ほぼ日刊イトイ新聞

旅・人・20、写真・師・山。

~石川直樹をかたちづくるものたち~

石川直樹さんが旅をしはじめて、
20年の月日が過ぎました。
その間、氷の山にしがみついたり、
無人の荒野を往ったりしながら、
写真家は、それらと同じ気持ちで、
たくさんの人に会ってきました。
旅も人も写真も山も、みんな先生。
石川直樹さんの「学びの20年」、
振り返ってもらいました。
担当は、「ほぼ日」奥野です。

3 現在の「石川直樹」をつくる道を拓いてくれた師、東京藝術大学の伊藤俊治さん。

──
石川さんは、早稲田を卒業したあと、
東京藝術大学に入学しますよね。
石川
うん。大学院ですけど。
──
それは、何学の大学院に?
石川
先端芸術表現科というところです。
──
先端。何を研究する‥‥。
石川
簡単に言えば、現代美術なんですが、
彫刻とか油絵とかの
既存のジャンルに収まらない領域を、
だいたい引き受けるみたいな場所で。
──
へえ‥‥。
石川
そこに伊藤俊治さんという先生が、
いらっしゃるんです。

伊藤さんの本を読んで、
伊藤さんの下で研究したくなって、
会いに行ったんです。
──
おお。また、会いに。
石川
そう。で、伊藤さんに会ったとき、
自分は学部時代に、
星の航海術のフィールドワークを
していたという話をしたら‥‥。
──
ええ。
石川
それは芸術だね‥‥って。
──
芸術。
石川
そう。

星を見ながら海を渡る技術というのは、
芸術そのものなんじゃないかと。
──
スターナビゲーションという、芸術。
石川
たしかに文化人類学的な観点だけで
星の航海術に取り組むことには、
すこしだけ、違和感があったんです。
──
それだと、つまり「観察」だから?
石川
そうですね、自分の場合は、
第三者的な視点で眺めるんじゃなく、
もっと「入り込みたい」ので。
──
たしかに「客観的」な手法というより、
石川さんは、
もっと「直に」って感じですもんね。

すみません、伊藤先生って、
もともとは何学の先生なんでしょう。
石川
美術史をはじめ、
写真評論などをふくめて‥‥ひろく
美術全般ですね。

ありきたりな枠にとらわれない、
知識が幅広くて、
もう、本当にすごい人なんです。
──
ご自分のやってきたことが
芸術のひとつだったのかもしれない。

そんなふうに言われて、
腑に落ちた‥‥って感じでしたか?
石川
ええ、ぐっと視野が広がりました。

星の航海術以外でも、
自分が興味を持って
フィールドワークをしていた‥‥
たとえば、
極地における生きるための技術、
イヌイットの犬ゾリなんかも、
芸術という言葉によって、
理解が深まるような部分があって。

「MAREBITO」(2009-)

──
で、その研究に没頭して、
ついに博士まで行っちゃったんですか。
石川
そう(笑)。

だから一応「美術博士」なんです。
自分でも俺でいいのかなっていうのは、
ありますけれど。
──
いやいや、
石川さんにしかできない芸術の研究が、
たくさんあると思います。

いまから思うとどうですか、大学院て。
石川
行ってよかったし、
俺は、ものすごく感謝してますね。

大学院で学んでなければ、
ただのフラフラした人だったと思う。
──
じゃ、今度は、よく通って。
石川
はい、伊藤先生のゼミにだけは、
積極的に通っていました。

本当に、藝大と伊藤俊治さんには、
いろんな刺激や
きっかけをもらったなと思います。
──
そこから、写真家・石川さんの興味は、
世界大に、地球大に‥‥
いろんな方面に広がっていくんですね。

ラスコーの壁画、バリの秘祭、
北極南極、雪山、だれもいない大海原。
石川
ええ。
──
そうやって、フィールドで学んで、
伊藤先生のもとで学んだ石川さんの
いまの「芸術観」を、
ちょっと、お聞きしてみたいです。
石川
絵でも、彫刻でも、出会ったときに
別の世界を拓いてくれたり、
こころを揺さぶってくれるものって、
自分の「生」に影響しますよね。

そういう表現や行為が、
自分にとっての芸術だと思います。
──
なるほど。明快ですね。
石川
慣れ親しんだ風景だとか、
常識でこりかたまった世界観を、
反転させたり、
いちど壊してから
再構築するための鍵‥‥というか。
──
それが、芸術。
石川
はい。
──
自分たちが見ているのと同じ星空を
ミクロネシアの人が見たとき、
そこに
海を渡る情報を読み取ってるわけで、
そういう意味で、
まったく新しい世界への扉を開く鍵、
というわけですね。
石川
そう、別の世界を引き出してくれる、
技術のようなものだと思います。
──
なるほど。
石川
ようするに芸術、アートの語源って、
「アルス」というラテン語で、
つまり「技術」という意味なんです。

だから生きるための技術ってものが、
芸術の原点にはあって、
たとえば、昔は、
人の病気を治したりする医術などが、
芸術とされていたんです。
──
へえ、生きるための技術、かあ。
石川
だから、これはアートですよと
いくら言われていても、
それが「生きるための技術」と
かすってないと、
あんまり興味を持てないんです。
──
あー‥‥。
石川
もちろん、そこには世界の見え方を
一変させてしまうような
立体作品や、意味を反転してしまう
現代美術のような作品も含まれます。

それだって、
「生きるための技術」ですからね。
──
自分も、とっても大げさに言うと、
「人間って何だろう」
ということがわかりたくて、
インタビューを続けているんですが、
話を聞きたいと思う人の中に、
芸術家が、多く混じってくるんです。
石川
ええ。
──
自分は芸術家じゃないし、
アートについてもど素人なんだけど、
芸術家の話って、
なぜか、自分や自分の人生に、
関係しているような気がするんです。
石川
いや、そういうことだと思いますよ。

この世界の「まっとうな見方」を
教えるのが学校だとすれば、
世界の別の広がりを教えてくれるのが、
芸術だと思いますから。
──
石川さんのプロフィールを見たときに、
藝大の大学院で、
何を研究したのかなと思ってましたが、
こうしてうかがうと、
大きな影響を与えていたんですね。
石川
うん。
──
いろいろなことを、伊藤俊治先生から。
石川
教わりました。

「NEW DIMENSION」(2007)

<つづきます>

2019-03-06-WED

あの、広くて天井の高い
東京オペラシティのギャラリーを
ぎっしり埋めた
石川さんの20年ぶんの写真を見て、
すごいことだと思いました。
石川さんという写真家が、
20年、この地球を移動した軌跡を
たどることができます。
ひとりの作家の大きな節目として、
見ておいたほうがいいと思います!
会期は、3月24日(日)まで。
また、このタイミングで、
石川さん、なんと、本を3冊も刊行。
展覧会と同名、見ごたえたっぷりで、
キギさんの装丁がかっこいい写真集
この星の光の地図を写す』、
ヒマラヤ遠征の8年間を記録した
The Himalayas』、
2013年から断続的に刊行してきた
シリーズの最新作『Ama Dablam』。
どれも20年を飾るに相応しい、
すばらしく、かっこいい写真集です。

展覧会について詳しくは、
こちらのオフォシャルサイトでご確認を。