いま北海道ではエゾシカの数が増えすぎて、
けっこうな被害が出ていること、知っていますか？
また日本のあちこちで、自然と人間の関係が
変わってきて、クマやイノシシの出没が
昔と比べて増えてきているという現状もあります。
そういった野性動物の問題は、
都会で暮らしている限り、関係ない？
‥‥いやいや、そうでもないかもしれない。
そのあたりのことが気になる
「ほぼ日あっちこっち隊」のメンバーが、
狩猟管理学の第一人者である
伊吾田宏正先生にお話を伺いました。
またこの日は、長年にわたってNHK番組などで
自然や動物の番組を制作されてきた
（さらに畑もされている）、諏訪雄一さんも同席。
みんなで知っておいたほうがよさそうな
野生動物の問題について、わいわい話しました。
伊吾田宏正（いごた・ひろまさ）
酪農学園大学准教授。
北海道大学にて博士（農学）を取得。
専門は狩猟学、野生動物管理学。
エゾシカなどの野生動物管理、狩猟者の育成、
鳥獣の持続的な利用について研究。
環境省や北海道の委員会委員も歴任。
2024年12月、「野生生物と社会」学会より
学会賞を受賞。
人と野生動物の共存を目指し、
精力的に研究・教育活動に取り組まれています。
ほぼ日のメンバーが、西興部村を訪れるたびに
いつもたくさんお世話になっている、
ハンターの伊吾田順平さんのお兄さんでもあります。
諏訪雄一（すわ・ゆういち）
ほぼ日乗組員にとっては、昔からお世話になっている
元NHKエンタープライズの諏訪さん。
長年、動物や自然の番組などを作られてきたほか、
糸井重里が出演していた
『月刊やさい通信』も諏訪さんのお仕事。
ほぼ日では永田農法の企画などでご一緒していました。
八王子のご自宅で畑をされていたりもして、
自然の話にとても詳しい方なので、最近はほぼ日の
赤城山の企画などでもご一緒させてもらっています。
畑の動物対策に悩むなかで、
鳥獣管理士の資格もとられたそうで、
そのとき、伊吾田先生の授業を受けたこともあるそうです。
ほぼ日あっちこっち隊とは？
能登、赤城、尾瀬、西興部など、
「東京の外へ行こうよ」を合言葉に、
ほぼ日✕地域のプロジェクトをすすめているチーム。
伊吾田先生のご紹介で、いろんな乗組員を誘って、
北海道西興部村にも出かけました。
もともと山登りが趣味で
シカの問題にも高い関心を持っていた佐藤、
山梨の実家周辺でシカが出るようになったという
自然ともともと関わりの深い吉野、
都会に暮らし、シカのことをこれまで
まったく意識してこなかった田中など、
シカをはじめ野生動物に対する意識は
それぞれ違いますが、西興部村に関わるようになって
「もっと知りたい。知らなくちゃ！」と思っています。
- 田中
- ずっと都会に住んでる身としては、
シカの話って、けっこう遠い話だったんです。
だけど今日のお話から
「そのうち自分の生活に関わる問題が
出てくるかもしれない」と思いはじめたら、
知っておかなくちゃ、と思い直しました。 - 最初にハクビシンが来て、それがシカになって、
いずれクマになって‥‥みたいな話とか、
八王子でもそんなに珍しい話じゃないとか。
都市に一極集中がすすむことで、
限界集落になっていって‥‥みたいなことって、
具体的に聞くと「たしかに問題だ！」と、
やっと分かった感じはありますね。 - あとは自分のなかに、
「自分にとって身近じゃない問題は、
考えなくても勝手にうまくいくものだ」
みたいな楽観的な思い込みがあったことに
気づけたことも、今日はすごくよかったです。
- 諏訪
- まさに東京・八王子にある我が家では最近、
家の駐車場にイノシシが出るんですよね。
20年前じゃ考えられなかったけど、
本当にすごい身近に危険が迫ってきている。 - また北海道の札幌の郊外では最近、
子どもを連れた雌グマが住宅街の公園に出て、
みたいな話もあったし。 - それは食べものを求めてというより、
「都市の近くのほうが雄グマが来ないから
安心して暮らせる」
という話だったかと思うんですけど。
- 田中
- 雄のクマが来ないから？
- 伊吾田
- 雄のクマは、子どもを連れた母グマの
「子殺し」をすることがあるんです。
そうすると母グマが発情するので、
それで自分の子孫を残そうとするんですね。 - 子育て中の雌グマにはそれが脅威なので、
確かに市街地付近にいたほうが
守られる面はあるんですよ。
- 田中
- はぁー。
- 諏訪
- だから「追いやられてくる」っていうより、
「こっちのほうがいいよ」みたいな。
どんどん彼らも都会に移住しはじめてる。 - 昔はそうやって出てくると捕られてたのが
捕られなくなっているわけだから。
- 佐藤
- 都心で生活してる人は、
野生動物についての知識がなさすぎて、
動物の子どもを見たときに
「かわいい！」って近づいてしまったりもしますよね。
知床のクマとか、六甲山のウリ坊とか。 - 実は近くにお母さんがいて、子どもを守るために
凶暴になるから危険なんですけど、
そういう常識がどんどん失われているのも
問題だなと思うんです。
- 諏訪
- いろんな病気の問題などもあるし、
安易に触ったりするのは危険ですよね。 - そういった啓蒙も含めてやっていかないと
駄目でしょうね。
- 佐藤
- その意味で「野生動物と出会ってしまったら
どうすればいいか」についても、
みんな知っておいたほうがいいと思うんですけど。 - 伊吾田先生、これから夏のシーズンで
自然のなかにでかける人も多いと思うんですけど、
シカ、クマ、イノシシとかに出会ったときは、
どうしたらいいんでしょうか？
- 伊吾田
- なにより重要なのは
「会わないようにすること」ですかね。 - クマとかイノシシとかの危険な動物は特に、
まず会わないことがいちばんの予防原則で、
いちばん重要。
そのうえで、その場にクマの痕跡があったら
それ以上行かないとか、
いそうな場所では声を上げるとか。 - あとは動物の基本的な生態や習性を
事前に知っておくべきですね。
そういう基本的な知識のありなしで、全然違うので。 - たとえば沢登りをしててクマが来たと。
本当に至近距離でバッタリだとかなり危険な状況ですけど、
ある程度距離があって向こうが気づいていなかったら
ゆっくり立ち去るとか。
こっちに気づかず近づいてくるようなら声をかけてみるとか、
いろんな段階で取るべき選択肢はあって。 - そのあたりはインターネットとかで、
いろいろな団体が適切な対処方法を出しているので、
自然のなかに行く前に、
そういう知識をしっかり得ておく。 - だから「基本を知る」
「会わないようにする」
「会ってしまったらどうするかを学ぶ」ですかね。
- 佐藤
- シカについてはどうですか？
- 伊吾田
- シカはそこまで危険ではないけれど、
「交尾期の秋は雄がすごく気が荒くなってるから
気をつけよう」とかはありますね。 - くわしい状況はわからないんですけど、
去年、京都の福知山で、田んぼを守るための
シカよけのフェンスの中にシカが入ってしまってて、
人が角で突かれて死亡していた事故もありました。
- 田中
- そこまで危険というわけじゃない
シカにしても、そういうケースがある、という。
- 吉野
- 山中湖のあたりで運転をしていると、
夕暮れどき、シカがすごい出てくるんです。 - だけど東京近辺から日帰りで来た方だと、
シカが出ることも知らずに、普通に運転してて。
北海道のレンタカーとかだと
「シカ注意」のチラシとかをいただくんですけど、
そういう案内も特にないので。 - どういう時間帯が出やすいとか、行動の習性とか、
基礎知識として知っとくべきなんだろうなって。
- 諏訪
- シカって
「１、２頭行ったから、もういいや」
と思って進むと、その後に
10頭ぐらいの群れがドーッと来たりするから
怖いよね。
- 吉野
- そうなんですよ。
で、やっぱり山中湖でも最近、
シカの交通事故が本当に増えていて。
- 伊吾田
- シカの交通事故は秋がいちばん多いんです。
特にオスの活動が活発になって、
広域でうろうろしているので。
時間帯も、早朝、夕方、夜間は特に危ないですよね。
暗いときはドライバーも発見が遅れやすいので。 - シカの事故はたぶんこれから東京周辺でも
増えてくると思うので、
そういう知識も広まってほしいですね。
- 佐藤
- 伊吾田先生はそういうことをお子さんに伝える
カルタなどもつくられてますよね。
- 伊吾田
- あ、はい。子どもたちが遊びながら
クマの生態や付き合い方を学べるよう、
30年ぐらい前に仲間と
「ヒグマかるた」（野生動物教育研究室WEL）
というのを作っていたんです。
で、２年前に、その第２弾として
「えぞしかるた」（一般社団法人エゾシカ協会）
というのを作りました。
いろんな切り口で伝えられていけたらと思ってますね。
- 田中
- ふと思ったんですけど、
伊吾田先生の今日の服はシカの革ですか？
- 伊吾田
- あ、そうです。
みなさんにお見せしたいと思って（笑）。 - ジャケットとベストがシカの革で、
自分で捕ったものではないですけど、
知床産のものでしつらえてもらいました。
柔らかくて、軽くて、温かいです。
ボタンはシカの角で、こちらは私がつくりました。
- 諏訪
- すごい。保温性もあるんですね。
- 伊吾田
- はい。ヨーロッパに行くと、シカの革の
伝統的なジャケットやズボンを、
ハンターさんや農家さんがけっこう着てますね。
７人の小人が着てるような、
スウェードの生地がシカの革で、
ボタンがシカの角でした。
- 佐藤
- 西興部を訪れたとき、シカの皮の加工も
見せてもらったんですけど、
皮を加工できる場所も減っているんですか？
- 伊吾田
- 日本ではもともと数自体が少ないし、
たぶん何十年前から比べたら確実に減ってると思います。
でも、皮はそもそも、ほとんど利用されずに
廃棄になってることが多いと思いますね。
- 諏訪
- そうか。もったいないですよね。
- いまではみんな化学繊維になっちゃったけど、
昔はレンズ拭きが全部シカの皮だったんですよ。
テレビのカメラも一眼レフも、
必ずシカの皮で拭いていたんです。
- 田中
- じゃあ、シカの皮でカメラバッグを作ったり、
そういう方向からの利用もできるかも？
- 伊吾田
- そうですね、そういうこともできるかもしれません。
- 佐藤
- 伊吾田先生、諏訪さん、
今日はどうもありがとうございました。 - これから西興部をはじめ、ほぼ日が
いろんな地方と関わっていくときに、
野生動物の問題は外せないものだと思うので、
今後もまた、いろいろ教えていただけたら嬉しいです。
- 伊吾田
- はい、もちろんです。
野生動物の問題について、興味関心を持つ人が増えて、
状況を良くしていけるよう、
引き続き動いていけたらと思っています。
こちらこそありがとうございました。
- 全員
- ありがとうございました。
（お話はこちらでおしまいです。
お読みいただきありがとうございました）
2025-06-17-TUE
