「ぼく、今日、めっちゃ幸せ。
だって、この時間がもう、ゴールだから」
対談の終わりに、井上慎平さんはそう言いました。
「NewsPicksパブリッシング」の編集長として
「強く、立派な人」であろうとするあまり、
ある日突然鬱を発症してしまった井上さん。
井上さんは、完治することのない症状を抱えながらも、
「もう一度社会に戻りたい」ともがく思いを
著書『弱さ考』にまとめました。
今回お会いすることになって、
糸井重里が決めたことはひとつだけ。
「井上さんが『ああ、居やすかった』と思える時間にする」。
全10回でお届けします。
井上慎平（いのうえ・しんぺい）
1988年生まれ。
ディスカヴァー・トゥエンティワン、
ダイヤモンド社を経て、
2019年、ソーシャル経済メディアNewsPicksにて
書籍レーベル「NewsPicksパブリッシング」を
立ち上げ創刊編集長を務めた。
代表的な担当書に中室牧子『学力の経済学』、
マシュー・サイド『失敗の科学』
（ともにディスカヴァー・トゥエンティワン）、
北野唯我『転職の思考法』（ダイヤモンド社）、
安宅和人『シン・ニホン』
（NewsPicksパブリッシング）
などがある。
2025年、
『強いビジネスパーソンを目指して
鬱になった僕の 弱さ考』（ダイヤモンド社）を出版。
株式会社問い読を共同創業。
- 糸井
- 今野さんとしては、この本のウリは、
「あんたの中にも井上さんがいる」ってことですよね。
みんなの中にいる「井上さんみたいな部分」の扱い方を、
みんなわかんないまま社会をやってきたけど、
一緒に考えましょうよと。
- 今野
- そうですね。
ぼくは普段いわゆる「ビジネス書」といわれる
ジャンルをつくっているんですけど、
慎平もNewsPicks時代は、
ゴリゴリのビジネス書をつくってたんですよ。 - で、本屋さんを見てると、
心理学とか文芸とか、絵本の棚には、
わりと「防具」や「薬」のような、
人の心を守ったり癒やしたりする作品が並んでいるなかで、
ビジネス書は、社会を生き抜くための
「武器」を与える武器屋さんみたいに見えたんですね。
そして、あまりにも、
「武器屋になりすぎている」気がした。
- 糸井
- よくわかります。
- 今野
- 書店を、いろんなものが売ってる
大きな市場（いちば）だとわかったうえで、
いろんなジャンルの棚を回って
「防具」や「薬」も買うならいいんですけど、
ビジネス書の棚だけを見に来て仕事を頑張っている人って、
「武器」だけを与えられてるイメージがあって。 - だからこそ、この本ができあがったとき、
「これは、おもしろいぞ」と思ったんです。
「舞台から下りざるを得なかった、でもまだ諦めていない人」
のちょっと妙な「弱さの本」が、
ビジネス書の棚に置かれることになる。
「ほかのビジネス書が『武器』だとしたら、
この本は生身の人間が働くための『防具』だ」
というこの本のコピーは、そこから生まれて。
- 糸井
- つまり、分類を変えるきっかけになったっていうことだね。
- 今野
- そうなんです。
これが、人文書の棚に行っちゃったらダメなんですよ。
- 糸井
- まだ、「勝つ気が残っている人」が読むわけだからね。
- サノ
- 読んでいるぼくらが、
「本当はもう１回戦いたかったんだ」
と気づけるのも、この本の素敵なところですよね。
どん底にいるときって、
自分の中にまだそういう「攻めの気持ち」が残っていることに
気づけないこともたくさんあるので。
「ただ弱さに寄り添う本」では終わりたくなかったんだろうな
というのが、読んでいてもとても伝わってきたというか。
- 井上
- 「弱いままでいいよ」と「努力せよ」の間の本が
本当になくて、それをやりたかったんですよね。
ないのは、嘘だと思ったから。 - もちろんぼくも、弱い人に向けた本にめっちゃ救われたし、
そういう本って必要なんですよ。
でも、やっぱりケアしてもらったあとは、
社会に戻って働かなきゃいけないんで。
家族とこれからも一緒に暮らしていく幸せを保つためには、
やっぱりいつかは復職していかなくちゃいけない。 - そういう意味では、
「弱いままでいいわけねぇじゃねぇか」
みたいに思う自分が、正直いたんです。
だから、イメージとしては、
「いつまた転がり落ちるかわからないけど、
もう一度社会に戻りたい」
と思ってる人に向けて書いたところがあったんです。
ただ‥‥ひとつ、すごく興味深かったのが、
いざ本を出してみて、
どういう人から反響があったかっていうと、
女性、とくに「お母さん」が圧倒的だったんですよ。
- 糸井
- お母さん？
- 井上
- ぼく、この本のなかで「弱さ」のことを、
「社会に求められる人間像に、自分を当てはめられないこと」
と書いたんですけど、共働きの女性ってやっぱり、
「家庭」と「会社」の両方から、
「理想的なママ像」をものすごく求められてるんですよ。 - 「家庭」では、
お父さんは多少育児の手を抜いても
たいして文句を言われないのに、
お母さんがちょっと手を抜こうものなら
「それってどうなの？」っていまだに言われちゃうし、
会社は会社で、「息子が熱で」とか言うと、
「まあ、お母さんだからねー‥‥」
みたいなことを言われちゃって、
「悔しいからそう言われないように
余計頑張ってる」みたいな人も多くて。
でもやっぱりそれって、ものすごく無理をしてるわけで。
そういうお母さんたちから、
「この本にはそのしんどさが書いてある」
っていう感想を、すごくいただいたんです。
- 今野
- そういうテーマのことは、直接的には、
まったく書いていないんですけどね。
- 糸井
- でも、いまの話はよくわかりますよね。
「スーパーマンであれ」って話ばっかり、されてるんですよ。
「お母さんだってこのぐらいやれるでしょう、
「だってほら、やってる人いますよ」みたいな。 - さっき、
「『あまりにもそのままでいる』ってことをやりたい」
って話をしましたけど、
いまは、その「あまりにもそのまま」を超えたものが、
人間に課せられてますよね。 - お母さんだろうが、お父さんだろうが、
会社員だろうがなんだろうが、
「そのくらいできるでしょう」とか、
「昔はできた」「誰々さんはできた」とか、
望まれる水準がえらい高くなってることで、みんな壊れてる。
いま、ここに４人の人間がいるけど、
ほんとうはみんな、壊れてるんじゃないですか？
- 井上
- 本当にそう思います。
「求められる人間像」って
その場に応じて違いますけど、
そのとおりにピタッとあてはまる人なんて、
いないじゃないですか。
そう見える人がいるとしたら、
それはその人がその人なりに
いろんな勉強をしたり、必死の努力をして、
「このやり方なら私はギリギリ理想像を演じられる」
みたいなことをやってるだけのような気がして。 - そういう意味ではみんな、強がってますよね。
「いや、俺、全然強いし、やれてるし、
会社でもけっこう評価されてるぜ」っていう人も含めて、
みんなどこかで強がって、どこかでちょっと、壊れてる。
（明日につづきます）
2025-07-02-WED
-
井上さんの著書
『強いビジネスパーソンを目指して
鬱になった僕の 弱さ考』
（ダイヤモンド社・2025）
「強くて立派な人」を目指すなかで、
あるときふと、足が止まってしまった。
井上慎平さんがつづったこの本は、
「強がらざるを得ないで生きている人」であれば誰しも、
どこかに「自分」を見つけられる本だと思います。
「がんばれ」だけの本じゃない。
「寄り添う」だけでも終わらない。
強い誰かをまねて走りだすのではなく、
弱い自分と向き合って次の一歩を探していくような、
そういう「冒険書」を、井上さんは書きました。また、『弱さ考』の最後には、
井上さんが新たなに踏み出した
「次の一歩」が綴られています。
それが、「問いからはじめるアウトプット読書ゼミ」、
通称「問い読」です。
ふだん読まないような本を読んで、
ふだん出会えないような仲間と集まって、
「正解のない問い」について、みんなで対話する。
そんな、新しい学びの場。
「次回の募集」については、
ぜひこちらのサイトをどうぞ。