
はじめて会ったのは20年以上も前のこと。
以来「いまの東京のカッコいい」を、
ずっと引き受けてきた人のひとりだと
勝手に思ってます。
そんなスタイリストの梶雄太さんは、
見ていて気持ちがいいほど、よく食べる。
そこで、月に1回、
いっしょに「昼めし」を食べながら、
「服とその周辺」について聞く連載を
はじめたいと思います。
お相手は、「ほぼ日」奥野がつとめます。
梶雄太
1998年よりスタイリストとして活動開始。ファッション誌、広告、映画など幅広く活動し、現在に至る。性別・世代を越え、ユニーク且つ、オリジナリティ溢れるスタイリングに定評がある。スタイリストのみならず、ブランドディレクションや執筆なども手掛ける。
梶雄太って、どんな人?
つきあいの長いふたりの編集者に語っていただきました。
A:
おたがいに梶くんとは薄く長いつきあい(笑)。
B:
昔の話だけど、梶くんと一緒に仕事して、
スタイリストってものを
はじめて理解できた気がしたのよ。
A:
はじめに服ありき、ではなく、着る人ありき。
オレはそんなふうに思ったことを覚えてるな。
B:
モデルであれ、俳優であれ、一般人であれ、
その人に似合うものを第一に考えてるよね。
A:
なんとなく選んでるように見せて、
じつはすごく考えられていたり。
本人は否定しそうだけど。
B:
ディテールへのこだわり方に引いたことあった。
繊細よね。きっと世間のイメージとは反対で。
A:
なんか、そういう二面性はあるね。
大胆で繊細、感覚的で理論的、みたいな。
B:
でも、嘘はないし、
相手によって態度を変えることもないから、
スタイリストとしても人間としても
信頼できるってのはある。
A:
褒め殺しみたいになっちゃってるけど、
これで梶くんのことを語れてるんだろうか。
B:
本人は嫌がるだろうね。
でも、このまま載せてもらおう(笑)。
A:
あくまでオレらから見た梶くんってことで。
B:
信じるか信じないかは、あなた次第。
構成・文:松山裕輔(編集者)
個人的に「まい泉」といったら、
まずは「ヒレかつサンド!」の印象でした。
ですよね。ぼくもヒレかつサンド、大好きです。撮影現場にもよく置いてあるしね。もう「絶対」と言っていいほど置いてある。で、気づいたらなくなってる。でもぼくは、まい泉のレストランの雰囲気もすごく好きなんです。とんかつってワクワクするでしょ。ちょっとした「ご褒美感」あるから。青山本店はこの内装だし、いっそう「今日は特別なとんかつを食べるぞ!」って心が踊るんだよね。いまもたくさん人が並んでいるけど、みんな気持ちは一緒だと思います。トリビアで言うと、まい泉には「お肉にパン粉をつけるマイスター」がいるんですって。職人の腕前ひとつでぜんぜん変わっちゃうから。とんかつの出来栄えが。オリジナルの生パン粉を、まるでそそり立つ剣のようにつける‥‥と、パアッとお花が咲くかのように「サクッ、フワッ」と揚がるらしい。まい泉では、そのようすを「剣立ち」と呼んでいるらしい‥‥。えっ、「土日祝日のみ」で「1日2食限定」みたいなメニューもあるんですか? 独自に育て上げた「甘い誘惑」という豚さんでつくった、とんかつ‥‥って!? あ、きたきた。
「作品」と呼びたい美しさ。
ああ、すばらしいとんかつをありがとう。
広報の小出さん「こちらこそ、ありがとうございます(笑)」梶「これです、これこれ。黒豚ロースかつ膳。さっそくいただきます。うん。最高。剣立ちの衣はサクッとしてるし、お肉はめっちゃやわらかいし」小出さん「厨房のみなさんが丁寧に下処理をしてくれているおかげです。このやわらかさなら勝負できると創業者が確信して開業に踏み切ったと聞いています」担当編集「いわゆる『箸で切れるとんかつ』ですよね。ちなみに、みんな大好きヒレかつサンドはいつからやってるんですか?」小出さん「正確には不明なのですが、創業した1965年から2〜3年後です。当時は日比谷の帝国劇場の近くで営業していたんですが、宝塚の女優さんから『幕間にさっと一口で食べられる、お衣装やお化粧に影響が出ないようなおいしいものを届けてほしい』とリクエストをいただいて」梶「へええ、じゃあ撮影現場に置いてあるのは理にかなってるんだ。パクっと食べられるもんね」担当編集「このレストランでヒレかつサンドを注文した場合、いつもとちがうヒレかつサンドに出逢えるんですか?」小出さん「いえ、みなさんご存じのヒレかつサンドです。ただし『揚げたて』です」梶「うわっ、めっちゃ惹かれる!」担当編集「揚げたて‥‥魔法の言葉‥‥!」
焼きそばもよさそうなんだよねって。
そんなのあるんですか。まい泉の焼きそば。
小出さん「はい、あるんです。青山本店の外の売店でお求めいただけます」梶「ほら! たしか250円とかで、すごく良心的な価格なんですよね。でも『幻』なんです。買えたことがない。いつも売り切れちゃってて」小出さん「青山本店の売店は少し特殊で、お弁当以外にも各種お惣菜を販売しているんです。近隣の美容師さんだったり、それこそ撮影隊のみなさま方に、あたたかいおかずをできるだけ安く提供できたらという気持ちで。とんかつを揚げる合間の時間で、キッチンのみなさんがつくっているんです」梶「だから数に限りがあるんだ。でも、まさに青山の食卓ですね」小出「そう言っていただけると、うれしいです。他にもシチューやロールキャベツ、たまに炊き込みごはんが出たりもすることも」担当編集「まい泉さん、奥深いなあ」小出さん「この建物にも逸話があって、もともと『銭湯』だったんです」梶「えっ!」小出さん「入口がふたつにわかれているのは、男湯と女湯の名残なんです」担当編集「じゃ、どこかにお風呂屋さんのペンキ画が隠れていたりとか?」小出さん「はい、お店の奥の壁の向こう側に、富士山のタイル絵が残っているそうです。わたしたちも実際には見たことないんですが」担当編集「壁をはがすと富士山の銭湯背景画が出てくる‥‥まい泉の青山本店レストラン、奥深い‥‥!」
おなかが幸せで満たされました。
少し歩きましょうか。ピーコート日和だし。
ですね。今日着てるのはA.P.C.なんだけど、18歳のときに買ったんで、もう32年のつきあい。ピーコートって別に流行ってないし、着てる人も街でそんなに見ないけど、だからこそ今着たいなと思って。今年の冬、一気にスタメンへ躍り出た感じです。ボタンが錨マークじゃなくて小ぶりだったり、ディテールのデザインがほどよく効いてるんです。サイズ感もよくて、つまり「デカい」んですよ。そのへんが、すごく「今」。ちなみにこのピーコート、大学合格したときに親からのお祝い金で買ったものなんです。当時、日本に入って来たばかりのA.P.C.がほしくて。上質なウールを使ってるんでしょうね、いまだに「艶」を感じます。少しだけ正装感を出したいときに着る一着。まい泉でとんかつを食べる日だとかね。ピーコートってメンズカジュアルの王道的なアイテムだけど、ヘタしたら「童貞感」出ちゃうっていうの? どこか中高生みたいな格好に見えたりしなくもないじゃない。というわけで今日は、色の落ちすぎてないデニムとマノロ・ブラニクのスリッポンに合わせて、すっきり清潔・大人っぽく上品にまとめてみました。
NIKEののACGですか。
絶妙な色合いでかわいいし、あったかげ。
いいでしょ。これ、買ってから調べたら「オーロラ柄」だったんです。3色くらいがグラデしてるんだけど、ぼく、昔から「オーロラ」に憧れがあって。いつか見てみたいってずっと思ってるんです。なぜかというと、まだちっちゃかったころ、父親がよくヨーロッパへ出張に行ってたんです。当時は冷戦の時代で、旧ソ連の上空を飛べなかったんですよ、飛行機が。だから、いったんアラスカで降りて給油してた。いわゆる「アンカレッジ経由」ってやつです。そのときに父が絵葉書を書いてくれるんですね。アンカレッジから、東京のぼくへ宛てて。その絵葉書がだいたい「オーロラの写真」だったんです。文面にも、こちらはオーロラが美しいですみたいなことが書いてあった。だからずーっと「オーロラ」という「とっても美しいらしいもの」を、自分の目で見てみたいと思ってたんです。それから時が経って大人になってスタイリストの仕事をはじめて、アラスカだけじゃなく北欧のラップランドとかオーロラの出そうな国へ何度も行ったんだけど、まだ一度も見れてない。子どものころから憧れていた「オーロラ」というものを、大人になったぼくは、いまだに見れてないんです。そういう気持ちが心のどこかにあるからか、いいじゃんと思ってパッと手にしたニット帽がオーロラ柄だった‥‥というお話でした。
今っぽく、大人っぽく着るのに
おすすめのコーディネイトってありますか。
(40代・かつてのマリンルック男子なSE)
青春時代のピーコートでも、工夫しだいでいい感じに着れると思いますよ。今回は、2000年代前半のSINDEE(シンディー)のピーコートで考えてみましょう。オーセンティックなアイテムを得意としていたブランドですが、シルエット的には90年代のA.P.C.のピーコートより「きれい」な感じです。まずは、2025年の最新デニムを合わせてみます。ON AIRというブランドのもので、ロゴが膝横のおもしろい位置に入るなどデザイン性が高く、ゆとりのあるワイドシルエット。ピーコートできれいなラインの出た上半身にボリューム感のあるボトムスを合わせれば、30代40代の方でも無理なく今っぽい感じに見えると思います。また逆に、インナーに「あえて」チェックのシャツを合わせるのもいいかも。「オジカジ」という言葉があるかどうかはわかりませんが(笑)、狙いすましたオジサン・スタイルで遊んでみるのもおもしろそうです。トラッドブーム復活の兆しもあるしね。年齢を重ねると、同じアイテムでも若いころとはちがった雰囲気で着こなせるようになるじゃないですか。そこがファッションのおもしろいところだし、洋服に飽きない理由だとも思います。
(つづきます)
タイトル:加賀美健
2025-01-25-SAT