第12回 15年後の奇蹟
中沢 この映画が「すばらしいな」と思ったのは、
現代に生きているふつうの人たちが、
けがらわしいと感じたり、
遠ざけたいと思っている事柄を、
絶妙なバランスで、
美にまで昇華してるところだと思うんです。
糸井 なるほど‥‥うん。
中沢 たとえば、ボランティアの人たちが
善意で、同じような仕事を手伝っていたとして。
糸井 はい、はい。
中沢 そのこと自体、すばらしいと思うんだけど、
「物語」としては、
ちょっと、ちがってくると思うんですよ。
糸井 そうだね。
中沢 社長である山崎努さんのもとには
うなるほどお金が入ってくるのかもしれないけど、
そのかわり、まわりの社会からの
偏見や差別には、
やっぱり、いろいろと、あるはずなんです。

そういう、いろんな事情が渦巻いてることを
匂わせながらも、
あの美しい儀式を静かに行うからこそ、
納棺師という職業の
深みとかすごみが、よく描けてるというかね。
糸井 それに、山崎さんは「拡声器」持ってない。
中沢 うん、そうそう。
糸井 ののしられても、頭を下げるだけ。
中沢 うん。
糸井 本木さん演じる主人公も、
妻役の広末さんにわかってもらえないときでさえ、
「オレは、正しいんだ」って
大きな声を張り上げてはいないんです。
中沢 そうだね。
糸井 むかしなじみの友だちに、
「あんな仕事、辞めろよ」なんて言われても、
「オレは、正しいことをやってるんだ」って
ことさらに、言わないんですよ。
中沢 そこに、真実味があるんだよね。
糸井 うん。
中沢 最初、この映画の話をうかがったたときに、
もっと「地味な広がりかた」をする
作品なんじゃないかなと、思ったんですよ。
本木 はい。
中沢 内容的には、とってもいい映画だし、
一部の人には高い評価を得るんだろうけれど、
一般の人まで巻き込んで
大ヒットするような作品じゃないだろうなって。
本木 ええ、ええ。
中沢 でも、観てみたら、すっごくおもしろかった。

小山薫堂さんの脚本、山崎努さんの存在感。

もちろん、それらもすごかったんだけど、
やっぱりこの映画を成り立たせたのは、
本木さんのまじめさ‥‥だったなぁって思います。
糸井 ああ‥‥そうだね。
中沢 まったくね、てらいがなかった。

シュールな表現をするわけでもなく、
かといって
派手な演技をするわけでもないんだけど、
ぐんぐんぐんぐん、
ぼくら観るものを引き込んでいった。
糸井 うん、うん。
中沢 小山さんの脚本も、ほんとにうまいんだけど、
本木さんの演技には
それにすら動じない「まじめさ」があった。
糸井 とにかく、モックンが「その人」に見えたよね。
中沢 納棺師にね。
本木 ありがとうございます。
糸井 インドで「死を想った」15年前から
ずっとこころに描いてきた「納棺師」という役柄に
真っ正面から真剣に取り組んでいるんだなって、
ほんとうによくわかりました。
本木 でも、現場は、
「どこまでコメディーで、皮肉で、
 劇的で、優しく」なのか‥‥
監督とともに、最後まで迷っていました。
中沢 ああ、そうですか。
本木 なにしろテーマが重すぎるから、
より「笑い」でいくべきだという意見もあって。

でも、やっぱり、
「まじめがゆえの笑い」を探しつつ、
現実感から離れないまなざしで‥‥という感じに
着地していきました。
糸井 そういう全部が、吉と出たんだろうね。
本木 納棺師についてだけでなく、
人間の営みのなかには
本人たちがまじめであればあるほど、
こっけいに見えてしまう場面が
客観的には、あるわけじゃないですか。

でも、実際に、納棺師の人たちの話を
お聞きしていると、
やはり映画では語りきれない、
厳しい現実や、きつい現場があるわけです。
糸井 うん、うん。
本木 ですから、そのあたりのバランスといいますか、
表現上の「あそび」と、リアル感と‥‥
なんども、立ち位置をたしかめながら。

つくりながら、つねに「怖さ」がありましたね。
糸井 なるほど。
中沢 でも‥‥本木さんの、
その真剣な演技を観せられたからこそ
ひょっとしたら、この映画、
ヒットするかもしれないって思えたんだよ。
糸井 うん。そうだね。
中沢 だから、いろいろな要素が絡みあって、
まるで奇蹟のような、
不思議な成功のしかたをしたんだと思います。

この『おくりびと』って映画は。
糸井 強運も味方につけてるしね。
中沢 ベナレスのほとりで「死を想った」旅から、15年。
糸井 その15年の時間があったからこそ、
小山薫堂さんの脚本や、
山崎努さんの存在感と、めぐりあったわけで。
本木 ええ、そう思います。
中沢 いやぁ、今日は、たのしかったです。
糸井 本当に、ありがとうございました。
本木 いえいえ、こちらこそ。
中沢 いまもまだ、ロングラン中でしょう?
本木 はい、おかげさまで。
糸井 ほんと、おもしろかったです。
本木 でも、さすが、ことばのプロというか、
これだけ、たくさんの言葉をあやつれるかたに
語ってもらえるなんて、ほんとに‥‥。
中沢 いやいやいや、
本木さんがいちばんしゃべってましたから(笑)。
本木 え、そうですか?
中沢 ねぇ?
糸井 うん(笑)。
  <おわります>


2008-12-10-WED

(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN