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『MOTHER 3』の開発が中止になったことについての
糸井重里・岩田聡・宮本茂の座談会 その9

 
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宮本:
この『MOTHER 3』にしても、
スタッフの中から
「『(お客さんから)これマザーじゃない』
 って言われないですか?」
っていう質問があったんですよね。

 
糸井:
ありましたよ。それくらい違っていたから。
 
岩田:
また、それを裏切ろうっていうのもあったし。
最初に「マザーっていうのは、こういうもんだ」
っていうお客さんの期待を裏切るところから
始めようとしたから。

 
宮本:
そういうところも、面白いと思ったんですけどね。
その業界の慣例っていうのがあって、
「シリーズはちゃんとシリーズを受け継いでて、
 操作性は一緒で、お話も流れを汲んでて……」
みたいなものの中に乗せないっていうことが、
まず糸井さんが関わって作ることの
前提だと思っていたから、
そういうものはどんどん
奔放にやってもらった方が
いいと思ったんですよ。

 
糸井:
最後までやると、一応、
マザーのシリーズであることが
はっきりと分かるように
なってるんですけどね。
 
岩田:
ただ、これを読んでいる人たちには
どんどん申し訳ない気持ちが
膨れあがっていきます。

 
宮本:
これ読んで『MOTHER 3』で
遊んだ気になってもらえれば
いいんですけどね(笑)。
小説の方がいいかもしれないですね。
小説がビジネスとしてどうか、
ってことは別にして。

 
糸井:
出版するところがなければ
自費出版してもいいくらいです。
 
岩田:
僕も考えていたんですけど、
別の方法は、ないんですよ、すぐには。
それは、自分が声かけられるチームには
それぞれ仕事や事情がありますから、
すぐ、とは言えない。

 
糸井:
実際、このサイズのゲームって
何十人動くでしょう。
 
宮本:
この間も、岩田さんと話してて
「GBA(ゲームボーイアドバンス)かなあ」
なんて言ってたんだけど、
他のプロデューサーから
総攻撃受けちゃって(笑)。
「GBA1本作るのも、64作るのも
 同じだけ時間かかりますよっ」
って言われたんだよね(笑)。

 
岩田:
まあ、総攻撃ってほどでもないけど、
言われてたね。

 
宮本:
プロデューサー連中にね。

 
糸井:
「冗談じゃないっ」って?
 
宮本:
「冗談じゃない」って言うより、
「GBAなら簡単ってことはなくて、
 手間は同じことですよ」ってね。
みんなよくわかってきた。たのもしい。

 
岩田:
僕らは別に、GBAなら作る手間が小さい
と言ってるんじゃなくて、これから作るなら、
マーケットのあるところに作るべきだし、
糸井さんの書くコトバが活かしやすい仕組みで
作るべきだという話をしていただけなんですよ。

 
宮本:
それくらい、いまのを仕切り直すはもったいない、
って、みんな思ってるんですよね。
いまのものを仕上げる努力の方が、
いまのをゼロにしてGBAを作るよりは
エネルギーも軽いはずでしょ?
っていうことだよね。

 
岩田:
それは、そうでしょう。
必要とされる能力とか、スタッフの種類が
ちょっと変わりますけど。

 
糸井:
端的に言って、
1ヶ月に60人くらいの人が
動くくらいなんですか?
 
宮本:
ピーク時に40数名。
デバッグでも始まろうものなら、
50人超えますよね。
岩田さんは『MOTHER 3』の中止について
どういう感想をもっていますか?


 
岩田:
「自らの不徳を恥じる」って感じですね。
この件に関しては、ほんとに。

 
糸井:
感想じゃないですよねえ。
・・・まだ思えないんですよね、何かを。
 
岩田:
まあね。
自分は最終的に、
その「やめる」を決めた人ですから
糸井さんよりは、感想をもてなきゃいけないな、
って思うんですけれど。

 
宮本:
僕は、単に、お客さんから見て、
『MOTHER 3』が欲しかったんですよね。
去年もずっと、
「なんとかしようよ」って言っていたのは、
単純に欲しいからだったんです。

 
糸井:
お客さんに対する、
「申し訳ありません」という気持ちは
もちろんあります。
ほんとに、毎日のようにいつ出るんですかって、
きかれていたもの。
ごめんね。できなかったんだよ。
 
宮本:
(発売中止を)決めたけど、
でもまだ、「なんとかならないの?」
っていうことを僕は言ってる方なんですけど。
「また無責任に、仕事を広げて」
って怒られるんですけどね(笑)。
結局誰かがやらなきゃあかんわけでね、その仕事を。
『MOTHER 3』は
あった方がいい商品なんだっていうスタンスで
僕はずっと来た。でも、
そのために何をしたのか? って言われたら、
何もできなかったわけで
それは申し訳ないと思います。
岩田さんはプロデューサーとして
いろいろ自分のことを恥じることもあるんでしょうが、
あれだけいろいろ他の仕事をやってて
無理やと思いますよ。

 
糸井:
途中ねえ、一度は入院までしてますからね。
原因は疲労とストレスで。
 
岩田:
感想としてね、たとえば、自分も、
「何か」のせいにできれば、
きっとそういう感情が生まれるんだと思うんですよね。
さっき糸井さんが言ってたみたいな、
「金が憎い」っていうようなことであったり、
特定の問題のある人がいたから
上手く行かなかったとか、
公表できなかったとしても、
何か感情を持てると思うんですけど、
そういうんじゃないですから。
糸井さんにせっかく出してもらったものを
結実できなかった、
お客さんに届けられなかったことに対して、
作っている、って公言してたのに
それを実現できなかったことが
恥ずかしい、ということ以外に
感想はないんですよね。
それは、そばで見ている人は
その状況では仕方ないですよ、
って言ってくれるんですけど、
でも、そう言われたからって
恥ずかしいという感情が
消えるわけじゃないわけで、
でも、それ以外に何かあるかと言われると、
ないんですよね。
作っている途中で現状を正しく分析して、
途中まで作っていたものを大胆に捨ててでも
一番大事なことに集中して仕切り直すことができていたら、
ひょっとしたら、何らかの形で
結実できたチャンスはあったんだろうなあ。
でも、そのときは、
そこまで作り上げていた、
積み上げていたものを捨てるなんて
決断はできなかったし、
もっと言えば、
そんなことは想像もつかなかった。
それは今だからわかる、って言えるだけで、
そのときには、たぶんいま、こういう結果になって
2年前にああしてたら、こうなったよね、
って話をすれば、
仲間たちも、
うんうん、って聞くと思うんですけど、
2年前に、いま作ってるものはこのままだと
2年後もうまくいってないから捨てて、
新しく作るって言ったときに
みんなが納得できたか、って言えば、
きっとできなかったと思うんですよ。
だから、いまこういうふうにわかったとしても
物事には流れってあって、
そのあるタイミングの中で、
流れをつかめなかったから
こういうことになったんだ、っていうのが
敗戦の弁ですよね。
 
 
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