災害や病気の流行、経済の急変など、
世の中の動きが変わるとき、
私たちの考えも変わります。
ずっと同じ考えを持ちつづけることはできないし、
ものごとの優先順位も変わります。
ひとつの考えにしばられてしまったことで
引き起こされたことも、かずかずあります。
しかし、周囲の意見に耳をかたむけて、
考えを訂正したり引き返すことには、勇気が必要です。
考えを変えることを厭わず、無知を恥じず、
よりよいほうへ行こうとする姿勢を持っていたい。
日々考えをあたらしくしていける人、
そんな方にお話をうかがっていきます。
最初のゲストは池谷裕二さんです。
聞き手はほぼ日の菅野です。
池谷裕二(いけがや ゆうじ)
東京大学薬学部教授。薬学博士。
科学技術振興機構ERATO脳AI融合プロジェクト代表。
研究分野は脳の神経回路に内在する
「可塑性」のメカニズム解明。
2013年日本学術振興会賞および日本学士院学術奨励賞、
2015年塚原仲晃記念賞、2017年江橋節郎賞。
- ――
- これは「ダニング・クルーガー効果」?
- 池谷
- はい。
この実験で何が行われたかというと、
たとえば「冗談を理解する力」を問いました。
- ――
- これはまた高度な。
- 池谷
- そう(笑)。
10個ぐらい冗談を見せて、
どの冗談がおもしろかったか、
点数をつけてもらうのです。
そうすると、採点する側は、
「これに低い点をつけているということは、
この人はこの冗談を理解できてない」
ということがわかります。 - 100人調べれば、順位をつけることもできます。
それが先ほどの図です。
横軸の左側が1位で、右側が100位。
- ――
- 理解度の高かった人が左。
縦軸は‥‥?
- 池谷
- 縦軸がね、おもしろいんですよ。
冗談に点数をつけてもらったあとに、
その理解力について本人がどう思ったか訊くんです。 - 「あなたの冗談の理解度は、
100人のうち何番目くらいだと思いますか?」 - もし全員が、自分を正しく評価できたとしたら、
この、対角線の線(灰色)になるはずなんです。
1番の人は1番と評価するし、
20番の人は20番と評価する。
- ――
- ぜんぜんわかんなかったら「100番だと思う」と言う。
- 池谷
- そう。だから対角線になるはずです。
ところが実際には、黒の線になるんですよ。 - ほんとうは80番なのに
「えっと、自分はまぁ、40番くらいだと思います」
と答えている。
30番から先にいる人はみんな
実力よりも自分を高く評価してるんですよ。
- ――
- でも、1番も、
「22番くらいです」と思ってるんですね。
- 池谷
- そうなんです。
実るほど頭を垂れる稲穂かな。
できる人はむしろ謙虚なんです。
「トップじゃないけど、上位には入ってると思う」
という感じ。
そうした実力を低く捉えている人が、
ここの範囲です。
- ――
- 全員が、自分を30番くらいだと思ってるのか‥‥。
- 池谷
- 結局のところ、できない人ほど、
自分を高く評価しています。
- ――
- ちんぷんかんぷんだったら
「70番くらいかな?」と
思ってもよさそうなのに、そうじゃない‥‥。
- 池谷
- これが「ダニング・クルーガー効果」です。
できない人ほど、自分はできると感じる。
- ――
- ああ、イタイ。
- 池谷
- ダニングさんとクルーガーさんが、
2009年にこの事実を発見しました。
- ――
- たった10年ほど前の発見なんですね!
- 池谷
- そうなんですよ。
この論文、ぼくはすごくおもしろくて
「うわ、そうなんだ!」と思って読みました。
なぜ「ダニング・クルーガー効果」が生じるのか、
この論文にはこう書いてありました。
能力の低い人は、能力が低いがゆえに、
自分がいかに能力が低いかが
理解できないんだそうです。
- ――
- うわぁああ。
- 池谷
- これがポイントです。
他人の実力も正しく評価できないし、
自分の実力も正しく評価できない。
結果として、未熟な人ほど自信満々、
という状態が生じるのです。 - これは誰にでも起こるんです。
ぼくにも起こります。
未熟な人、というのは、初心者のことだからです。 - 例えば大学の私たちの薬学部では
大学4年生で研究室に配属されます。
そのときは、その学生は22歳くらいになってます。
- ――
- はい。
- 池谷
- 受験に合格している東大生だし、
けっして頭が悪い学生たちだとは思わないんですが、
研究に関しては、はじめてのことなので、未熟です。
こういうとき「ダニング・クルーガ―効果」が
起こります。 - 未熟だから、分かんないから、
自分を高く評価してしまう。
「けっこうできるんじゃない?」と、甘く見る。
でも研究をはじめてみれば、
そんなことないってこと、だんだん分かってきます。
これは誰にでも、特に
何かはじめたばかりのときに、必ず起こるんです。
- ――
- ものすごく思いあたります。
- 池谷
- しかも、です。
それを本人に伝えた場合、どうなるでしょうか。 - たとえばいまうちの研究室に来たばかりの、
自信満々の4年生にこの論文について話します。 - 「おもしろい論文があって、
ダニング・クルーガー効果って言うらしいよ。
未熟な人ほど、自信満々なんだって」
すると、ほぼすべての人が
こういう反応をします。
「ああ、いるいる、そういう人」
- ――
- 自分が含まれない! うう、そうです、イタイ。
- 池谷
- 自分がそれに該当している可能性に至らないんです。
「そうではない」という偏見を
持っていることに気づかない。
諭しても気づきません。
「ああ分かる、めっちゃ分かる。
そういう人いるよね、身近に思い当たります」
みんなそういう反応です。
たぶんぼくも初心者のときにはそうなります。
これは「バイアスの盲点」という名前がついてます。
- ――
- バイアスの盲点‥‥。
- 池谷
- バイアスとは「認知バイアス」のこと。
つまり、心の盲点。
だから、バイアスの盲点とは、
「心の盲点」の盲点という意味です。
自分の思いこみや偏見に気づいていない、
ということですね。あるいは、
「自分は思いこんでいない」と思いこんでいる。
- ――
- 人間が「考えること」には
落とし穴がありすぎですね。
- 池谷
- 勘違いすることは、あっていいんです。
人間は勘違いするようにデザインされてるし、
そもそも考えること自体、
勘違いすることなのですから。
- ――
- 勘違いという偏見が、考えの基本なんですね。
- 池谷
- そうです。
勘違いをしたり、偏見を持ったりすること。
それでいいんです。しかたない。
けれども「バイアスの盲点」は、
「自分が勘違いしている」ことに
気づかないということ。
だから人は謙虚になれないんです。 - これまでの話でわかるように、じつは我々は、
謙虚になるきっかけを
ことごとく削がれているんです。
(明日につづきます)
2020-07-04-SAT
-
イラストレーション:YAMADA ZOMBIE