第11回 山崎努
糸井 なんだったんだろう、あれは‥‥。
ものすごい存在感を発揮してましたよね。
本木 山崎努さん。
糸井 とにかく「そこにいる」だけの芝居にも、
ちょっと「すごみ」を感じましたね。
中沢 うん、うん。

(C) 2008 映画「おくりびと」製作委員会
糸井 本木さん‥‥憧れたでしょう?
本木 ええ、それはもう‥‥本当に。
最初から最後まで、打ちのめされっぱなしでした。
糸井 うらやましいなぁ、そういうの。
本木 山崎さんご本人にお会いしたのは、
これで2度目だったんです。

1度目はコマーシャルだったので、
ここまで密な関わりはなかったんですが、
今回は「本読み」からいっしょで。

ちらっと横目でのぞいたら、
ご自分のセリフ部分以外のところにも
線が引いてあったりして、
すでにもう、台本が真っ黒なんですよ。
中沢 へぇ‥‥。
本木 そして、本読みの最中にも、
なにか演出上のアイディアとかを思いついたら、
パッとメモ書きして、
スタッフに手渡したりしていたんですね。
糸井 ほー‥‥。
本木 でも、いざ、撮影がはじまったら、
ご自分のアイディアを押しつけたりとか、
パズルの穴に、自分の考えを
はめ込んでいくようなやりかたをしない。
糸井 うん、うん。
本木 なんというか、まさに役を「生きもの」として、
その場その場で「転がしてる」感じがしました。

そうですね‥‥たとえば
「メガネはかけない」ってことになってたんですけど、
「やっぱりここはメガネ、要るよな」とか
臨機応変に、その役柄を「生きている」というか‥‥。
中沢 観てても、そんな感じが伝わってくるよね。
本木 非常に公平で、
いい意見やアイディアは、ちゃんと拾ってくれるんです。
糸井 そうなんだ。
本木 持ち道具さんの若いアシスタントさんが
ちょっと口に出したことを
「さっき、彼が言ってたと思うけどさ‥‥」みたいに
その発言から広げていって、
山崎さんなりに
「だから、こうやりたいんだよね」なんて提案したり。
中沢 それは、うれしいんだろうねぇ。
アシスタントさんにしてみたら。
本木 スタッフやエキストラの人たち、
端役の若い俳優さんとも、同じ高さの目線で、
なんか「同士」みたいに接していて。

監督の要求もふくらませて受けつつ、
時には、静かに拒絶したり‥‥と(笑)。
糸井 なかなか、できないでしょう。
中沢 山崎さんから吸収したいもの、
たくさんあるんだろうね‥‥本木さん。
本木 ええ‥‥でも、あんな表情、誰にもできません(笑)。

それに、たとえば、納棺儀式の練習を
自分でも「はまってるなぁ」と思うくらい、
すごくやったんですよ、ぼくは。
糸井 実際、みごとでしたもんね。
本木さんの身体の裁きかたは。
中沢 うん、うん。
本木 もっとうまくなりたい、
もっとうまくなりたい‥‥と思って
繰り返し、身体でおぼえたんです。
糸井 そうでしょうね。
本木 でも、山崎さんは、
いっさい練習をしてくれなかった。
糸井 え?
本木 ようするに「何のための儀式か」という
「納棺の儀」の要点を、
瞬時に、つかんでいたんだと思うんです。

ご遺族の気持ちに
寄り添う姿勢のほうが重要だって‥‥。
糸井 なるほど、なるほど。
手順とか、決まりとかの「型」よりも。
中沢 逆に言うと「型」や「様式」じゃないところで
山崎さんは「納棺の儀式」を表現してたんだ。
本木 ええ、そうなんです。
糸井 へぇー‥‥。
本木 だから、仏衣を着せる手順が違ったりして
スタッフが指摘したりすると、
「そんな決まりはいいんだよ、別に」って。
糸井 ははぁ。
本木 で、スクリーンのなかの山崎さんを見ると
手順の正しさとか、
着せかたのきれいさとかとはちがうところで
キャリアを感じさせ、
「納棺の儀」を、
どうどうと、とりおこなっているんです。

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糸井 ふぅー‥‥山崎努さん。
中沢 すごかったねぇ。
本木 ほんと、やられっぱなしでした。
糸井 山崎さんの描きかたでいうと、もうひとつ、
「葬儀屋」と「お金」との関係が、
すごくじょうずに、あつかわれてましたね。
本木 お金、ですか。
糸井 つまり「納棺師」という商売は
あんまり、他にやるような人もいないし、
実際、あの界隈では
自分の会社が一手に引き受けてるわけですから、
なんというか「もうかってる」わけです。
中沢 山崎さんの会社はね。
糸井 だから、むやみやたらに高級車に乗ったり
大豪邸を建てちゃったり、
金歯チャラチャラさせたり‥‥とか、
そういう描きかたも、できるはずなんです。
中沢 というか、それがパターンだよね。
糸井 この映画は、それ、やってないでしょう。
本木 いや‥‥当初の段階では
大豪邸という話もあったんです‥‥(笑)。
糸井 あ、やめたんだ、それ。
本木 はい、やめたんです。
糸井 それもまた、成功だったね。
本木 ものすごく大きなガレージが開くと、
その向こうには、
豪華けんらんなお屋敷の生活があって、
カベにはルソーの絵なんか飾ってあって、
奥さんもきれいで‥‥という。
中沢 いや、あの孤独な背中の山崎さんが‥‥正解だよ。

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糸井 つまり「大豪邸」にしちゃうのが
たぶん「マーケティング」なんだと思うんですよ。

納棺の会社をやっていて、
お金だけはじゃんじゃん入ってくるんだけども、
心の平安は得られない‥‥とか、
そういう典型的な描きかたをすれば
なんか、わかったようなこと言えそうだけど、
まったく「ナゾ」にしたじゃないですか。

山崎社長を、ああいう家に住まわせることで。
この映画は。
中沢 なんだか‥‥見ためがふしぎな建物だけに、
かえってリアルさを感じたというかね。
本木 なるほど‥‥納棺師のリアルを。
糸井 もっと言うとね、
主人公が、はじめてあの会社を訪ねて行ったとき、
なんというか「きれいだな」と思ったんです。
本木 きれい‥‥ですか。
糸井 うん。あの山崎さんの会社の佇まいに、
この映画をつくった「意思」のようなものが、
すーっと、見てとれたような気がしたんです。

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  <つづきます>


2008-12-09-TUE

(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN