみません。

では、今日はこの辺で。
みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2007-08-31-FRI

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