おしゃれな女性ファッション誌『sweet』で
連載中の「シンVOW」では、
毎回、すてきなゲストをお迎えし、
VOWについてあれこれ語りあっております。
このページでは、紙幅の都合で
『sweet』に載せきれなかった部分を含め、
たっぷりロングな別編集バージョンをお届け。
担当は、VOW三代目総本部長を務める
「ほぼ日」奥野です。どうぞ。

>関川誠さん プロフィール

関川誠(せきがわ・まこと)

東京都出身。1978年にジェー・アイ・シー・シー(現・宝島社)へ入社し、1980年には『月刊 宝島』の編集長に就任。1989年には女性ファッション誌『キューティ(CUTiE)』を創刊し、初代編集長を務める。

その後も、男性ファッション誌やモノ雑誌、女性向けライフスタイル誌、シニア向けファッション誌など、幅広いジャンルの雑誌創刊をプロデュース。2004年に取締役、2009年には全刊行物を統括する編集総局長に就任した。2018年には、雑誌監修によるファッションブランド協業事業を立ち上げている。

2024年に、宝島社社長に就任。80年代、この世にVOWを産み落とした張本人としてインタビューを依頼したら、快く出演を承諾してくださいました。20年前、宝島社在籍時代のVOW3代目総本部長(ほぼ日・奥野)も大変お世話になったお方。VOW黎明期のお話、勉強になりました!

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第1回 はじまりのVOW

関川
三代目。
──
はい、つつしんで拝命いたしました。
人類の宝であるVOWと
伝統ある宝島VOW総本部長職に
泥を塗らぬよう、邁進していく所存です。
本日は、黎明期のVOWを知る関川社長に
いろいろ勉強させていただけたらと、
緊張しつつも勇んで馳せ参じた次第です。
関川
大げさだなあ。
──
さっそくですが、関川社長は
そもそもいつから関わっているんですか。
この「VOW」という奇蹟に。
関川
つくったときからです。
──
おお、つまり生みの親! VOWの父!
それは、何年くらいのことなんでしょう。
関川
正確には覚えてないんだけど‥‥
1985年とか、それくらいだと思うけど。
──
現在のかたちのVOWが誕生する前夜には
雑誌『宝島』の前身である
『ワンダーランド』という雑誌に、
「Voice Of Wonderland」
なるコーナーがあった‥‥という
古よりの言い伝えがあると思うのですが。
関川
そうですよ。Voice Of Wonderlandって、
街のニュース的な記事を
何でもかんでも入れていたワクですね。
イベント情報も載せれば、
岡崎京子さんのマンガも連載していたり。
そこから、
いまのVOWをかたちづくったのは、
祐(たすく)くんの功績が大きいんです。
だんだん、
彼の個人コーナーみたいになっていって、
いまのVOWにつながっていくから。
──
初代総本部長をつとめられた渡辺祐さん。
いつかご挨拶を‥‥と思いながら、
土曜の朝のラジオドーナッツ聴いてます。
関川
やっていくうちに、あるときから、
読者からへんな写真が集まってきたので、
そこへ祐くんがコメントをつけたり、
さらなる投稿を呼びかけたりしたんです。
──
そのとき関川社長は編集長、ですか?
関川
そうです。雑誌『宝島』の編集長として
祐くんに「任せた」って感じで、
彼の好きなようにやってもらってました。
──
編集長として、VOWのことを
どんなふうにごらんになっていましたか。
関川
バカバカしいなあ、おもしろいなあってね。
まあ、ふつうだけど(笑)。
初期は、とくに強烈なネタが届いてたし。
いや、いまがおもしろくないってわけじゃ、
もちろんないんだけど。
──
わかります。濃ゆ~いネタも多いですしね、
初期って。いまも覚えている物件とか‥‥。
関川
当時のネタは、ほとんど覚えてますけどね。
どれだろうなあ‥‥ああ、これとか。

『ベスト・オブVOW』より 『ベスト・オブVOW』より

──
ああ、われわれファンの間でも有名作です。
赤い衝撃。
ちなみに先日、
吉田戦車さんもこのネタに反応されていて、
というのも、実際に
こういう名前の麺類があるそうなんですよ。
関川
えっ、そうだったんだ。
──
れっきとした正しい名前、なんだそうです。
かた焼きそばのようなもので、
袋麺で売っていたともおっしゃってました。
思うに、あまりに名前が名前なもんで
人口に膾炙しなかったのかもしれない、と。
関川
よく知ってるなあ(笑)。
──
ときに、初期のころのVOWに
「点取占い」って載ってたと思うんです。
関川
ああ、ありましたね。

『ベスト・オブVOW』より 『ベスト・オブVOW』より

──
あれっていったい何だったんだろう‥‥と、
ずーっと思ってるんです。30年以上。
リアルタイム世代ではない自分にとっては、
いまだに「大いなる謎」なので。
関川
あれはね、ああいう商品があったんですよ。
点取占い‥‥という商品が。
──
あのおみくじみたいなものを買うんですか。
つまり、いたいけな子どもたちが。
関川
そうそう。昭和の初期からあったみたい。
文房具屋さんとか、
駄菓子屋さんで売ってたんじゃないかな。
──
ガムとかお菓子についてきたんですか?
関川
いや、そうじゃなくて。
──
えっ、まさかあれが「本体」なんですか?
何かのオマケとかじゃなくって?
10円とか20円とかなんでしょうけど‥‥
それにしたって!
関川
いちどVOWの中で
「点取占いの秘密を探る」みたいな企画を
やったこともありますよ。
結局、製造元までは突き止めたんだけど、
「点取占い」を、実際に
書いていたご本人にはたどりつけなかった。
おもしろいよね。よくわかんなくて。
──
いやあ、おかしな気持ちになるんですよ。
おしりがむずがゆくなるというか。
パッと思いつくものでも
「へんな気持ちになりました 5点」とか。
「なんじゃそりゃ~」と。
関川
シュールだよね。
──
本当に。でもそうか、やっぱり
編集長の関川さん、
初代総本部長の渡辺佑さん麾下、
当時の総本部のみなさんも
「これは何だろう」と思って調べてたんだ。
関川
全国何カ所からも送られてきてたからね。
気になっちゃって。
載せるたびに、けっこう反応がよかったし、
何なんだろうこれ、みたいな。
──
ぼく、現物は見たことないんですけど。
関川
おもしろかったんで自分たちでつくったり。
VOWの中で
「点取占い」のフォーマットで遊んでたよ。
──
勝手に点取占い!
関川
そういうこともあったから、
奥野くんみたいな一般の読者のみなさんは、
よけいに
何だかわけわかんなくなっちゃったのかも。
──
わはは、VOW総本部が、
事態をいっそう混沌とさせてしまった、と。
初期で言いますと、置き薬のパッケージも
おもしろがってたりしてましたよね。
関川
はいはい、あったあった(笑)。
ああいう商品が、まだ存在してたんだよね。
時代的に、まだ各家庭に。
イラストが妙に強烈なんだよなあ、どれも。
──
かぜ薬とか腹いたどめのパッケージだけど、
飲む人の内臓が見えてたりするんですよね。
フリーダ・カーロ的です。
関川
戦後の混沌とまでは言わないけど、
まだまだ「昭和」を引きずっていた文化、
ヘンで、奇妙で、わけのわからないモノ、
時代の余白みたいな何か‥‥を
平成の世に引っ張り出してきた、
みたいなところはあったかもしれないよね。
──
VOWというものは。
関川
そう。

『ベスト・オブVOW』より 『ベスト・オブVOW』より

(つづきます)

2026-10-09-FRI

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