ベストセラー『世界は経営でできている』
『経営教育』などの著者である岩尾俊兵さんは、
佐賀の創業者一族の家に生まれながら、
15歳で自衛隊に入隊、そののち研究の道に進まれた、
ややめずらしい経歴を持つ経営学者の方です。
「この世から不合理と不条理をなくす」を
大目標に、まずは多くの人の発想を
「有限な価値を奪い合う」から
「新たな価値を創って、みんなで幸せになる」へと
変えることを目指して、精力的に活動されています。
また「学者的になりすぎないように」との思いから、
経営者としての実務経験も積まれています。
そんな岩尾さんが、月刊誌『Voice』（PHP研究所）の
企画で、糸井重里に会いに来てくださいました。
そのときのお話がとても面白かったので、
ほぼ日バージョンでご紹介します。
「経営」に対するみんなの意識が変わると、
世界は、変わっていくかもしれない。
（※対談は2024年12月初旬におこなわれました）
岩尾俊兵（いわお・しゅんぺい）
慶應義塾大学商学部准教授、
THE WHY HOW DO COMPANY株式会社
（略称：ワイハウ社）代表取締役社長。
1989年佐賀県有田町生まれ。
慶應義塾大学商学部卒業、
東京大学大学院経済学研究科
マネジメント専攻博士課程修了、
博士（経営学）。
第73回義塾賞、第36回組織学会高宮賞（論文部門）、
第37回組織学会高宮賞（著者部門）、
第22回日本生産管理学会学会賞（理論書部門）、
第４回表現者賞等受賞。
組織学会評議員、日本生産管理学会理事。
「この世から不合理と不条理をなくす」を
究極の大目標として人生をかけて活動。
それを地道に達成する手段として、
社会のメカニズムの解明と伝達をおこなっている。
著書に『13歳からの経営の教科書』（KADOKAWA）、
『世界は経営でできている』（講談社現代新書）、
『日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか』
（光文社新書）、
『日本“式”経営の逆襲』（日本経済新聞出版）、
『イノベーションを生む“改善”』（有斐閣）、
共著に『はじめてのオペレーション経営』
（有斐閣）がある。
最新刊は、
『経営教育─人生を変える経営学の道具立て』
（角川新書）。
2024年より、
THE WHY HOW DO COMPANY株式会社の
社長として再建業務に従事。
- 岩尾
- 実際私も自衛隊にいたとき、
「価値創造」的な提案をして、
すごく怒られたことがあったんです。
- 糸井
- そういう提案ができた場面もあったんだ。
- 岩尾
- 非常に例外的なケースになりますけど。
- 一定の成績を出したり、役職に就いたりすると、
バッジをもらえるんです。
さきほどの「体力徽章」もそうだし、
「生徒会バッジ」とかもあって。 - バッジ、みんなほしいんですよね。
いま考えると「なんでそこまで」って
感じですけど、やっぱりそれが嬉しくなる
舞台装置みたいなのがあって、僕も流されて、
「バッジほしいな」とか思ってたわけです。
- 糸井
- たぶん僕もほしいと思います。
- 岩尾
- でも私、自衛隊にあまり馴染めてなかったので、
上司の判断で、成績的にとれそうなバッジが
「おまえには渡さない」
みたいなことになっちゃったんですよ。 - うちの親とか、自衛隊に入るのを大反対してたので、
バッジをつけた姿を見せたかったんです。
それがダメになっちゃった。ああ、悔しいなと。 - でも１日落ち込みましたけれど、
僕は背が高かったんで、
年に数回、親が来る日があるんですけど、
そのときの行進で、いちばん前のいちばん右の
目立つ位置で行進できるわけですね。
そこでがんばっているところを親に見せられる。 - だからそれでいいやと思って、
１日でケロッと割り切ったんです。
- 糸井
- 授業参観みたいなものがあるんですね。
- 岩尾
- そうなんです。
- だけどそしたらまた、僕があんまり
落ち込んでないのを見た上司の区隊長が、
「岩尾が全然こたえてない」と言って、
行進のメンバーからも外されたんですよ。
- 糸井
- はぁー。価値観がぶつかってたのが、
バレちゃったんですね。
- 岩尾
- まさにそうなんです。
- そこでまたちょっと落ち込んだんですけど、
「まぁ、でもいい。それでも別に
できることがあるでしょう」と思って。
- 糸井
- 切り替えが早い（笑）。
- 岩尾
- そうですね。こういう発想が、
ある意味「価値創造」なんですけど。 - それで「陸上自衛隊生徒」って、
半分学校、半分自衛隊みたいな場所なんですね。
１学年に300人とか、
３学年で1000人ぐらいいるわけです。 - そこでの行進ってみんなでやるもので、
外される人って５人ぐらいしかいないんです。
それも普通、病気とかケガとかが
理由なんですけど、僕だけ１人ピンピンしてる。 - で、その５人は行進のときに
「ほかの人の武器を磨く」という場所に
配置されたんですけど、
実際なんの仕事もないんです。
- 糸井
- ああ。
- 岩尾
- だけど武器係になったので、普段の「区隊長」とは
別の人が僕の上司になったんです。 - だからその人に
「せっかく保護者さんが来るなら、
いろんな武器を説明つきで展示して、
僕ら普段こんなことをやってるんですよ、
という紹介をやりましょうよ」と提案して。 - 「こういう武器とか、こんな通信機とか、
意外にこんなものもあるんです。
さてこれはなんでしょう‥‥なんと、
カレーをつくるでっかい機械なんです！」
みたいなことをできないかと。 - その上司も最初はめんどくさがってたんですけど、
「僕がパネルとか全部つくるんで」と言ったら
「じゃあいいよ」といろんな交渉をしてくれて、
僕は僕で詳細を詰めて。 - そしたら「おもしろそうだな」と言ってくださったんで、
僕もちょっと色気を出して、
「『案内係』という腕章とバッジがほしい」
と言ったわけですね。
すると「いいぞ」と、腕章とバッジを手に入れて。 - さぁ当日、親とかが来るところで、
ほかの人たちが行進してるなか、
僕が１人で案内係をしてたら、
人だかりができたわけです。
「さーて、これはなんだと思いますか？
なんと、カレーつくる機械なんですよ！」
「おおーっ、カレーを作るためだけの
機械があるんだ！ おおー！」とかやってて。 - そうすると１日目はよかったんですけど、
２日目に元の上司がトコトコ歩いてきて
「なにやってるんだ！」と。
「こういうのを提案して」と言ったら、
「誰が許可したんだ！」と。 - そしたら、武器の上司は元の上司より
年下だったんで、
「おまえ、勝手にこんなことを許可するな！」
とその場で僕の腕章をビーっと破って、
バッジをビュン！って引きちぎって
地面に投げ捨てて、足で踏みつぶされたんですよ。
それがいちばん苦しかったです。
- 糸井
- 漫画みたいですね。
- 岩尾
- 腕立て伏せとか、校舎を何十周回れとか、
30キロ遠泳とかは別にいいんですけど、
あれがいちばん嫌でした。
- 糸井
- 心を傷つけるようなことを、あえてするんですね。
- 岩尾
- つまり「変な工夫をするな」ってことなんです。
いまなら理由がわかりますけど。
「価値創造」の余地をなくすわけですね。
その瞬間「もう辞めよう」と思いましたけど。
- 糸井
- だけど「それは外せ」と受け取って、
普通に置いたっていいのに、
わざわざ足で踏みつぶすって、
一種の敵討ちっぽいですよね。
- 岩尾
- 思えばそれはやっぱり、彼らが考える
「偉い順番」で価値を見せたいと。 - 行進のとき、基本はライフル（小銃）を
身につけるんですけど、成績のいい何人かは
ピストル（拳銃）になって、
指揮官として前のほうで歩くんですよ。
いまはサーベル（洋刀）でさらにかっこいいんですけど。 - だから保護者の人たちが来る機会、
そんなふうに注目してもらって、
自分たちが思う序列を見てもらおうとしてたのに。
- 糸井
- その価値体系に、ヒビが入るわけですね。
- 岩尾
- そう。そこで武器の展示とかに視線が行くと
困るわけです。 - だからその人も、そこでの価値観のもと、
正しいと思うことをやっただけで、
まったく悪くなかったと思うんですけど。 - 実際には武器の展示って、保護者のほうも、
そのとき疲れた人とかが見てるだけなんで、
楽しみの総量は増えてるんですけど、
そこで「奪われた」と思ったのかなと。
- 糸井
- 昔むかしの人が考える世界の罪に、
「天つ罪」（あまつつみ）と
「国つ罪」（くにつつみ）というのが
あったらしいんです。 - 一般的な「人を傷つけた」「泥棒をした」とかは
「国つ罪」。
一方で、価値体系そのものを傷つけるような罪は
「天つ罪」。
で、そういうものがいちばん悪いんですよね。 - だから、いまの話も「天つ罪」に対しての、
すごい踏みつけという‥‥。
- 岩尾
- ああ、なるほど。
- 糸井
- 大事な自衛隊のバッジを踏みつけるって、
本当はものすごくいけないことだと思うんです。
けど、それをやっちゃうって、
きっと「天つ罪」を裁くって
命がけでやるようなことなんでしょうね。
- 岩尾
- 踏みつける必要なんかないですもんね。
- 糸井
- だからきっと大事件が起こったら、
岩尾さんのせいにされましたよ。
「ああいうやつのせいで」とか。
- 岩尾
- たしかに。
- 糸井
- 昔、石田純一という人が「不倫は文化だ」と言って、
えらい責められたわけです。
これ、不倫してる人より、
「不倫は文化だ」って言った人のほうが、
罪は重いんです。
「なにがいけないんだ」が、いちばんいけないんですよ。
- 岩尾
- 体系を壊しちゃうから。
- 糸井
- そう。ただ、その価値体系が壊れるところに
面白さがあるのも人間の世界で。 - 僕はわりに若いときから
「犯罪とクリエイティブって実は
相当近いものがあるな」と思ってましたけど、
わりに「天つ罪」に触れるようなことこそが
「価値創造」につながるわけですね。 - そのときの岩尾さんにしても、
別に革命とか言ってなくて、
「その体系そのものが、全体のポテンシャルを
減らしてない？」という疑問というか。
- 岩尾
- そうなんです。
それで「こうしたほうがおもしろいんじゃない？」
ということだったんですけど。 - やっぱり自衛隊って「高信頼性組織」であり、
それこそ「天つ罪」を犯しちゃいけない組織。
そこはまったく求められてなかったんですよね。
- 糸井
- それで、自衛隊をやめて。
- 岩尾
- ええ、コンビニと工事現場で働きながら
高卒資格を得て、大学に進学したんです。
（つづきます）
2025-04-23-WED
-
経営教育
人生を変える経営学の道具立て
（角川新書、2025)このときの対談のあと、岩尾さんが
満を持して出された「経営教育」の本。
「価値有限志向」を払拭するための
お話が丁寧に語られて、
「誰もがみんなが苦しい」という
いまの状況からどう抜け出せばいいか、
岩尾さんの考えを知ることができます。
また、具体的に役立つ
「３つの思考道具」の紹介もあり、
読む方それぞれが自分の問題を
解決していくときの助けにもなります。
考えが非常にストレートにまとまっているので、
岩尾さんの考えに触れる１冊目としては、
まずはこちらの本をおすすめします。
（Amazon.co.jpの販売ページへ）
世界は経営でできている
（講談社現代新書、2024)岩尾さんの幅広さがよくわかる、
「経営」のことをこれまでにないかたちで
解説したベストセラー（15万部突破）。
本来の意味での「経営」の足りなさが
どういった失敗を引き起こすかについて、
さまざまな方向から語られるエッセイです。
‥‥が、文章のクセが強いので、
合う人は笑いながらおもしろく読めますが、
合わない人には全く合わない可能性が。
「自分には合わないかも？」と感じたら、
先に最後の「おわりに」から読みはじめると
岩尾さんの狙いが理解できて、
その見え方が変わるかもしれません。
野中郁次郎先生も、何度も読まれたとか。
（Amazon.co.jpの販売ページへ）