山と一緒に生活している小林直人さんは、
いつも天気のことを気にかけています。
自然の脅威を知っているからこそ、
天候の変化に最善の注意を払って
仕事をしているのでしょう。
そんな直人さんは、
凱風館の設計がはじまる前の
2009年12月に樹齢80年ほどの杉を伐採し、
丸太のまま山に放置して自然乾燥させていました。
半年後の2010年5月に丸太を山から出して、
工場で製材した後、
太陽の光で天然乾燥をさせました。
綺麗に伐り出された部材を、
ちゃんと風が通るように
隙間をつくりながら積み重ねて、
さらに1年近くをかけて材木の水分を抜いていきます。
ずっしり重い木材も
乾燥が進むにつれて軽くなっていきます。

そうやって初夏に製材し、
乾燥を始めた木材を、
直人さんは冬の間もずっと管理します。
雨や雪が降ればブルーシートをかけて守り、
晴れたらシートを外して日光に木材をさらす。
手塩にかけて杉を手入れすることは、
80年という長い時間を生きてきた杉への
感謝の気持ちからくるものだと想像します。
じつに頭の下がる丁寧な仕事ぶりです。

▲製材された後、風通しのよい場所で
 天然乾燥される美山の杉、2010年5月頃
▲厳しい冬の間も雪の中で
 杉を管理する小林直人さん

小林さん一家と食卓を囲んで
日本酒の杯を交わしているとき、
直人さんは、山に入って林業家として
生きていくことの難しさについて語ってくれました。
美山町の美しい風景とは裏腹に、
日本の林業が壊滅的な状態にあると言うのです。

杉の苗木を山に植える。
1年に数ミリほど年輪が太くなり、
大地に根を広げながら木はゆっくりと成長していく。
その成長ぶりを見守りながら間引きをしたり、
枝を揃えたりと手を入れる。
それからタイミングを見計らって伐採し、
丸太を天然乾燥させてから
製材所まで下ろして、
加工した後に材木として買ってもらう。
こうした何段階もの工程を経てやっと、
杉は自然の大木から
建物で使用可能な材料となるのです。
しかし、昨今こうした工程を経て
木材を出荷することが難しくなっている、と
小林さんは語ります。
国産木材の価格が下がり続けていて、
山に入って間伐するにしても、
林野庁からの補助金に
頼らざるをえないほどだそうです。
この値崩れはそれはもう
大変なことになっているんです。

外国から安い輸入材が入ってきたことや、
住宅に使われる建材が変化した
(和室が激減し、
床柱などの製造が減る)ことによって
そもそも木材を多く使わなくなったこと、
などがあって、
国産材は建築の市場で急速に
競争力を失ってしまいました。
ひと昔前は1本1万円だったものが
今では3000円ほどになってしまっている、
と直人さんは言います。
これでは木を伐採し、
製材するだけでも赤字になってしまう。
直人さんの同業者の多くは、
廃業していったそうです。
その結果、日本中で多くの山が放置され
荒れていくという負の循環に陥ります。

▲雪の中で材木をチェックした後、
 直人さんとだるまストーブで暖をとりながら


このままでいいはずがありません。
直人さんのようにフロントラインで
いまだに踏ん張っている人たちに、
健全にお金が流れるようにしないといけない。
美山でじっさいに小林さんの仕事ぶりを見て、
ぼくは強くそう感じました。
日本は国土の半分以上が山という島国です。
豊かな日本の風景は、
先代から伝わる自然とつき合う知恵の中から生まれ、
培われたものです。
直人さん曰く、吉野林業などには、
世界でも希有な森の技術の
叡智が結晶しているそうです。
つまり一次産業に携わる方々の
汗と努力の蓄積があってこそ、
日本の多様な自然は守られてきました。
それなのに、値段が安いというだけで
諸外国からの輸入木材を大量に消費していたら、
ますます日本の林業と森林を衰弱させてしまいます。

▲小林家の前の田んぼ。
 守っていきたい日本の美しい風景

直人さんの仕事から
そんな林業の実情を知った内田さんは、
いつのことだったか、
「自分が将来家を建てることになったら
美山の杉を使うからね」
という固い約束を直人さんと交わしました。
内田さんはいつでも有言実行。
凱風館の設計がスタートした当初から
「建物の構造は木造」ということは
決まっていたんです。

たった1軒だけですから、
日本の林業にとっては
「焼け石に水」だという人もいるかもしれません。
それでも、国産材をたくさん使うことが
最初の小さな一歩だと思います。
そんな想いを、
この「凱風館」がお施主さんや施工者へ、
建築界全体へと伝えていき、
国産材の需要が増えていくきっかけになれば、
と心より願っています。
直人さんの育てた美山町の杉は、
凱風館の柱や梁、棟木として
新たな人生を送っていきます。
そこには小林さんの想いとともに、
山の気配が深くいきづいているのです。
生きた木は木材となっても
人間と同じように呼吸しているのですから。

▲京都・美山町の厳しい冬。雪に埋もれる小林邸

次回につづきます。

2011-09-23-FRI
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