大竹昭子さん、写真のたのしさ、教えてください。

5のぞき見と欲望。

大竹 写真は「生き物」みたいに繊細で揺らぎやすいので、
撮るときは意識が開いてないとだめなんです。
ちょっとでも精神的にぐらついていたり、
及び腰だったり、思い切りが悪かったりすると、
写真に出てしまう。
そういう日は、写真が撮れない日です。
── 心が開いてないから、
被写体とコミュニケーションがとれないんですね。
大竹 一層のこと、まったく閉じていて、
世の中ぜんぶが真っ暗に見えていたら、
それはまたそれで‥‥
── 特徴が出るかもしれないですね。
大竹 森山大道さんに桜を撮った
「桜花」というシリーズがあるんですけど、
いちばん落ち込んでいた時期に撮ったもので、
閉じている凄みがあります。
でも、ハワイの島を撮ったものは
同じ森山さんによる写真でも、
心が閉じている感じはしないですよね。
むしろ本質にズバッと切り込んでくるような
激しさを感じます。

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大竹 ということは、写真家は
「いつも心身が開いた状態」
になければならないわけで、
これって並大抵のことではないでしょう。
── あ、たしかに‥‥。
心だけじゃなくて、体のコンディションとか、
ままならないことはたくさんありますもんね。
大竹 そういう無理を承知で
引き受けている人々なんです。
それに加えて天気の変化とか、
撮られる側の機嫌とか、度重なる予定の変更とか、
ままならないことは他にもたくさんあります。
── ありますね。
大竹 そういう変化に
即時に対応できなくてはならないんです。
でも、ほんとうにすごい写真家は、
天気も変えてしまうんですよ!
── 聞いたことがあります。
「明日、雪降るといいな」とつぶやくと、
ほんとうに降ってしまう、みたいなことですよね。
大竹 そう。オカルト風に聞こえるかもしれないけど、
ほんとに才能ある写真家は
自分を「メディア化」して、
森羅万象とエネルギーの交感が
できてしまうんですね。
「メディア」の語源は「霊媒」と同じだから、
一種の「霊媒師」と言うこともできます。
── なるほど!
大竹 あとね、これも私の持論なんだけど、
人間として色っぽくない人は、
写真はだめだと思うんです。
いい写真家ってやっぱり色気があるんですよ。
たとえ短時間の会話でも、色気の感じられない人は、
写真を見なくても結果が想像できます。
── それとは関係ないのかもしれませんが、
カメラマンって、モテますよね。
奥さまがすっごい美人だったり。
大竹 あ、そうですよ。モテますよー。
写真の原動力は「欲望」なんです。
それが撮ることに駆り立てている。
だから当然モテもするわけです。
── ファインダーをのぞくのは、ある意味、
のぞき見でもありますしね。
大竹 そう、のぞき見と欲望は不可分ですよね。
人間の中にある本能とか
原初的な記憶が引き出されて、
写真に定着したとき、
見た人は「おーっ!」となるわけです。
ふだん無意識でいるものが、視覚化されるから。
だから撮影者の気持ちの弾みが重要です。
弾んでなくてはダメです。
それが正直に写っていると、
見る人の心にズバッと入ってくるんです。

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まわりをぼかして、タケノコだけを
画面のど真ん中でとらえている。
被写体は月並みでも、
直球ストライクの撮り方が月並みではない。
タケノコだ、文句あるか、と言わんばかりの迫力で、
タケノコ自身が仲間を撮っているような、
他人事とは思えない説得力がある。
(本書、大竹さんの文章より)
── 撮った人の心情が写真を介して伝わって、
自分もハッとするんでしょうね。
大竹 そう、そう。
それでそういう写真を見たときに、
この写真の何が心を弾ませているのかなあ、
と考えるのが、私、好きなんです。
── たとえば、どんなことを考えるんですか?
大竹 心弾む写真には、
どこかに未知の部分があるんです。
一般的な物の見方とはちがうものが感じられる。
── この写真はぱっと目をひいて、
最初はかわいいなって思うんですけど、
よく考えるとちょっと残酷で。

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大竹 そうですよね。
ぶくぶくした白クマが、
ペタンコになって干されているおかしさ。
悲劇と滑稽さが同居してます。
── 後から知りましたが、
石川直樹さんの写真なんですね。
スコーンと抜けた青空や
あっけらかんとした感じが彼らしいですよね。
大竹 被写体をど真ん中で捉えて撮ってるでしょ。
それとね、この写真を成立させてるものは、
何だろうって考えるんですよ。
もちろん、この干された白クマも面白いんだけど、
やっぱりこの写真は
「距離」が決め手になっていると思います。
ちょっと後ろへ下がっても、
前に寄っても変わってしまう。
絶妙のバランスだと思いませんか?
── うん、うん。
意識しませんでしたが、
被写体との距離は重要かもしれないですね。
大竹 十文字美信さんのこれも、
「距離の写真」だと思います。

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── あ、これ、いいですよねー!
この写真、すっごく気になりました。
最初、白いシャツに目がいくので
全体の構造がよく分からないんですよ。
大竹 そう、そう。シャツの白さが目に飛び込んで、
ああ、おじさんが二人いるなと思って
視線を動かすと、
「あっ、手を握ってる! どうして?!」となる。
── おじさん同士で、身なりもキチンとしてる。
それでいて手を握るというより
押さえてるんですよね。
何か、鍵のようなものも見えるし‥‥。
どうしたんだろう? って不思議です。
大竹 十文字さんご自身にもうかがいましたが、
何をしているところか分からなかったそうです。
── 撮影者にも判断がつかない光景なんですね。
大竹 場所は分かってます。
滞在していたホテルのロビーだそうです。
そのホテルで‥‥
── 盗み撮りですね。
大竹 そう、ドアを開けたら
この光景が目に飛び込んできたそうです。
これ以上近づいたら気づかれてしまうという
ギリギリのところで、シャッターを押してます。
── 手元だけをアップにしたら
余計な意味が出ちゃうでしょうね。
大竹 そうですよね。逆に、
これより離れていたら風景写真になってしまう。
── そうですね、
とある一室の風景、みたいになってしまいますね。
大竹 でも、近づきすぎて気づかれたらおしまいだから、
ハラハラするような緊張感がありますよね。
見ている側も、撮影者と同じ場面にいて、
相手がこっちを向いたらどうしよう
って思ってしまう。
写真を見るときはふつう、私たちは
安全な場所にいて眺めているわけだけれど、
そういう時空の壁がいとも簡単に崩されて、
目の前の日常と、写真の向こうの現実が
つながってしまう。
この写真に惹かれる理由はそこだと思います。
(続きます)
2008-11-10-MON
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