
そんなことあるものかと思うでしょう。
野球中継だって、
ボールの行方を追っているものなのだから。
でも、球場のボールのないところで、
真剣で熾烈でおもしろい戦いが見えてくる。
バントの名人は、野球語りの名人。
動画で配信中の「ほぼ日の學校」の授業の
一部を読みものでご覧ください。
川相昌弘(かわいまさひろ)
野球解説者。
1964年9月27日、岡山県出身。
岡山南高では投手としてチームをけん引、
甲子園に春夏計2回出場した。
1982年のドラフト会議で
読売ジャイアンツから4位指名を受け、
内野手として入団した。
選手層の厚いチームにおいて、
守備力とバントで存在感を示すと、
藤田元司氏が監督に就任した1989年に、
レギュラーを奪取。
以降、ジャイアンツの2番・ショートとして
中軸のつなぎ役として活躍した。
2003年に当時巨人で一緒にプレーした
落合博満監督の中日ドラゴンズへ移籍、
新天地でも貴重な戦力として重宝された。
2006年に現役引退後は中日・巨人のコーチを歴任。
通算犠打数533は世界記録、
ゴールデングラブ賞6回受賞。
現在は読売巨人軍のファーム総監督を務めている。
-
球場でしか見られない守備のたのしみ方。
- 川相
- 球場に行った時、
ピッチャーがボールを持って投げないと
野球がはじまりません。 - お客さんやテレビカメラなど、
球場にいる方やテレビの前で見ている方たち、
おそらく全員が、
「ピッチャーがボールを持って投げはじめる」様子を、
ずっと目で追いかけているんじゃないかと思います。 - ピッチャーが投げて、
「ストライク」「ボール」。
バッターが、「打つ」「打たない」。 - そこをみなさんが、
「ああ、いいプレーだ」
「おっ、エラーした」
「暴投した」
と見ていますよね。 - ただ、その他に球場に行った時しか
見ることができないことがあると僕は思います。 - ピッチャーがモーションに入った時、
注目して見てほしいのは
「内野手や外野手が、どんな形で構えて
スタートを切ってるのか」。 - これに注目すると、
「お、こいつちょっとサボってるな」
「こいつむちゃくちゃ準備してんな」
というのがよく分かるので、
ぜひ注目して
見てほしいなと思います。 - 僕もずっと内野手をやっていて、
一球一球本当に集中して
スタートを切っていた方なので、
そういう視点で今の選手を見ていると、
結構おもしろいです。 - 今、平均して多いのが
膝に長い間手をついて
構えている人です。
ピッチャーが投げる寸前まで
ついている人が多いです。 - たとえば、坂本勇人選手。
ピッチャーが投げるまで、
ピッチャーがモーションを起こして
ボールを離すか離さないかのときに
大体こうやって構えています。

- 僕は、ほとんど膝に手をつかなかったです。
比較的高い姿勢で、
ずっと構えていたんで。 - ピッチャーのモーションに合わせて
後ろから動いていっていたので、
膝につく暇がないです。 - ランナーがいない時は、
ほとんど、構えた時に
かかとに紙が1枚入っています。
つまり、かかとが少し浮いている状態です。

- ずっと膝に手をついて構えていると、
かかとは浮きようがないので、
地面から浮かしにくいんですよね。 - かかとが地面についた状態から動くより、
かかとに紙1枚が入ったくらい浮いているほうが、
瞬間の動きが速くなります。
そのため、僕はスタートをすごく重視する
タイプでした。 - 外野手になると、
遊んでいるのではないかっていうくらいの構えです。 - 「来ねえなぁ」
「暇やなぁ」みたいなね。
こんな感じで構えている外野手は
結構多いと思います。 - ですから、
ピッチャーがモーションを起こす頃
野手がどんな構え、体勢で
準備しているかに注目して見ると、
みんなそれぞれ違います。 - 岡本和真選手は結構低いですよ。
長く膝に手をついて、
半身で低く構えています。 - それぞれのスタートに対する考え方は、
みなさん違うと思いますね。
投手が投げる前の野手の準備。
- 川相
- みなさんは、
ピッチャーが構えるとその手元を見ているので、
ボールが離された瞬間もボールを目で追うと思います。
それで、バッターのところを通った時に
注目してほしいことがあるんです。 - バッターが空振りしました。
バッターがファウルを打ちました。
そのとき、みなさんは大体
バッターがファウルをパーンと打つと
ボールの方をピューッと見ると思います。 - この、バッターがバットを振った瞬間に
野手が「1歩目のスタートを切っているか」
に注目してみてください。 - こう構えていた時にカンと打たれたら
ファウルボールが行った方向に
体は動くはずです。
それが、動いていない人もいる。 - 本当のスタートというのは、
微妙なところですからね。
1歩まで行かない半歩、
それをどうスタートを切るかが、
僕はすごく大事だと思います。 - 内野ゴロを打ったケースは、
その時ボールが飛んでないところの野手が
どう動いてるのかに注目してみてください。 - たとえば、
岡本(和真)選手のところへサードゴロが行きました。
彼はスローイングが安定しているので、
「岡本選手はスローイングがいいから、
暴投はないだろうなぁ」と思って、
セカンドやライトが
「ああ岡本選手なら、大丈夫、大丈夫」
と言っていた時に限って
暴投したりするわけですね。 - その時、セカンドやライトが
バックアップにどれくらいしっかり走っているかを、
球場で注目して見てもらいたいです。
多分、テレビカメラにはほとんど映らないですね。
でも球場へ行くと、それがすべて見えます。 - 注目して見ていると、
もうおもしろいぐらいに分かります。 - こういう
「チームプレーがきちんとできているか」
を球場へ行った時に確認すると、
おもしろい評論ができるんじゃないかと思います。 - もし球場に行かれましたら、
こういうことにも注目して見てほしいと思います。
プロ野球選手が守備をする上で大切なこと。
- 川相
- 技術的な部分のミスに関して、
僕は厳しく怒ったり叱ったりした経験は
ほとんどないと思います。 - 一番厳しくしたのは、
ちゃんと走るべきところを走らなかったり、
カバーリングやバックアップへ
きちんと行けていない時です。
こういうものに関しては、
むちゃくちゃ厳しく言いました。
- 糸井
- それは一軍・二軍・三軍
全部に対してですか?
- 川相
- 全部です。
- 二軍の組織からそれを教育しておくと、
将来的に彼らが一軍に行った時、
もしくは辞めてアマチュアの子たちを教える時に
発揮できると思います。 - 一軍に行った選手は一軍でも
二軍で学んだことをやり続けると思いますし、
アマチュアの子たちには基礎的なことを
伝えたりすると思うからです。 - 一番正しい、良い意味での「伝統」って
そういうところなのではないかな、
と僕は思うんですね。 - ジャイアンツに入った、
当時の二軍は、それがうるさかったです。
「全力疾走しなかったからアウトになった」
「カバーリングに行ってなかった」
「サインプレーでサインを覚えられない」
「サインが分かっていても動きが分からない、出来ない」
ということに対して、
むちゃくちゃ厳しかったです。 - あの当時はもう本当に
「鉄拳制裁」でしたから、
「そんなのは練習せんでええ!」
「出ていけー!」
「帰れー!」
と、大体言われました。 - こういうのを、入った時に
チームプレーで見ていて、
「これは死に物狂いでサインを覚えて
動きを覚えなきゃいけないな」
と思ったので、これだけやったんですね。
- 糸井
- 「本当にやっているぞ」と感じる人を
何人か教えてください。
- 川相
- 坂本(勇人)選手は、
すごい動いているかは別にして、
サインを間違えることがないです。 - もちろん技術も素晴らしいんですけど、
チームプレーに対して
攻撃のサインを間違えたり、
守備でサインを間違えたり、
牽制でサインを間違えたり、
はしないです。 - だから、やっぱり
あれだけの成績を残せるようになった
ということですね。
ボールを持っていない選手に注目してみる。
- 川相
- ボールを持っていない選手の動きは、
意外に大事です。 - たとえば、
本当は一塁手が基点になっているんだけど
ランナーを騙すために、
三塁手がむっちゃフェイントの動きをやったりとか。 - ファーストの100%、
ランナー2塁での100%の時って、
サードの動きがすごく大事なんです。
なぜかというと、
ランナーからよく見えるからです。 - ランナーって
ピッチャーを見ているじゃないですか。
その向こうに、サードがいるわけです。
三塁手がバーッと動いたりすると、
「おっ、これは何かある」と思います。
サードが全く動かないと、
ちょっと安心するんです。 - ですが、サードが動くからって
それにつられてランナーが
「何かある」と構えていると
スタートが遅れます。 - 逆に「何かあるから行こう」と思ったら、
逆をつかれて牽制でアウトになったりもします。
関係なさそうな人も
ちゃんと動いておかないといけません。
- 糸井
- フェイントですね。
- 川相
- フェイントをやらなきゃ
いけないんです。
- 参加者
- そういう騙し合いとか、
カバーミスでポカしちゃった時とかは
グラウンドやベンチより
観客席からの方が一目瞭然ですか?
- 川相
- 完璧に見えます。
解説に行くようになって
「すごい良いところから全体を見ることができる」点が
一番おもしろいです。 - 全体の動きを、
球場の上のスタンドから見ることができます。 - ただベンチから見ていると平坦なので、
遠近感ありますよね。
そうするとみんなの動きを一度にチェックするのは
至難の業なんです - そういうことも分かった上で
スタンドで見ていると、
色々興味が出てきてたのしいと思いますね。
「ああ、サボってるなぁ」
「おい、しっかりカバーリング行けよー!」
とかね。 - 今は声を出せませんが、
「あいつカバーリング行ってねえな」
「遅えなぁ」
「しっかりカバーリング行けよー!」
「サボんなー!」
とかを言えるようになると、
たのしい野球観戦になると思います。
川相昌弘さんの授業のすべては、
「ほぼ日の學校」で映像でご覧いただけます。
「ほぼ日の學校」では、ふだんの生活では出会えないような
あの人この人の、飾らない本音のお話を聞いていただけます。
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