ルールを原始的に。 ルディー和子さんと、お金と性と消費の話。
 
第5回 人はどうやって「買う」を決めるのか。
糸井 いちばん雑に聞かせてください。
こういう本を書いているルディーさんは、
お金について、どんなことを考えていますか。
ルディー あの‥‥基本的にお金大好きなんです(笑)。
糸井 うん(笑)。
ルディー わたしがお金がほしいのは、
使いたいと思っているからです。
だからわたしは買いたいものを見ると
報酬系(*)が
活性化してると思うんですね。

*報酬系とは、欲求が満たされたり、
 満たされることがわかったときに、
 ヒトに快感を与える脳の神経系のこと。

糸井 うん。
ルディー 本にも書きましたけど、
結局人間にとって、お金というのは、
数百万年まえの類人猿にとっての、
食べ物とまったくおんなじなので、
実験でもわかっていることなんですが、
お金が手に入るっていうと、
報酬系が、すごく活性化します。
何か物を買いたいとき、
欲しい物があるときも
報酬系が活性化するんですけど、
値段を聞くと、こんどは、
痛みを感じるっていうか
嫌悪感を感じる島皮質ってところが
活性化するわけです。
糸井 うん(笑)。
ルディー で、ある程度実験してみると、
人にはやっぱり、タイプがあって、
浪費家っていうのは、
この痛みを感じるところが、
あんまり活性化しないらしいんですよ。
糸井 弱いんだ。
ルディー で、お金を貯める人は、
お金を貯めること自体で、報酬系が活性化する。
だから、思ったんですけど、もしかして、
お金を貯めるのが好きな人の
ン十万年前の先祖は、
狩の分け前の肉をすぐに食べちゃわないで、
一所懸命保存方法を考えて、
干し肉にして、洞窟に干して、
何本貯まったってよろこんでた
人たちじゃなかったかと。
糸井 絵で見えますね(笑)。
ルディー 買い物って、報酬系と、
痛みや嫌悪を感じる島皮質と、
どっちが強く活性化するかによって、
買う買わないを決めているんです。
脳の仕組みはこんなに単純なのに、
なぜか、わたしたちは、
自分たちがもっと複雑だと思っているんです。
例えば、今度の経済危機もそうなんですけど、
ややこしい金融商品を作ったじゃないですか。
糸井 はいはい。
ルディー それはコンピュータで、
確率とか、リスクとか、
いろいろ計算して作ったんですけど、
普通の人間には、わからないんですよ。
確率とかリスクとか。
実感できないんです。
わたしたちは、
あくまで手に得られるかもしれない金額に
興味があるだけなんです。
その結果として、結局、
欲張って、リスクを考えずに、
たくさん買ってしまう、投資してしまう。
そういうことじゃないかなぁ、と思います。
脳の判断システムは大昔のままなのに、
実はコンピューターでしか計算できないような
金融商品を作りあげちゃったことが
たぶん問題だったんだと、
アメリカでも言われてるんです。
糸井 うん。
ルディー 今日、お金の話というので調べ事をしていたら、
イスラム教で禁止している「利子」って、
向こうの言葉では
「自己増殖」って意味合いがあるそうです。
つまり、遊んで、ただ預けて増やしたり、
お金を貸して利子を稼いじゃ
いけないっていうことなんです。
わたしは、やっぱり、お金って
それが基本じゃないかなと思ってるんですね。
お金を預けるだけで、何も努力しなくても
お金がお金を生むっていうことで、
あまりにたくさんの金利を
稼いだりっていうのは、
いけないと思うんですよ。
だから、あまり、そういうのに手を出さない、
というのが、わたしの考え方です。
糸井 自分では手を出さない。
ルディー そこまでのお金がないんですけどね。
でも、お金、なくったって、
出す人いるじゃないですか。
うまい話だとか言って。
それは、やっぱり、
いけないんじゃないかと思うんですね。
糸井 景気が悪くなるとあやしい商売が
いっぱい出てきますよね。
ときどきメールもらうんですけど、
「遊んでてもお金が入る方法があるよと
 友だちから、誘われてます」
っていう人がいるんです。
たぶん、そういうのが
流行ってるんだと思うんですけど。
ルディー はい。
糸井 そういうときって、その人は、
何にもしないのにお金が入るんだよ、
っていうのを、
素敵なこととして語ってるんですね。
で、それを聞いたときに、
素敵なことに聞こえない人と、
何もしないで入るのか、素敵だな、
って思う人と、
2種類いるんだと思うんです。
で、だいたい人は
そこを行ったり来たりしてるんじゃないかと。
ルディーさんの話を聞いてると、やっぱり、
理解できるところにまで噛み砕いてしか、
人は、理解できないんですよね。
だから、そうとう複雑に
みんな、いろんなこと語ってるんだけど、
根本はものすごく単純な、
人が考えることの集合が、
えらいことを起こしてるんですよね。
ルディー はい、そうだと思います。
例えば、石器時代の人類の前に
動物の死骸が転がっていたとしますね。
ああ、うまくいったらこれ食べられる、
と思ったら報酬系が活性化するんですけど、
腐りかけてるかもしれないから、
食べたら死んじゃうかもしれないと考えたら、
嫌悪感を生む島皮質とかが活性化するんです。
糸井 うん(笑)。
ルディー で、どっちが勝つかってことなんですけど、
そういう原始的なシステムを使って、
現代人はお金の投資の判断をしているんです。
根本的に、やっぱりどこかまちがってる。
だから、投資の判断をするときは
単純に考えたほうがいい。
自分が読んでてわからないような
細かい字の注意書きが
いっぱいついているような投資話は、
やっぱりまちがいだと思うんですよね。
糸井 うんうん、おもしろいなぁ、それは。
ルディー アメリカで、経済危機のあと、
なんで人間はこんなにお金に狂わされるんだ、
っていう、お金の研究がすごくなって、
神経経済学の人たちも、
一所懸命お金のこと研究してるんです。
そのなかに、マネーイリュージョン、
貨幣錯覚っていうのがあるんですね。
たとえばインフレ率が2%で、
お給料が3%上がると、
1%は得じゃないですか。
反対にデフレになったときに、
デフレで物価が3%下がったから
お給料2%下げますと聞かされたら、
実質はまったくおなじなのに、
絶対上がったほうがいいと思うじゃないですか。
これは、どこで実験しても同じ結果が出るんですが、
理屈ではわかっていても、
人間の頭では、
上がったほうがいいと考えるんですね。
それは報酬系の一部に、
そういうときに
すごく活性化するところがあって
それがやっぱり、とにかく、
「そんな計算なんてどうでもいい。
 実質とか名目なんかどうでもいいから、
 お給料上がったほうがいい」と判断する。
それから、日本じゃ応用できない実験ですが、
「1ドルもらいたいですか、
 100セントもらいたいですか」
って聞くと、
1ドルは100セントで同じなのに、
100のほうが大きく見えるんで、
そのほうが報酬系が活性化して
「100セントもらいたい」と答える。
つまり、さっき言ったように、
腐った肉を報酬系が求めてるから食べるか、
それ食べたら死んじゃうかもしれないから
やめようって言っている島皮質の意見を聞くか、
どっちを取るかとおんなじこと。
100セントと1ドル、
名目と実質、どっちがいいのか、
その単純なことすらも、
理屈ではわかっていても、
100セントのほうが、
報酬系の一部が活性化しちゃってるんですよ。
そして、名目賃金が上がることを人はよしとする。
糸井 ああ‥‥。
ルディー それを考えると、人の脳は、
複雑な金融商品に、
対処しきれてないんだと思うんですよね。
コンピュータは、
対処してると思って、作ってますけど。
糸井 うんうんうんうん。
ルディー マネーイリュージョンが、
結局は今度の経済危機を招いた
元でもあるっていうふうに、
言われたりしてるんです。
やっぱり、人は、お金に対して、
進化したと思ってるかもしれないけれども、
全然、進化してないと思います。
糸井 その話は、それだけ整理されると
ものすごくわかりやすいですね。
ぼくは、それとは全然ちがうことで、
最近、恐る恐る話しかけてることがあって。
それは「人は本を読んでないんじゃないか」
ってことなんです。
自分でも、いっぱい本買ってるけど、
買ってるときに、いちばん脳が活性してる。
読み始めておもしろいっていうのも、たしかだけど、
必要だと思って買ってる分量の方が
読んでる分量よりも、何十倍も多いわけだから、
オレでもこのぐらいしか読んでないって、
ほんとのこと、オレは知ってるわけですよね。
アンケート取ったり、
出版点数がどうだとか、
電子書籍で読んだら読み心地がいいとか
悪いとかって言ってるけど、
パッケージを買ったときに、
いちばん本との付き合いがあって、
読み終わったかどうかっていうのは、
紙でも電子でも、同じなんです。
電子書籍って読み終わったことないんだよね、
っていうこと言ってるのは、
前から紙の本のときにも
最後まで読んだことないんだよ、
って、考えるべきじゃないかなって。
お金の話も、けっこう似てますよね。
  (つづきます)
2010-07-16-FRI
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