これからほぼ日の學校でなんどもご登場いただくであろう、
矢野顕子さんの授業がはじまります。
初回の授業は糸井重里を聞き手に、「音楽のまえがき」として
あらためて音楽のことをたっぷりうかがいました。
矢野さんの音楽活動の芯になるような思いが、
すっと見えてきます。
その対談の一部を読みものでご覧ください。

>矢野顕子さんプロフィール

矢野顕子(やのあきこ)

ミュージシャン。
1976年、アルバム『JAPANESE GIRL』でソロデビュー。
以来、YMOとの共演や様々なセッション、
レコーディングに参加するなど、活動は多岐に渡る。
rei harakamiとの「yanokami」、
森山良子との「やもり」をはじめ、
石川さゆり、上原ひろみ、YUKIなど、
様々なジャンルのアーティストとの共演も多い。

近年の活動では、
2016年、ソロデビュー40周年を迎え、
所属レーベル・事務所の垣根を越えた
ALL TIME BEST ALBUM『矢野山脈』をリリース。

2017年4月には、上原ひろみとLIVEアルバム
『ラーメンな女たち-LIVE IN TOKYO-』をリリースし、
全国にて白熱のピアノセッションを繰り広げた。
6月、NHK総合 ドラマ10「ブランケット・キャッツ」の
主題歌に新曲『Soft Landing』が起用され、
同楽曲の配信限定リリースがスタート。
11月、7年振り5作目となる弾き語りアルバム
「Soft Landing」をリリースし、
毎年恒例のさとがえるコンサートとしては
10年振りとなる“ソロ弾き語り”でのツアーを開催した。

2018年11月、毎年夏のWill Lee、Chris Parkerとの
トリオが10周年を迎え、限定ライブ盤をリリース。
幅広いジャンルのアーティストとコラボレーションした
アルバム『ふたりぼっちで行こう』をリリースし、
年末のさとがえるコンサートに、
松崎ナオ、大貫妙子、YUKI、奥田民生、細美武士
の各氏を各地のゲストに迎えた。

2020年、三味線奏者の上妻宏光と新ユニット
「やのとあがつま」を結成、
民謡をモチーフに新たな音楽を提案したアルバム
『Asteroid and Butterfly』をリリース。
3月には、お笑いコンビカラテカの矢部太郎原作で
話題を集めた漫画「大家さんと僕」の
アニメ放送で主題歌を担当。
配信シングル「大家さんと僕」をリリースした。
9月には、NYと日本でリモート録音した楽曲
「愛を告げる小鳥」を配信限定リリース。
また、宇宙飛行士の野口聡一さんとの対談による
書籍「宇宙に行くことは地球を知ること」が、
光文社新書より発売中。

2021年7月、ソロデビュー45周年を迎えた。
8月にはニューアルバム『音楽はおくりもの』をリリース。

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  • 音楽を好きになること

    糸井
    何回シリーズになるかわからないですが、
    矢野さんについては、ちょっと多めに、
    ほぼ日の學校の授業をやっていきたいなと
    望んでおります。
    よろしくお願いします。
    矢野
    はい、よろしく。
    糸井
    今日は「まえがき」にあたるところを作ろうと思って、
    まず何から訊こうかと思ったんだけど、
    「音楽を好きになる」について、
    わざわざ教室で、やらなくてもいいんじゃないかなと。
    例えば、世の中にピアノを習ってた人というのは、
    いっぱいいるんですよね。
    矢野
    いっぱいいると思う。
    糸井
    学校の授業でもいっぱい教えてくれる。
    たくさんの人が「まえは習ってたけど」という状態で、
    どこからか縁がなくなるじゃないですか。
    矢野
    そうだよね。
    縁がなくなる人の方が、多いかもしれないですね。
    例えば、
    おばあちゃんが民謡が好きで、三味線が好きで、
    小さいときから民謡が普通にあったという人がいて、
    だけど、そのまま民謡歌手になったという人は、
    それはそれは、すごく少ないだろうと思う。
    でも、いまでもラジオで民謡が流れてくれば、
    「あっ! わたしね、この曲好きなんですよ」
    というふうに言える。
    だから、その人の中に、
    好きの「芽」はちゃんと残ってる。
    でも、小さな芽にそのまんまの水と肥料だけで、
    大輪の花が咲くことはなかなかない。
    だから、例えば、わたしの場合は、
    そのあとジャズが好きになって、
    根っこはジャズなんだけど、その上にちがう花が咲いて、
    いまとなってはいろんな花が、どんどん咲いちゃう。
    糸井
    芽を育てようとしても、芽だけでは枯れちゃう。
    でも、いま「わたしの場合は」と言ったときに、
    急に「根」が出てきたのは、おもしろいね。
    矢野
    あ、そっか。
    糸井
    「根」が残ってる空き地だったら、また芽が出るじゃない?
    矢野
    根は大事ですよね。
    糸井
    ね!
    いま、「ね」ってシャレを言っちゃった‥‥。
    矢野
    わたしはシャレのつもりでは、ありませんでした(笑)。
    糸井
    習いましょうとはじめたときには、
    芽も根もわかんない状態ではじまるんだけど、
    根を生やすような企画になったらいいね。
    矢野
    そうだね。
    それには好きにならなくちゃいけないのかな‥‥。
    わたしは3歳からピアノをはじめて、
    一回も嫌いになったことがなくて、
    ずーっとピアノだったらいくらでも弾いていられる。
    ピアノを弾くことが楽しいというよろこびがあるから。
    これはもう土壌ですよね。
    糸井
    そこには、もう根っこが生えてるね。
    矢野
    そうそう。
    もうあるんで。
    糸井
    ぼくの場合は、音楽を学校で習う前は、
    歌が好きだったんですよ。
    美空ひばりの歌とか、歌えるだけで褒められるし、
    近所の人が、ちょっとお小遣いくれたりするから、
    悪い気はしないよね。
    だけど、学校で音楽を習うようになったら、
    急に好きじゃなくなっちゃった。
    しばらく、音楽が好きじゃない時間があって、
    高学年になって流行歌を覚えるようになって、
    音楽の授業とは別だと思ったら、また音楽が好きになった。
    だから、同じ「音楽」という言葉だけど、
    嫌いだった時期があるんだよね。
    矢野
    うん。
    糸井
    小学校って、1人の先生が全教科教えるじゃない?
    音楽を教える先生っていうのは、
    本当は他の教科とは別なのかもしれないね。
    矢野
    ああ、そうか。

    原点は、小学校の音楽授業

    矢野
    わたしの小学校の4、5、6年のときは、
    同じ先生が担任で、
    その先生は特別支援学級の先生も兼ねていて、
    ときどき混合で授業するの。
    それは忘れられない体験でしたね。
    糸井
    教えて、それ。
    矢野
    わたしがやるのは、やっぱり伴奏なんだけど。
    例えば、
    『しょうじょうじのたぬきばやし』をやります、と。
    特別支援学級の子はタンブリンを
    ウン、タン、ウン、タン、ウン、タンタン、
    とやるのも大変で、
    定まったテンポではできないから、
    なんとなくその子のテンポに合わせて、
    ウン、タン、ウン、タン、、、、ウン、タンタン、と、
    ゆっくりピアノを弾くんだけど、
    曲の半分ぐらいまでできると、
    その子の顔がパァーっと明るくなって、
    それを見たお母さんたちが、すっごい泣くのよ。
    わたしとしては、
    「なんで泣いてるんだろう‥‥」と思うんだけど。
    でも、なんだか知らないけど、このよろこびは何?
    みたいな経験があって。
    その混合授業に音楽を使ったというのが、
    その先生のすばらしいところだと思うんだけど、
    たとえ能力的に平均ではなくても、
    その人ががんばってできたことを、みんながよろこべる。
    そして、そのすばらしさを、
    小学生のときに実際に体験させてくれた。
    このことは忘れられないです。
    そのときにわたしは、
    「お手本どおりに再現するという能力で、
    人を評価するのは、まちがいである」
    ということを、すごく思った。
    糸井
    小学校の高学年で。
    矢野
    うん。
    わたしは『しょうじょうじのたぬきばやし』を
    誰にもできない方法でピアノで弾けるけど、
    一所懸命タンブリンをやってる子と、
    わたしとの間には、何の差異もない。
    それを肌で感じられた。
    もしかしたら、それがわたしの原点かもしれないですね。
    糸井
    そんな話初めて聞いた。
    矢野
    ほんと?そっか。
    糸井
    それはすごい体験。
    矢野
    だよね。
    「あぁ、いいな」という気持ちを共有できるものとして、
    もちろん他のアートもあるけれども、
    音楽はいちばん強いと思う。
    いまでも何か自分が感じられたときに、
    「ああ、ほんとに音楽家でよかった」と思うんです。
    みんなで「いいよね!」の「ね!」の部分を共有できる。
    それを自分が作り出すことができる。
    それは、ほんとに恵まれてるなって思う。
    糸井
    これ音楽の話なんだけど、
    音楽のまだ前の話になるね。
    矢野
    そう‥‥だね(笑)。

    バンド演奏は、音の会話

    糸井
    バンドとか、合奏というのは、
    互いに聴き合って、
    互いによろこび合ってますよね。
    矢野
    うん。
    バンド演奏は、それこそ「人」。
    そのプレイヤー、演奏者がすべてかな。
    人柄じゃなくて、
    その人が何を音楽で出してくるのか。
    そういう会話ができる人。
    または、そうしたい人。
    糸井
    アッコちゃんのステージは、
    ある種の敬意を感じるんだけど、
    わたしはあなたのことを尊びますよという、
    それがやれる人とばかり組みますね。
    矢野
    そうですね。
    そういう人じゃないと、やる意義がないと言うか。
    だいたいどんな人とでも一緒に音は出せますが、
    ここでこの人とやったら絶対楽しい!
    というのがなければ、
    別にやんなくてもいいかと思っちゃう。
    糸井
    とんでもない困難なセッションも(笑)。
    矢野
    やってきました。
    糸井
    最近では、上原ひろみというアスリートのような、
    明らかに種目の違うような人とやりますけど、
    でも激しい敬意がある。
    矢野
    そうですね。
    最近では手の内というか、
    反応の仕方もわかっているので、
    それがわかった上で、
    「わたし2段まで行くからさ」
    「じゃあ、わたし3段ね」
    「じゃあ、その次やるからさ」
    「休んでもいい?」とか、
    そういうことが、音で会話ができるんですね。
    糸井
    楽しそうだね。
    矢野
    そうそう、楽しい。
    うまくいけばね(笑)。
    楽しいですよ、すごく。
    糸井
    上原ひろみさんのほうも、
    アッコちゃんの気持ちをわかっててやってる。
    それはやっぱり「信じる」なのかな。
    矢野
    そうですね。‥‥信頼?
    そういうものを音楽を通して作り上げてきたので。

    まず、音を出してみる

      

    矢野顕子さんの音楽家とのコラボレーションは、
    1976年のデビューアルバム
    『JAPANESE GIRL』の時から。
    このアルバムでは、錚々たるメンバーが名を連ね、
    中でも、世界的ロックバンドである
    リトル・フィートの参加は音楽業界に衝撃を与えた。
    糸井
    デビューのときから、
    でっかい丼ぶりに、海鮮丼みたいに乗っけて。
    矢野
    いろいろね(笑)。
    「だって、うまいんだもん」みたいなね。
    糸井
    リトル・フィートと民謡が一緒に乗っかってる丼ぶり。
    矢野
    (笑)
    糸井
    プロデューサーがやらせたわけじゃないでしょ?
    矢野
    ぜんぜん。
    ぜんぶ自分で。
    糸井
    英語ができるとは思えないのに、アメリカに行って。
    矢野
    本当にねぇ。
    糸井
    「バンマス(バンドマスター)はわたしがやりました」
    っていう。
    矢野顕子のデビューアルバムが、
    どのくらい生意気だったかという話。
    おまけみたいに訊きたいなぁ。
    矢野
    そうですねぇ。
    リトル・フィートのみなさんは、
    最初は、「えっ?えっ?」みたいな感じ。
    だけど、わたしが「こうだから!」と言ったら、
    「あっそうですか」ということで、やってみて。
    でも、やったら楽しいから、わたしと一緒にね。
    糸井
    最初に「やってみる」という段階から始まるわけですね。
    矢野
    そう。
    セッションは、いつでもそうです。
    普通では頼めないような人たちとやるときでも、
    最初に「わたし矢野顕子です」とあいさつしたら、
    「はい!やりましょう」という感じで、
    何の前置きもなく、まず音を出す。
    そうすると向こうも音を出す。
    音でやり取りしてるうちに‥‥
    「あっ、知ってる」(にっこり)
    「同じ種類ね、わたしたち」
    みたいにクンクン匂ってくる。
    そしたら、もうぜんぜん、
    なんにも怖いものないですよね。
    糸井
    その人たちの言葉でやり取りしてるわけだからね。
    矢野
    そうですね。
    糸井
    アッコちゃんは、
    リトル・フィートをレコードで聴いて、
    こういう音を好きな人だなと知ってて
    出かけて行ってるからね。
    矢野
    うん。
    糸井
    でも、相手はアッコちゃんのことよく知らないから、
    東洋からなんか来たぞと。
    矢野
    ちっちゃい子が来たなぁみたいな(笑)。
    糸井
    何か聞いてみようかと思っても、
    よくしゃべれないし、子どもだし。
    矢野
    ほんとよねー。
    糸井
    何歳?
    矢野
    二十歳ですね。
    ‥‥すごくない?
    糸井
    アッコちゃん自身が、
    そういう友達を見つけようとしてるんだね。
    音楽の世界でね。
    矢野
    わたしのこのよろこびを一緒に‥‥
    まるまる共有しなくてもいいから、
    ある程度、共有できる人。
    一緒に足湯浸かってくれるとか、
    一緒に音で遊べるとか、
    バンドはそういうふうにメンバーを選んでいきますね。

    まだ聞いたことのない音をつくる

      

    2020年春、矢野顕子さんは、
    日本を代表する三味線演奏家 上妻宏光さんとの
    コラボユニット「やのとあがつま」を結成。
    ジャンルと伝統を超えた革新的な活動をしている。
    糸井
    最近は、民謡の三味線の人であり歌う人でもある
    上妻宏光さんとやってるけど、
    ふたりの出会いはニューヨークだったの?
    矢野
    そう。
    ジャパンソサエティーのキュレーターの人が、
    上妻さんも大好き、矢野顕子も大好き
    と思ってくれてた。
    このふたりをくっつけたら、
    もっと大好きになるんじゃないかしら
    と思いついて、共演を企画してくれて、
    演ってみたらその通りだった、という。
    糸井
    本人たちもそう感じたわけだ。
    矢野
    わたしは上妻さんのことを名前と
    津軽三味線の人ということだけ知っていて、
    彼がニューヨークに来たとき、はじめて聴いて、
    うわ‥‥これたぶんうまいんだよね、みたいな、
    わたし何も知らないからね。
    だけど、そのとき一番印象的だったのは、
    彼の歌だったのね。
    『田原坂』という熊本の民謡を彼が歌って。
    たぶんいまも、自分のコンサートで彼が歌うのは、
    それ一曲なんですよ。
    本人は、
    自分は三味線の人であり歌で勝負してはいけない、と。
    いまも「やのとあがつま」やってて、
    津軽あいや節の歌と三味線、
    弾き語りでやってもらってる。
    でも、自分は歌手ではないと、
    いまでも、すごく強調してくるんですよね。
    糸井
    それは‥‥。
    矢野
    だけど、声めちゃくちゃいいでしょ。
    糸井
    いい。
    彼は歌をさんざん歌ってる人だと思って、
    ぼくは聴いてました。
    矢野
    でしょ。
    糸井
    上妻さんの方も、
    矢野顕子と組むことに戸惑いはなく、
    なんでも入って行けちゃうんですね。
    矢野
    まだ聞いたことのない音を作る。
    そこからスタートしましょう、ということで同意して。
    糸井
    曲調と言うか、
    こういうふうになるんだという新しさですよね。
    びっくりしたのは、これ両方打楽器じゃねぇか、と。
    矢野
    うんうん。
    津軽三味線は特に。
    糸井
    引っ叩いてる。
    矢野
    そう、当てるからね。
    糸井
    弦が震えてる音は、もちろんするんだけど、
    やっぱり叩いてますよね。
    ピアノもそうですよね。
    矢野
    はい、そうですね。
    糸井
    両方弦を張ってて、両方叩いてる。
    おもしろかったなぁ。
    なんだこりゃと思った。
    矢野
    (笑)
    糸井
    今の今よりも、後にさらに評価されると思う。
    矢野
    ああ、そうかもしれないですね。
    糸井
    今の今は「これはなんだ」になりすぎるんだと思う。
    矢野
    そうねぇ。
    糸井
    外国人に聞かせちゃったほうが早いと思う。
    矢野
    もともと海外向けプロジェクトなので。
    糸井
    そうだよね。
    日本人だと、なまじ知りすぎてるから、
    これは民謡で、これは矢野顕子で、
    と分けちゃうと思うんだよね。
    上妻さんのファンが見に行っても、
    矢野顕子のことを「変わった人よね」
    で済ませないと思う。
    矢野
    うーん、そうかな。
    糸井
    ちゃんとがっぷり組んでて。
    矢野
    それがつくりたかったからね。
    糸井
    ぼくが言っても、しょうがないんですけど、
    おみごとです。

    矢野顕子さんの授業のすべては、
    「ほぼ日の學校」で映像でご覧いただけます。

    「ほぼ日の學校」では、ふだんの生活では出会えないような
    あの人この人の、飾らない本音のお話を聞いていただけます。
    授業(動画)の視聴はスマートフォンアプリ
    もしくはWEBサイトから。
    月額680円、はじめの1ヶ月は無料体験いただけます。