
プロ野球ファンが多い「ほぼ日」に、
東京ヤクルトスワローズの前監督の
髙津臣吾さんが来てくれました。
テーマは「監督の仕事」。
リーグ優勝や日本一を経験した髙津さんに、
あらためてどんな気持ちでチームを率いてきたのか、
話していただきました。
聞き手は、スポーツジャーナリストの生島淳さん。
髙津さんとは選手時代から交流があり、
監督時代には本を一緒につくった仲でもあります。
そんな2人だからこその掛け合いで、
髙津さんの言葉がどんどん引き出されていきました。
厳しい勝負の世界にいながらも、
野球をたのしむことを忘れない髙津さんの
「チーム論」です。
髙津臣吾(たかつ・しんご)
1968年広島県出身。
亜細亜大学から1990年ドラフト3位で
東京ヤクルトスワローズに入団。
守護神として活躍し4度の最優秀救援投手に輝く。
2003年には、通算260セーブ、289セーブポイントで、
当時の日本記録を樹立。
同年、MLBシカゴホワイトソックスへ移籍。
その後、韓国、台湾に渡り、
4ヶ国でプレーした初の選手となる。
2011年、独立リーグ・新潟アルビレックス BC と契約、
翌年は選手兼任監督として日本一に。
同年、現役を引退。
2014年、古巣の東京ヤクルトスワローズで
一軍投手コーチに就任。
2017年からは二軍監督を務める。
2020年からは一軍監督を務め、
2021年にはリーグ優勝、日本一を達成。
2022年もリーグ優勝し連覇達成。
同年にプレイヤー部門で野球殿堂入りを果たす。
2025年で一軍監督を退任。
日本、アメリカ、韓国、台湾、独立リーグでのプレー、
6年間の一軍監督経験を活かして、
野球解説、講演会やイベントの出演、
野球教室など多岐にわたり活動中。
生島淳(いくしま・じゅん)
1967年宮城県気仙沼市生まれ。
NBAやMLBなどの海外スポーツから、
国内のラグビー、駅伝、野球まで
幅広いジャンルを追うスポーツジャーナリスト。
著書に『駅伝がマラソンをダメにした』(光文社新書)
『箱根駅伝ナイン・ストーリーズ』(文春文庫)
『箱根駅伝に魅せられて』(角川新書)
『奇跡のチーム ラグビー日本代表、南アフリカに勝つ』
『ラグビー日本代表ヘッドコーチ
エディー・ジョーンズとの対話
コーチングとは「信じること」』
(ともに文藝春秋)など。
企画・構成をした書籍に
東京ヤクルトスワローズの監督を務めた髙津臣吾さんの
『二軍監督の仕事』『一軍監督の仕事』(ともに光文社新書)
がある。
- ――
- 今日は、
髙津さんと生島さんのお話を聞きたいと
「ほぼ日」の野球ファンが集まっています。
ほぼ日の中に、ヤクルトスワローズファンの集まり
「燕の会」というのもありまして、
そのメンバーは前のほうに集まっています。
- 髙津
- え、燕の会あるんですか!
ほんとですか。
今日のためにつくったんじゃないんですか?
- ――
- いえ、本当です。
みんなでLINEで情報交換したり、
神宮球場に応援に行ったりしてます。
本当です。
今日は、
スワローズの二軍監督を3年、
一軍監督を6年務めた髙津さんと、
髙津さんのご著書『二軍監督の仕事』
『一軍監督の仕事』の本を
一緒につくった生島さんに、
「プロ野球の監督の仕事」について
お話しいただけたらと思っています。
- 生島・髙津
- お願いします。
- 生島
- 打ち合わせで
だいぶしゃべっちゃいましたね。
- 髙津
- 1時間しゃべりましたもんね。
- 生島
- 現役時代から髙津さんのお話を聞いてきましたけど、
まだまだ知らないことがありました。
髙津さんは一度も肩が痛くなったことがないって。
肩を痛めたことないのはピッチャーでは
珍しいことですよね。
- 髙津
- ピッチャーは基本的に肩かひじを痛めます。
特に肩は、酷使する場所ではあるんです。
ぼくは名門・亜細亜大学出身でして‥‥。
- 生島
- 日本一厳しいと言われる野球部。
超名門ですね。
- 髙津
- 大学でも、プロになってからも
ずっと投げてきたけど、
肩だけは丈夫で、痛いなと思ってもすぐ治る。
肩は怪我したことがないです。
その代わり、ひじはひどかったですね。
- 生島
- ひじに水が溜まるそうで。
- 髙津
- そうなんです。
ひじに水が溜まって、
試合のない月曜日に病院に行って、
関節に溜まった水を注射器で抜くんです。
針が関節に入っていくだけで、失神しちゃう。
ぶっ倒れるってわかってくると、
最初からベッドに横になるようにしました。
針を入れたときに
目の前が砂の嵐みたいになってきて、
10分ぐらい寝たままになるんですよ。
- 生島
- わぁ、痛そう。
それで翌日投げるんですか?
- 髙津
- 投げます。
今の選手は病院で注射を打ってきたら、
投げない日を何日か設けたりしますけど、
ぼくが現役のときは関係ない。
- 生島
- 何があろうと投げる。
- 髙津
- 当たり前に投げてましたね。
そもそもチームに報告しない。
- 生島
- 髙津さんは丈夫だったんですね。
- 髙津
- 丈夫だったでしょうね。
22年間、野球をやったけど
手術は1回もしなかったですし。
- 生島
- 昔は病院に行ったことを報告さえしなかったそうですけど、
髙津さんの選手の時代と今では
マネジメントスタイルはずいぶん変わったでしょうね。
- 髙津
- そうですね、
どんどん選手ファーストが進んできているのは
間違いないですね。
みなさんご存じの野村(克也)監督も、
勝負に対しては厳しい人だったけれど、
プレー自体はのびのびとやらせてくれる。
ヤクルトスワローズは
伝統的にのびのび明るくたのしく野球をするチームで
そういうところは変わらないですけど、
昔よりは選手中心に考えて組織作りをして、
マネジメントするのが
今の野球界かもしれないですね。 - ※野村克也‥‥南海ホークス、ヤクルトスワローズ、
阪神タイガース、楽天イーグルスで監督を歴任した名将。
ヤクルトでは1990~98年に監督をつとめ、
日本一3回、リーグ優勝4回を達成。
試合のデータを分析し、相手の傾向や心理を読み解く
野球理論「ID野球」を提唱。
- 生島
- 1年前の今頃はユニフォームを着て
神宮球場に行ってたのが、
今はユニフォームを脱いで、
解説者をはじめいろいろな仕事をしている。
どんな感じですか?
- 髙津
- 10月の頭に2025年のシーズンが終わって、
すべての監督業務が終わりました。
今は何をやっていいのかよくわかんなくて‥‥。
あんまりゆっくりするのも体に悪いし。
でもおいしいもの食べたいし、ゴルフもしたい。
野球の勉強もやっていこうとは
思ってるんですけど、
やっぱりユニフォームを着てないと、
シャキッとしないというか。
不思議な感じですね。
- 生島
- 今日、野球ファンが聞きに来ていますけども、
監督の仕事って想像がつかないと思うんですよ。
まずはどんな1日を過ごすのか聞いてもいいですか?
- 髙津
- はい。
- 生島
- たとえば3連戦の頭の火曜日、
何時に神宮球場に行ってたんですか?
- 髙津
- 基本的に
18時にプレーボールのときは11時ぐらいです。
11時ぐらいに行くと、
コーチはすでに揃ってます。
コーチのミーティングがはじまるのは14時15分。
練習開始が14時半なんですけど。
- 生島
- それでも11時には揃ってる。
- 髙津
- そうです。
ぼくが監督室に向かって階段を上っていくんですけど、
その階段の一番下にミーティングルームがあるんです。
ミーティングルームの近くを
11時ぐらいに通ると
コーチが壁のほうを向いて、
パソコンと資料を見ているんですよ。
ピッチングや相手のバッター、
相手のピッチャーのデータなどを、
選手が聞いてきたらすぐ答えられるように勉強している。
彼らは一体、何時に来てるんだろうって思いますね。 - 試合が終わったあとは
コーチとミーティングをして
神宮球場を後にする。
そんな感じですね。
- 生島
- 21時30分頃にゲームが終わったとすると、
帰るのは日付が変わる前ぐらいですね。
- 髙津
- 23時から24時の間が多かったです。
コーチ陣やスタッフより選手のほうが帰るのは早いですよ。
選手は試合が終わって、シャワーを浴びて帰る。
控えの選手はもっと早く帰る。
- 生島
- 髙津さんに前に取材したときに、
勝った試合のほうが
試合後のミーティングが長くなると
おっしゃっていましたね。
- 髙津
- 負けたときは、
相手ピッチャーがいい球を投げたから打てなかったとか
あのときミスしたとか、原因が明らかなんですよね。
勝ったときは
題材が多くて。
「あのときどうだったの?」、「これどうだったの?」と
不思議なことが多くて、コーチと意見交換します。
勝った試合のほうが時間がかかりますね。
(明日につづきます。)
2026-07-17-FRI
