ご自身もひとりの販売員として店に立ち、
洋服を売っている
ライターの岩本ろみさんは、
「この人から買いたい。
ものを売る人がたくさんいるなか、
そう思わせてくれる人がいます」と言う。
短ければ、わずか数分。
ものを買う人の楽しみにそっと寄り添い、
気持ちよく導いてくれるその人は、
どういう道を歩み、何を経験して、
どんなことを知っているのだろう‥‥?
話に耳を傾け、学びたい。
販売員として聞き、ライターとして書く。
岩本ろみさんの不定期連載です。
犬塚朋子(いぬづか・ともこ)
1971年、愛知県生まれ。大学卒業後、1995年に株式会社ビームス入社。「BEAMS TOKYO(ビームス 東京)」、「BEAMS JAPAN(ビームス ジャパン)」、「BEAMS NEWS(ビームス ニューズ)」を経て、2003年に尹勝浩(いん・かつひろ)さんと「Vermeerist BEAMS(フェルメリスト ビームス)」を立ち上げる。国内外でのバイイングと販売を行う。
岩本ろみ(いわもと・ろみ)
洋服の販売員としてはたらきながら、執筆活動を行う。ものを買う側と売る側の両方を経験したことで、その間に生まれるコミュニケーションの不思議さに気付き、日々観察をしている。
- 現在の「Vermeerist BEAMS」は、
原宿・明治通り沿いの
「BEAMS WOMEN HARAJUKU(ビームス ウィメン 原宿)」の
一角にあり、ウィメンズのみを展開しているが、
2003年のオープンから
尹さんがお店を離れる2010年までは、
今よりも渋谷側に数十メートルほど進んだ
煉瓦造りのビルの2階で、
メンズやヴィンテージも取り扱っていた。 - 会社のメインストリームとは距離をとり、
犬塚さんたちが大切にしたかったこととは。
10秒以上の時間をおいて、犬塚さんは
「嘘はつきたくなかった」と切りだした。
- 犬塚
- 商品とお客様に対して
正直で誠実でありたいという気持ちが
すごく強かったんです。
それまでは、本気で好きじゃないものに対しても、
「好きです」という顔をして販売することもありました。
それこそがプロだという見方もあるとは思うんですけど、
そこには窮屈な気持ちがあって。
Vermeeristでは、その必要がなくなった分、
ただのエゴにならないようにしなくちゃという気持ちも
もちろんありました。 - 今もどこまでできているのかはわからないですけど、
清らかでありたいというか。
それは、自分で言うことでもなく、
Vermeeristの空間に入った時に
感じられる方が、感じられることだと思うんですけど。
ちょっと話がずれますけど、続けて大丈夫ですか?
今、すごく葛藤しています。
サラリーマンとして、こうしてお店を
任せてもらっているのであれば、
結果を出せよと思う自分がいて。
- 高校時代の出会いから数えると30年以上にわたり、
「BEAMS」から影響を受け続けてきた犬塚さん。
周りから「どうして独立しないの?」と
聞かれることもあったが、
今も会社が大好きで、育ててもらった恩がある。 - 「Vermeerist BEAMS」は、
犬塚さんが「BEAMS」から学んだことを表現してきた場だ。
これまでがそうであったように、
コロナ禍においても、オンラインショップは設けず、
対面での接客を続けている。
- 犬塚
- 何で伝わらないんだろう、
何でオンラインショップに
負けなきゃいけないんだろうとか。
きれいな気持ちだけじゃなくて、
醜い気持ちになるときもあります。
たとえば、すっごい売れているお店に行っても、
「あ、こういうものが売れるんだ」って、
素直に見れずに、「全然分かんない」みたいに
思うことの方が多いかもしれません。
Vermeeristの商品は、
「着ていく場所がない」と言われたり、
若い方からすると「よし!」と
思っていただかないと買えない値段だったりして、
もしかしたら、今の時代にはあっていないのかもしれません。
けれど、そういった声に寄せた品揃えに変えられるのか。
それができたとして、Vermeeristは、自分自身は大丈夫なのか。
売上を上げるために、いよいよオンラインでの販売を
やらなくちゃいけなくなってきたのかなとかも考えます。
でも、それは本当にやりたいことなのか、
本当にしなくちゃいけないことなのか。
突き詰めて考えると、
やっぱりものじゃなくて、自分の力不足なんだろうなって。 - ちょっと恥ずかしいんですけど。
実は恥ずかしいんですけど。
- 自分の想いと言葉が一致するように
表現を探りながら、
こちらに話しているというよりも、
まるで自身と対話するように続けた。
- 犬塚
- 本当に私、世界一の店だと思っていて。
Vermeeristが。
こんな素敵な店、他にないと思うんですよ。
だけど、私の伝える術がちょっと弱いのか、
それとも自分の思い過ごしだったり、
エゴ、自己満足になってしまっているのか。
どうしたらいいんだろうって。 - お客様にものの魅力が伝わったときの
すっごい、ほんっとうにうれしい気持ち。
それがもう一度ほしくて続けられています。
- 魅力が伝わると購入に繋がる。
- 犬塚
- うん。あとは自然にまた来て下さる。
そんな瞬間を味わうと、
また味わいたいと思っちゃいます。
- 尹さんと一緒に店に立っていたある日、
犬塚さんの顧客様から、急な来店を知らせる電話が鳴った。
犬塚さんは、その人を迎えるのにふさわしい
「服の合わせ」ができていないことに焦り、
「どうしよう」と口にした。
すると尹さんから厳しい言葉が飛んできた。
- 犬塚
- 「お前さ、店を何だと思ってんの」って。
「今日死んでもいいと思える格好で、毎日店に立てよ」
って、言われたんです。
彼からしてみれば、
「それほどの想いで(自分たちはこの店を)
始めたんじゃないの?」ということだったんですよ。
私、本当に申し訳ないと思いました。
彼は毎日お店に対してそういうふうに思っていたのに、
自分はそうではない意識で今日は来てしまったと。
そのときに、
「服って、お店って、
彼にとってはそれくらいのものなんだな」
と思ったし、やっぱりかなわないなと思ったんですよ。 - これまで服だけに生きてきて、
周りから不器用に思われたり、
彼のことを思ったりもするんですけど、
50歳までくると、もう不器用でもいいかなみたいな。
お店という、自分を表現できる場所が
まだあるのであれば、
そこに対して真摯に向きあいたい。
犬塚さんは、何かを買うという行為に対する
私自身の刷り込みを
「よくなくっても教えにきてくださいね」の一言で
揺るがし、売り手と買い手は手を握り合えることを
教えてくれた。- 何を、誰から、どう買うか。
これまでも、購入までの過程では
売り手の存在をはっきりと意識してきたのに、
買った後には、その影が
急に薄くなっていることに気付きもしなかった。
満ちたりた買い物ができたときには、
自然と、ものと自分との関係が深くなり、
売ってくれた人の顔が浮かぶこと、
ときには感謝を伝えることもある。 - 一方で、よくなかった場合の
気持ちのやり場があっただろうか。
誰がどう見ても「不良品ですね」というほどの
ことがないかぎり、
そのことを蒸し返すのがいやで、
わざわざ売り手とコミュニケーションを
とろうとはしてこなかった。 - 犬塚さんは、私の身に生じるかどうかわからない、
未来の不安の芽を先回りして摘み取ってくれた。
その姿勢が、「今よりも悪くなることはないから」と
肩を叩いてもらったような安心感を与えてくれた。
よくっても、よくなくっても終わりじゃない。
そこからはじまる買い物があるということ。
人と人との関わり方がどれほど多様であるかということ。
- 犬塚
- 「(そんな格好をして)今日どこ行くの?」
みたいなことでもないし、
「どこ行くの?」「お店に行くの」っていう感じです。
いつまで会社にご迷惑をかけずに
続けられるかも本当に分からない。
けれど、今日はあるし、明日もあるから、
お店という自分の舞台に、
「犬塚です」と立っていたいなと。
(おわります)
2021-12-24-FRI
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取材・文:岩本ろみ
イラスト:岡田喜之
デザイン:森志帆(ほぼ日刊イトイ新聞)
編集:奥野武範(ほぼ日刊イトイ新聞)