ほぼ日ニュース

第10回伊丹十三賞は
歴史学者の磯田道史さんに!
贈呈式・祝賀パーティーにうかがいました。

こんにちは。草生です。
ことしも伊丹十三賞の贈呈式に、
「ほぼ日」乗組員数名で参加しました。

第1回の受賞者が糸井重里であったというご縁から、
ほぼ日では「ほぼ日の伊丹十三特集」をつくりました。
以来、宮本信子さん
宮本さんが館長を務める伊丹十三記念館さんとも
なにかとお付き合いをさせていただいているんです。

今回で記念すべき第10回をむかえる伊丹十三賞。
受賞者は、歴史学者の磯田道史さんです。

堺雅人さん主演で映画にもなった
『武士の家計簿』をはじめとして、
『江戸の備忘録』、『無私の日本人』など
たくさんの著書を出されています。
またNHK-BS『英雄たちの選択』の司会のほか、
ことしはNHK大河ドラマ『西郷どん』の
時代考証も務めていらっしゃいます。
さまざまな角度から、歴史のおもしろさを
教えてくださる方です。
実は、ほぼ日のTOBICHIに
ときどき顔を出してくださることもあるんです。

さて、それでは5月のうららかな日におこなわれた
伊丹十三賞贈呈式のようすをお知らせしますね。


▲左から、選考委員の周防正行さん、宮本信子伊丹十三記念館館長、
 磯田さんをはさんで、選考委員の中村好文さん、
 南伸坊さん、平松洋子さん。

まずは選考委員のひとり、中村好文さんによる
祝辞(抜粋)から。

ーーー
磯田道史さん、おめでとうございます。
第10回という節目にあたる伊丹十三賞を
磯田さんにお贈りすることになったとき、
第1回目の糸井重里さんから
第9回目の星野源さんまでの、
歴代の受賞者の方々を、
順に思い浮かべてみました。
そして10人のラインナップを改めて
想像してみたのですが、
伊丹十三賞は今回、
歴史学者の磯田さんが加わったことで、
賞の間口が大きく広がり、
奥行きが深まったように感じました。
選考委員の自画自賛と言われそうなので
大きい声では言いませんけども、内心では
「選考委員はよくやった」と密かに思っている次第です。

磯田さんが賞の候補になったとき、
私は磯田さんを密着取材した
ドキュメンタリー番組を見てみました。
この番組のなかで磯田さんは終始しゃべりつづけ、
早足でずんずん歩き、
時にはいきなり走り出したりしていました。
そこには薄暗い書斎にこもって古文書をひもとく
歴史学者ではなく、
今この時代のちまたの空気を胸いっぱいにすいこんで
精力的に動きまわる、
まったく新しいタイプの歴史学者がいました。
この番組で、僕には忘れられないシーンが
二つあります。
ひとつは、磯田さんが歩きながらふと、
用水路の底に落ちていた
土器のかけらのようなものを見つけ、
やにわにワイシャツの腕まくりをして
道路にはいつくばり、流れの中に手をつっこんで、
それを拾い上げるシーンでした。
そのめざとさと、間髪をいれない行動力に
僕は目をみはったのでした。
そしてその、人目をはばからず脇目もふらない行動は、
子供のように純真で、むき出しの好奇心と探究心に
裏打ちされていると思いました。

もうひとつは、タクシーに乗った磯田さんが、
これまためざとく運転手さんの珍しい名前を見つけて
あれこれおしゃべりしているうちに、
「ああ、そうすると小学校は◯◯小学校ですね?」と
その運転手さんの卒業した小学校を
言い当てるところでした(会場笑)。

このシーンを見ていて、僕はおもわず
「そうか、つまり磯田さんは
 シャーロックホームズなんだ!」
とつぶやいて、みょうに納得してしまいました。
『緋色の研究』という作品のなかに、
ホームズが相棒のワトソン博士に向かって
「僕は観察と推理の両方の天分に
 恵まれているんだよ」と
話すくだりがあったことを突然思い出したからでした。
そしてこの二つのエピソードは、
磯田さんが観察と推理の両方の天分に恵まれていることを
はっきり物語っていると思ったのです。
さらには、観察と推理こそが、
歴史学者に不可欠な資質であることに思い至りました。
結局、僕の中ではこの二つのエピソードが
磯田さんを伊丹十三賞に推挙する
大きな決め手になりました。
ーーーーー

そして平松洋子さんによる賞状の贈呈、

宮本館長による副賞の贈呈があり、

磯田さんによるスピーチがはじまりました。

ーーー
このたびは第10回の伊丹十三賞をいただきまして、
ありがとうございます。また選考委員のみなさま、
今日来てくださった各界のみなさま、記者のみなさま、
御礼申し上げます。

私、この賞をもらって、ほんとうにうれしいのです。
うれしい理由はなぜだろうと思ってみると、
この賞はあまり分野の壁のない方に授与されている。
私は歴史しかしてないようですけれども、
媒体はテレビだったり活字だったり新聞であったり。
いろんなことをやるのが非常に大事だと思っています。
むかし、岡本太郎さんが
「あなたは画家をやって、小説も書いて、
彫刻も作って、一体何が専門なの?」と言われたとき、
平然と「人間」と答えたというエピソードがありますが、
私はそれがいちばん健全なありかただと思っています。

昨今、いろいろな問題がありますが、
ボーダーレスという補助線でもって
我々の社会を考えてみると
わかりやすく自分たちの問題を解決できるんじゃないかと
感じるようになりました。
こんなネット社会になり、即時にものを
知ることができるようになったにもかかわらず、
やっぱり僕らの社会、
とくに日本社会は「ウチの論理」が強い。
みんなが「これはやばいんじゃないか」と思っても、
上の人が言っているからというだけで従ってしまう。
ウチだけを大事にしてしまって、
ウチとソトとを同じように考えられないのはなぜだろう?
それを実は子どもの頃、
僕は古墳を歩きながら考えたんです(会場笑)。

あ、愛媛新聞さん、来てらっしゃいますよね?
必ず(伊丹十三記念館のある)愛媛に
(受賞記念)講演に行きますから!(会場拍手)

愛媛に上黒岩岩陰遺跡という遺跡があって、
僕は小学校の頃、どうしてもそこへ行きたいと
親にねだったことがあります。
そこは縄文時代の遺跡で、
犬の骨が出てきたところなんです。
僕も犬を飼っていたんですが、
その遺跡には、人間が違う種類の動物である犬を
丁寧に葬っていたという跡が残されている。
それほど犬をかわいがっていた、その最古の状態に
子供ながらに感じるものがあった。
最近の分析によれば、骨の状態から
その犬は老齢であるとわかったそうです。
つまり、もう役に立たないのに
飼っていたということなんです。

縄文時代の人々の遺跡というのは、
そんなに上下の差がありません。
高いところに特別な家族が住んでいるとか
そういうことがない。
けれどある時から、
周りにものすごくがっちりした堀を掘って土を盛り上げ、
その上に首長だけが葬られ、結界がなされて、
ウチとソトがはっきり分けられて、
身分も上下がはっきりします。
元をたどると、九州の糸島あたりにまず
周りを区画して「あなたとは違うんです」という感じの
方形周溝墓という墓ができる。
つまり渡来系の、国家を形成するような論理が
古代にやってきて、壁ができたと思うんです。
もちろん、それは必ずしも悪いことばかりではないですよ。
生き物には生存本能があって
生活資源を周りと競争するから、
おいしいご飯があったら
「おれが食いたい! 他のやつが食ったら悲しい!」
いい女やいい男がいたら
「私のものにしたい! とられたら悲しい!」
それはありますよ。
でもそれがだんだんエスカレートすると、
いぬねこには見えない国境線を引いて、
向こうに住んでいる国民と
こっちに住んでいる国民を区別し、
敵になったら平気で核兵器を落とす。

これを避けるにはどうしたらいいんだろう?
というと、やっぱりボーダーレスなんです。
つまり、壁を打ち破るというのかな。
ウチを打ち破るというのかな。
本来、ただの人間にすぎないんだと。
国境線とか、分野とか、上とか下とかいうものは
幻想にすぎないんだということを
いまいちどとらえなおすためには、
やっぱり時空を超えた認識であるとか、
自他の区別をなくす発想が必要です。
お金や経済の論理とか権力の論理ではなくて、
創作活動や表現活動による感動こそが
それを支えているんであろうと、
僕は歴史を長いこと見ていて、思う。

ということで説教くさくもっともらしいことを話して
終わりにしたいんですけど、
とにかく愛媛には講演に行きますので。
「松山と僕」というような話を。
秋山真之(小説『坂の上の雲』の主人公の一人。
松山出身の海軍軍人)を調べはじめたら、
僕子供の頃からオタクなんで‥‥
ごめんなさい、もうやめますからね(会場笑)。
大学時代は毎週テーマを決めて研究をしていたんです。
たとえば秋山真之が戦争に勝って帰って、
どういう講演を松山中学の後輩たちにしゃべったか、
その講演録を探すために松山に行ったりしましたんで、
そんな話をぜひさせていただきたいと思います。
長くなりましたが、ありがとうございました。
ーーーーー

そして、宮本館長からの乾杯のあいさつが。

「さっきも、控え室で遺跡の犬のお話が出たんです。
その話をずっと聞きたかったんですけど、
時間もあるのでどうしましょうといったら、
『松山に行きます』と決めてくださった。
本当に磯田さんはせっかちなんですね(会場笑)。
でも私はすごくうれしかったです」
と笑顔で話されていました。

冒頭の中村さんのスピーチのなかで、
「もし伊丹十三と磯田さんが出会っていたら、
日本のテレビドキュメンタリー史に残る
歴史ドキュメンタリーが生まれていたかもしれません。
そのことを思うと、悔やまれてなりません」
という話がありました。
それを受けて、かこみ取材のなかで磯田さんが
伊丹さんへの思いを話してくださいました。
ーーー
伊丹十三さんは、「神・国・金」の問題を
追い続けてきた方だと思います。
この三つはいぬねこにとっては
まったく意味をなさない抽象物・幻想物ですが、
人間だけは、これに本気になってしまう。
‥‥だって、乾燥重量にしてみたら
地上には牛がいちばん多いんですよ。
1番が人間の食糧になるための牛。
2番がたぶん人間で、オキアミといい勝負。
けれど人間だけが地上で繁栄できた。
それは、抽象物を信じられる、
信じてしまうからだと思います。
伊丹さんは、
金の問題は『マルサの女』で追求されていたし、
国家や宗教の問題にも向き合っておられた。
できることならばこれらの問題を
伊丹さんとおおいに語りたかったです。
これ、スピーチで話すべきでしたね(笑)。
ーーー

ほかにも
「自分は文字の媒体が好きだけれど
じつは9割以上の人が文章を読めるようになって
3、4世代しか経っていない。
だからテレビや映画に携わる必要もあると感じた」
と、さらっと地方の識字率の調査結果を引用して
話してくださるなど、話題は尽きませんでした。

そして、いつものようにお庭で集合写真を撮って。

なごやかなパーティーへと。

パーティー中、私たちに気づいた宮本さんが
「いっしょに写真を撮りましょう!」
と言ってくださいました。

こうして、たのしい夜はふけていきました。

あらためて、磯田道史さん、おめでとうございました!
すてきな贈呈式とパーティーのご報告でした。

※さいごの写真以外、池田晶紀(株式会社ゆかい)

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