山本昌 「おちつけ」は永遠の課題。 山本昌 「おちつけ」は永遠の課題。
慌ててしまうとき、感情的になりそうなときに、
自分に言い聞かせたい「おちつけ」の言葉。
おちついてさえいればうまくいったのに、
という機会は誰にもあるはずです。

プロ野球界のレジェンド 山本昌さんは、
「おちつけ」を、永遠の課題と表現しました。
50歳まで現役で投げ続け、通算219勝。
プロ野球史上最年長32年の在籍記録のほか、
数々の最年長記録を持つ大投手にもかかわらず、
毎試合、それこそ現役最後の試合まで、
不安や緊張と戦ってきたそうです。

「おちつけ」からはじまる人生哲学が聞けました。
担当は「ほぼ日」の野球ファン、平野です。
第2回 安心材料を心に持つこと
──
試合で投げる日の朝に
緊張がこみ上げてくるのは、
逃げ出したいような気持ちですか?
山本昌
逃げてしまいたいというのはありましたね。
若い頃はいつも逃げ出したいと思っていて、
「でっかいハサミで、
球場の電源を切ることはできないだろうか?」
という思いがよぎるぐらい、
毎試合プレッシャーを感じていました。
でもそういう緊張感はぼくだけじゃなく、
会社で働いているみなさんにも
同じことが言えるんじゃないでしょうか。
「いやだな、早く終わってくれないかな」とか、
「できれば中止にならないかな」とかね、
そういうことは誰にでもあると思うんです。
ただ、どうせ逃げられないことは知っているし、
いざ外されたら「くそーっ!」と思うんです。
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──
その葛藤はよくわかります。
すぐにでも逃げ出したいけれど、
仲間はずれにされたくはないんです。
でも、名球会入りするピッチャーが
そんな不安を感じていたのは意外です。
山本昌
逃げ出したいけれど、やらなくちゃいけない。
そういう意味で「おちつけ」って、
力をくれる言葉だと思いますね。
普段の所作や言動がおちついている、
それもあるでしょうけども、
本当に心に留めておきたいのは、
火事場での「おちつけ」だと思うんです。
責任の重たい仕事や緊張する場面で
おちつく方法が何かといえば、
それはやっぱり、準備ですよ。
──
緊張していても準備さえしていれば、
「火事場の馬鹿力」が出せると。
山本昌
はい、そういうふうに思いますね。
準備さえしっかりできていれば、
人は、踏ん切りをつけられるんですよ。
みなさんも準備不足のまま朝起きたら、
「あの資料そろっていたかな」
「間に合うかな」と心配ばかりしてしまって、
余計な焦りが出てきませんか。
自分のなかで準備が全部できていたらね、
「もう行くしかないな。よし、頑張ろう!」
と踏ん切りをつけられますから。
何の準備もしないでその場に行って、
あたふたしてしまうような人に向かって
「おちつけ!」と言ってもしょうがない。
ぶっつけ本番にならないように
自分でシミュレーションをやっておいて、
おちつけるように持っていくことが
非常に大事じゃないかとぼくは思います。
──
真剣勝負の経験を積んできたことで、
「おちつけ」が昌さんのなかに
染み込んでいったのでしょうか。
山本昌
今、こういうふうに言えるのは、
長く野球やってきたからですね。
若い頃にどうやって緊張を抑えていたか、
あまり覚えていないんですよ。
ただ、人前で恥をかきたくない気持ちは
すごくありました。
アウトをひとつも取れないままめった打ちにされて、
10点取られる可能性だってあるわけだから。
──
打ち込まれている姿が
球場にいる3万人のお客さんに
見られてしまうわけですよね。
山本昌
いや、テレビ中継も入れたらもっとたくさん。
何十万、何百万の人に観られているなかで
恥をさらす可能性のある仕事ですから、
打たれるのは本当にイヤでしたね。
でも、ぼくたちピッチャーは
そういう場に立ち向かわなきゃいけない。
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──
逃げ出したい気持ちがあるなかで、
どうやって試合に臨んだのですか。
山本昌
どんなに緊張しても、どんなに焦っていても、
自分のなかでベースになるものを
絶対に守らないといけません。
若いピッチャーによくある失敗は、
自分のベースとなるものを守れないこと。
ふわふわーっと緊張したまま投げていたら
ストライクが急に入らなくなって、
簡単に打たれてしまったり、
フォアボールで押し出しになったりで大崩れ。
ピッチャーにとって一番困るのは、
ストライクが入らないことなんですよ。
一番の恥だ、とぼくは思っています。
──
大量失点につながる場面ですよね。
昌さんがベースにしていたことは
なんだったんでしょうか。
山本昌
基本的にはマイナス思考なので、
「不安に思うようなことはやらないように」
を自分のベースとして考えていました。
ぼくはコントロールのいいピッチャーだと
言われてはいましたが、それでも、
「ストライクが入らなかったらどうしよう」
ということをまず考えていたんです。
初球でストライクが入ったら、次は、
「ひとつもアウト取れなかったらどうしよう」
「三回でKOされたらどうしよう」と。
その不安が的中してしまうこともありましたが、
自分が想像する最悪の場面を
なるべく作らないように意識していました。
──
打ち込まれることもあるでしょうし、
野手のタイムリーエラーもありますよね。
カッとなって怒ることはないんですか。
山本昌
あっ、ぼくはね、
エラーされても、試合で打てなくても、
味方の野手にはまったく怒らないんですよ。
逆の立場から言えば、ぼくが打たれている試合で
勝ちをつけてもらったこともあるし、
守備のファインプレーで
助けてもらったこともたくさんあるから。
怠慢プレーにはカッとなりますけども、
みんな、一所懸命やっているわけです。
一所懸命やった上でのことなら、
エラーされても、点がなかなか入らなくても、
ぼくはなんとも思いませんでした。
──
仲間の失敗はお互いさまなんですね。
山本昌
チームメイトに助けてもらった経験で
思い出深い年がふたつあります。
まずは1997年、ドラゴンズが最下位なのに
最多勝を獲らせてもらったんですよ
(18勝7敗、最多奪三振も獲得)。
ぼくの試合だけ打ってくれましてね(笑)。
もうひとつが1994年の前半戦、
防御率は4点台なのに
オールスターの7月までに12勝したりね
(通年では19勝8敗、防御率3.49。
投手最高の栄誉である沢村賞も獲得)。
チームや自分が苦しい状況のなかで
仲間に打ってもらった経験があるから、
打てない日だってあって当然だよなあと。
──
防御率4点台なのに前半戦だけで12勝、
よっぽど打ってもらえたんですね。
山本昌
これだけ打ってくれたんだから、
打てない日があってもしょうがないと
達観しているところはありましたね。
──
勝っていれば余裕も持てそうですが、
シーズンの序盤に勝ちがついてこないと、
「今年大丈夫かな」と心配になりませんか。
山本昌
ぼくは、確率を重視していたんです。
自分のなかに野球の確率論があって、
序盤で結果が出せなくても、
シーズンの130試合(当時)を過ごしたら、
ある程度の実力は必ず出るだろう、
ということをいつも思っていました。
あとは自分の勝手な思い込みで、
「俺は夏場に強いから大丈夫だ」
と思って焦らないようにしていました。
──
自分のなかに安心材料があったんですね。
山本昌
最多勝を獲ったシーズンでも、
1か月で1勝もできない月はありましたから。
だから、序盤で勝てなかったとしても、
勝てない月が先に来たと思えばいいわけで、
そういう経験の裏付けで、
おちつくことにつなげていたと思いますね。
緊張したり焦ったりして、おちつかない人は、
なんでもいいので、自分のおちつく方法を
探してみてはいかがでしょうか。
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(つづきます)
2019-09-13-FRI