連続起業家の孫泰蔵さんが、初の著作として
ちょっと変わった本を書かれました。
その名も『冒険の書─AI時代のアンラーニング』
ChatGPTの登場など、変わりゆく世界のなかで
「これから必要な勉強ってなんだ?」について、
孫さんがさまざまな本や思想に触れて考えたことを、
ファンタジー小説やゲームの世界を思わせる
物語風の文章で紹介している本です。
本のサブタイトルに「アンラーニング」とあるように、
過去の常識を抜け出し、新しい学びを
得ていくためのヒントが詰まっています。

糸井重里はこの本にヒットの気配を感じ、
珍しく、読む前から気になる本として紹介。
発売後、本は実際にベストセラーになっています。
このたび、シンガポール在住の孫さんが
東京にいらっしゃるタイミングで、
この本のことをじっくり教えてもらいました。

>孫泰蔵さんプロフィール

孫泰蔵(そん・たいぞう)

連続起業家。
1996年、大学在学中に起業して以来、
一貫してインターネット関連の
テック・スタートアップの立ち上げに従事。
2009年に「アジアにシリコンバレーのような
スタートアップのエコシステムをつくる」
というビジョンを掲げ、
スタートアップ・アクセラレーターである
MOVIDA JAPANを創業。
2014年にはソーシャル・インパクトの
創出を使命とするMistletoeをスタートさせ、
世界の社会課題を解決しうる
スタートアップの支援を通じて
後進起業家の育成とエコシステムの発展に尽力。
そして2016年、子どもに創造的な学びの環境を
提供するグローバル・コミュニティである
VIVITAを創業し、良い未来をつくり出すための
社会的なミッションを持つ事業を手がけるなど、
その活動は多岐にわたり広がりを見せている。
2023年2月に初の著書
『冒険の書─AI時代のアンラーニング』
(日経BP)を上梓した。

ほぼ日での登場は2回め。
前回の記事は、糸井重里との対談
「ご近所の社長は、やっぱりすごい人だった。」

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4.「俺が彼らだったら読まないわ、これ」

糸井
だけど孫さんがされたようなことって、
まったくこういった勉強と無関係に
生きてきた人がいきなりやろうとしたら、
きっとすごく難しかったと思うんです。
ですから孫さんという人が、
こんなふうに本にしてくれたのが、
読むほうとしてはありがたくて。
ああ、うれしいです。
糸井
ただこの本は
「かつて『冒険の書』としてこんな本を
著した人がいっぱいいたよ」
という読書紹介でもありますけど、
「君自身の『冒険の書』でもあるよ」
でもありますよね。
そこで「こうやって進めばみんないけるぞ」
とするためには、
読む人たちに自分も孫さんと同じだと
思ってもらう必要があって。
そのとき、読み手の
「そうはいっても、俺は孫さんと違うから」
って気持ちを埋めていくのが、
第2の関門だったと思うんですよ。
そこは、どうしたんでしょう?
というのも、これを言っちゃなんですけど、
孫さんは東大卒ですから。
「なんやかんや言って東大でしょ?」
とか言われちゃったら、すごい残念ですよね。

いやあ、そこはねえ‥‥。
どうしたらいいんですかねえ。
糸井
東大、出ちゃったから。
そう、出なきゃよかった。
ちょっとね‥‥中退に憧れてたんですよね。
会場
(笑)
ぼくはやっぱりIT業界にいて、
自分にとってのスターがビル・ゲイツさんとか
スティーブ・ジョブズさんとか
そういう方々だったから、
「あの人たちも中退やもんね。俺も中退するべきだ」
なんて思ってたんですよ。
実際のところ、学生時代に
会社ごっこみたいなことをはじめたので、
忙しくて大学へ行けてなくて、
思えば「中退できた」んです(笑)。
もう、本当にそのままやってれば、
自然に中退になる状況まで来てた。
なのに「やっぱり卒業しておいたほうが
いいんじゃないか」と思って、
二浪して、二留して、卒業してるんです。
自分で決めたことではありますけど、
それがね、自分の中の棘(トゲ)として
ずっと刺さってて。
糸井
妙な棘ですね(笑)。ああ。
だから、逆コンプレックスというか。
いつも仕事で「プロフィールください」と
言われるたびに、なんとか学歴とかを
入れないように頑張るっていう、
しょうもないことをしてました(笑)。

糸井
でも、この本のような内容を
誰でもわかるように解きほぐすのって、
実際けっこうな苦労があったと思うんです。
ある程度知ってる人たちを相手にするなら、
いろんな単語もそのまま使えるし、
「ここまで説明しないほうがいいな。
入れると野暮だし」
みたいなことはなるべく入れずに、
ちょっと利口なままでやりとりできたと思うんです。
だけどこの本の場合は、
そこを平気で地面の上に降りますよね。
ここはどういうことが起こったのか。
実はコロナ期間中、だいたい1年くらいで
一冊の本の分量くらいの原稿を書きまして。
で、そのままスピードが加速していって、
1年半後には、その3倍くらい
文章ができちゃってたんです。
それをご覧になってた
編集者の中川ヒロミさんという方が
「本にしませんか?」と言ってくださって。
そのときはいちど
「いやいや、できるわけないじゃないですか。
こんな量だし」ってお断りしたんです。
糸井
「こんな量だし」(笑)。
「そこをなんとか縮められませんか」
と言われて、
「いやいやいや、本を出すために書いてないので」
ともお伝えして。
もともとぼくは「本を出したい」という
思い自体がなかったんです。
どんな方が読むかわからないから、
すごく誤解を与えるかもしれないし、
伝えたいことが伝わらなかったときには、
自分もやっぱりショックだろうから。
そこはコントロールできないじゃないですか。
糸井
渡ったら向こうのものですね。
だからまずは
「ちゃんと伝わる人にだけ伝えられれば、
それでいい」と思っていたんです。
だいたい自分のたのしみとしての勉強だから、
「誰かのために」となった瞬間、
余計なことが入ってきそうで、
おもしろくなくなっちゃう気がしたんですよ。
だから
「ひとまず、自分の中でいちど終わるまでは、
そういう考えを入れたくないんです」
とお伝えして、
「それだったら別に無理してでもないですし」
ということだったんですけど。
そのまま、引き続きやってまして、
結局さらにものすごい量になったんだけど。
糸井
はい(笑)。

それであるとき
「ひとまず終わったな」
と思えるタイミングが来て、
「本という話もあったな」と思い出したんです。
せっかく言っていただいたので、
そこであらためて考えたんですよね。
そのとき、周りにいる子どもたちとかを見たり、
若い子たちと接したりしてて、
「いや、実際いま学校に行って苦しんでるのって、
この子たちだよな」と思って。
まあ、たのしく行ってる子もいっぱいいますけど、
苦しんでる子もいるなと。
こうやってぼくが気づいたことで、
そういう人たちの心がちょっとでも軽くなるなら、
それは伝えがいがあるなと思えたんですよ。
糸井
最初はある意味、自分のためにはじめた
書き起こし(ジャーナリング)が、
案外みんなにも役立つかもしれないと。
ええ。でもそうすると、
自分の書いてきたものだと
そのままそれにはならないので、
「よし、もう一回書き直そう」と思いまして。
そこからさらに2年半かけて。
糸井
そこ、長いですね。
はい、4回イチから書き直しました。
だから実はこれ、
「第4版」みたいな感じなんです。
糸井
はぁー‥‥そういう苦労は惜しまないんですね。
結局ね、コロナが意外と長引いちゃったんで
「まだ出られそうにないな。じゃあ書きますか」
というだけです。
そしてやりはじめたら、難しい言葉とか、
「これ絶対わからんよね」という部分を
ちゃんと書きほぐすのが、すごく大変で。
いろんな本を読まなきゃいけないし、
単純に言葉を変えるだけじゃなく
「前後の文章からまるごと書き直そう」
ということも、けっこうあって。
そういうことをやってたら、
倍くらいの時間がかかった感じです。
糸井
きっと元の文章は、周りの子どもたちとかに
「読んでごらん」って言えないわけですよね。
言えないです。
糸井
だけどいまのこの本の感じだと、
中学生くらいになれば読めるかもしれないですよね。
そこまで持っていくって、
いまおっしゃられたように
「子どもたちにも伝えたいから」でしょうけど、
おそらく生まれ直しくらい大変ですよね。
いや、本当に。
だからイチから書き直さざるを得なかったんです。
だからよくある、文献の引用をしたりしながら、
小難しく書くのをやめまして。
あとは哲学やテクノロジーの用語とか、
知ってる人たちには使うと非常に
コンパクトに伝えられる専門用語を、
ひとつずつひらいていかなければならなくて。
でもそうすると、ものすごい分量になるので、
またギューって縮める必要があって、
さらに2回書き直しました。
それでずいぶん読みやすくはなったんです。
糸井
ああ。
でもそれでも子どもたちを見ると、
「俺が彼らだったら絶対読まんわ、これ」と。
変な言い方ですけど、
彼らが読まないだろうという自信があって(笑)。
それで
「会話的な、セリフで進行する物語形式だと
もう少し読みやすくなるんじゃないか」
と思って、さらに書き換えることにしたんです。
そういう形式って、どうして
読みやすいのかを考えてみると、
私たちは普段から会話が基本で、
喋って言葉をやりとりをしている。
だから会話形式って
人間の脳の仕組みにフィットしてるんだなと。
そういうスタイルを入れたら、
頭に残りやすくなるかなと思ったんですよ。
でも、ぼくは小説を書くのに慣れてないですし、
また「どうしたらいいんだろう?」と(笑)。
そこでいろんな小説とかを読みはじめて。

糸井
ああ、今度は物語にするにあたっての勉強を。
はい。読みまくって、
あるいは映画を観て、字幕に注目しはじめたら
それがおもしろくなっちゃってとか、
そういうこともありまして。
ですから内容はけっこう
ハードコアな哲学や社会学なども
いっぱい入ってるんですけど、
「読みやすい」と言ってくださる方が
わりといるのは、ひょっとしたらそういう工夫を
したからかなというのはあります。
糸井
はぁー。
とはいえやっぱり世の中には、
難しいことをすごくわかりやすく伝える
名人って、いらっしゃるなと思ってて。
漫画家の里中満智子さんが、
藤子・F・不二雄さんの本のあとがきで、
「むつかしいことをむつかしく描くのはできるけど、
むつかしいことをわかりやすく描くのは
すごくむつかしいんです」
と書いてらっしゃったのを見て、
「いや、ほんとにそうだな」と思いました。
自分がやってみて、痛感したんですよね。

(続きます)

2023-05-28-SUN

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  • 冒険の書
    AI時代のアンラーニング

    孫泰蔵 著
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    君が気づけば、世界は変わる。

    「僕らはなぜ勉強しなきゃいけないの」
    「自分らしく楽しく生きるには
    どうすればいいの?」
    「世界を少しでも良くする方法は?」
    「好きなことだけしてちゃダメですか?」

    80の問いから生まれる
    「そうか!なるほど」の連続。
    いつの間にか迷いが晴れ、
    新しい自分と世界がはじまる。

    (本の帯の文章から)