「そろそろ、いいものが欲しいなあ」
そう思う瞬間って、どんなときでしょうか。

器や雑貨？　
アートピース？　
服？　家具？　
それともクルマ？　
ひょっとして、家？　
──きっと、人や暮らしの数だけ、
いつかほしいと思う
「そろそろ いいもの。」があるのでしょう。

この連載では、
「あなたの『そろそろ いいもの。』は、なんですか？」
という問いを、いま気になる方々に
たずねています。

第二回目に登場いただくのは、
ホテルプロデューサーの
龍崎翔子（りゅうざき・しょうこ）さん。

龍崎さんがプロデュースするホテルは、
ホテルの１階にある蒸溜設備で蒸溜した水からつくられた
アメニティを提供するホテルや、
アイスパーラーを併設したホテルなど、
人に話したくなるような体験を提供してくれるところばかり。
ホテルは、その土地の風土や空気感を
体感する場でもあります。
さまざまなかたちの「暮らし」を提供する龍崎さんに、
ご自身の「暮らし」と、その中で出会った
「そろそろ いいもの。」について、
たっぷりお話をうかがいました。

＞龍崎翔子さんのプロフィール

龍崎翔子（りゅうざき・しょうこ）

株式会社水星 代表取締役CEO / ホテルプロデューサー。
1996年生まれ。東京生まれ京都育ち。
2015年に水星（旧社名：L&G GLOBAL BUSINESS）社を
設立。
『メディアとしてのホテル』を掲げ、
ブティックホテルブランド「HOTEL SHE,」を
京都・大阪にて展開、自社にて所有・経営・運営を行う。
全国各地で宿泊事業の経営再生に従事する傍ら、
2021年に金沢・香林坊に「香林居」を、
2022年に産後ケアリゾート
「HOTEL CAFUNE」を開業。
そのほか、ホテルの自社予約SaaS
「CHILLNN」の開発・運営や、
観光事業者や自治体のためのコンサルティングも行う。
2024年には初の著書
『クリエイティブジャンプ 世界を3ミリ面白くする仕事術』
を出版。

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その１　「その土地」を感じる器

──
龍崎さんが出版された本のタイトルは、
『世界を３ミリ面白くする仕事術』ですね。
ほぼ日の社訓に、
「今日も、きみの仕事が、世界を１ミリうれしくしたか？」
というものがあって、
毎日、そのことを考えたりするんですよ。
龍崎
わ、そうなんですね。
──
今日は、この本に書かれている
ホテルのプロデュースのお話も伺いながら、
龍崎さんご自身のお話を聞きたいと思っています。
龍崎さんにとっての「そろそろ、いいもの。」、
つまり「心地いいくらし」や
「豊かなくらし」について教えてください。
龍崎
はい、どうぞよろしくお願いします。
私にとっての、「そろそろ いいもの。」ですね。
２つあって‥‥。
ひとつは「器」、もうひとつは「椅子」です。
──
ぜひ両方ともご紹介お願いします。
龍崎
では「器」から。
まず前提として、
私は経営しているホテルが日本各地にあって、
数も増えてきたので、
ふだんからとても出張が多いんです。
自宅にいる時間が短くて、月に10日もないくらい。
今日も８連泊の出張の最中です。
だから、家での暮らしを豊かにするという余裕を
あまり持てずにいました。
でも、2019年に唐津にある「HOTEL KARAE」の
開業支援をしたことがきっかけで、
唐津の器に触れ、その良さを知るうちに、
「買ってきた惣菜をパックのまま食べたりするのは
嫌だなあ」と思うようになったんです。
それでお金のかけどころとして、
器に力を入れはじめました。

──
唐津は、唐津焼で有名ですものね。
龍崎
唐津で買った初めての器は、
青い釉薬のかかった素朴な夫婦茶碗でした。
現地のクライアントのかたに、
色々な窯元を紹介してもらいました。
その後も唐津に訪問するたびに器を買って、
少しずつ揃えていきました。
──
いいですね。
龍崎
そのうち、金沢でもホテルを開業する運びになり、
九谷焼の器も気になるようになってきて。
私たちが経営している金沢のホテル「香林居」は、
九谷焼のギャラリーの跡地ということもあって、
100年くらい眠っていた器を譲り受けて、
使ったりしているんです。
──
九谷焼は、華やかなものが多いですよね。
龍崎
そうなんです。
譲り受けた器のほとんどが、
お客様をもてなすときのための豪奢なものだったこともあって、
私の家で使うには華やかすぎると感じていました。
そんなとき、
人間国宝の吉田美統（よしだ・みのり）さんのいる
錦山窯（きんざんがま）という窯に出会いました。
そこに所属している作家さんの、
吉田るみ子さんの「浮世」というシリーズの作品が、
とてもすてきだったんです。
こんな器です。

──
わあ、素敵です！
龍崎
このグラデーションになっている色がきれいですよね。
石川県でふとした瞬間に見える、
夕焼け空の色をモチーフにしているそうです。
──
そうなんですね。
龍崎
夕焼け空って、土地によって全然違うと思っていて、
石川県の夕焼けは、湿度が高いから特に美しいんです。
東京の夕焼けはオレンジっぽいけど、
京都だと紫っぽかったり‥‥。
この「浮世」の器で表現されている色は、
私が石川県で見た夕焼けに近くて、
その土地らしさが反映されている器っていいなと
感じたんです。
──
その土地らしさ。
龍崎
最近は、ふるさと納税の返礼品を選ぶときも、
器にしています。
いろんな土地の器が揃ってきて思うのは、
器には地域の風土のようなものが反映されていて、
土の質感も少しずつ違うし、
釉薬のかけ方や絵付けの仕方など、
地域の独自性があるなって。
そして、それと同じくらい作り手の個性も反映されていて、
その地域の文化・文脈も踏まえながら触れていると、
作家さんが何をどう表現しようとしてるのかがみえてきます。
正統の流れをくんでいる人もいれば、
そこに抗うような人もいるし、
その作家さんの人間性が透けて見える。
だから、器は旅に行ったときのお土産としてすごくいいし、
それをふだんの生活で使えるというのが、
とても素敵なことだと思います。

──
ああ、たしかに。
龍崎
さらにもう１つ、器を買うようになった理由があります。
私は家にいる時間が短いので、冷蔵庫の在庫管理が大変。
食材を「ああ、腐らせちゃう」と思いながら
家を離れるのは嫌なので、
自炊をあまりしたくなくなってしまって。
あと、お皿を洗うのも嫌いで‥‥。
でも、自炊とお皿洗いが嫌だと思う原因って実は、
「好きな器がないから」かもしれないって考えたんです。
──
なるほど。
龍崎
それで、器をどんどん買うようになって、
お気に入りの器が増えてからは、
料理をしたいと思うようになりました。
──
わ、すごいです。
龍崎
別に、凝った料理をしているわけでもないんですが、
せっかくのおいしいものを、
ちゃんとおいしく食べたいと思うようになりました。
スーパーで買ったホタルイカを、
パックからお皿に移して食べるとか、
それだけで「目においしい」ですね。
嫌いだったお皿洗いも、
「愛しいお皿たちをきれいにしてあげたい」と思うと、
そこまで苦でなく思えるようになったのは、
大きいと思っています。
──
いい器があるだけで、
家での暮らしが変わったんですね。
龍崎
そうですね。
器に関連して、今は作陶も結構好きで。
知人の陶芸家のアトリエにお邪魔して、
つくらせてもらったりしています。
プロデュースしているホテルがある地域の砂を持って行って、
粘土に混ぜ込んで食器や箸置きを
つくらせてもらったこともあります。
小笠原諸島のホテル「風土の家 TETSUYA」の
リニューアルのお手伝いをさせてもらったときは、
小笠原の砂浜にあったシーグラスを使って、
器と一緒に焼いてみました。
ガラス釉をかけたようになるんですよ。
そうした試みをホテルでつかう器でも挑戦してみたり、
ホテルを通してその土地の風土感を広げていけたらと
思っています。

──
いいですね。
昔からある大きな窯って、
西日本の、比較的温かい場所に集中してるんですよね。
北国に窯元があまり多くないのは
どうしてだろうと思っていたのですが、
冬が寒い土地はたいへんなんですって。
あるとき、伊賀で土鍋をつくっている「土楽」のかたに、
「冬の時期はどれくらい作陶されるんですか？」と聞いたら、
「冬はあんまり作らないんですよ」と。
なぜなら、粘土が凍るからだそうです。
粘土で形をつくって、素焼きの前に乾かすとき、
冬場は一晩経つと凍って崩れてしまうそうです。
だから北の地域は陶器の窯元が少ないのか、と思いました。
龍崎
たしかに。
──
そういうことをいろいろ知ると、
楽しくなってきて。
龍崎
わかります、興奮しますよね。
──
そうなんです！　
同じく伊賀で聞いた話ですが、
伊賀の陶土は、450万年前に
琵琶湖の底にあった土だということで、
土鍋にぴったりなんだそうです。
龍崎
器と地域のつながりってすごく強いですね。
私もそのような話でいうと‥‥、
さっき、石川県の九谷焼は華やかすぎて、
私はふだんあまり使えないという話をしたんですが、
九谷焼に限らず加賀友禅や輪島塗も、華やかですよね。
──
そうですね。
龍崎
でも、それにも理由があって、
冬の石川はたくさん雪が降るから、
景色が一面真っ白になる。
さらに湿度も高いから、霞がかった景色になる。
そんな景色の中では、
赤などの華やかな色が映えるんだと聞いたとき、
とても納得しました。
ですからホテルをつくるときにも、
その風土と文脈が切り離されないように、
内装を考えています。
金沢に「香林居」をつくるときは、
「一面が薄靄（うすもや）がかっている中に一点、
華やかなものがある」という状況を、
さきほどの錦山窯の「浮世」という茶器で表現しました。
部屋自体、グレーを基調としていて、
白のカーテンを薄靄のようにかけています。
そこに、パステルカラーの幻想的な茶器がある。
再解釈した金沢の美意識としての試みです。
やっぱり器って、風土と切り離せなくて、
そこがおもしろいなって思います。

（つづきます）

2024-06-19-WED

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