災害や病気の流行、経済の急変など、
世の中の動きが変わるとき、
私たちの考えも変わります。
ずっと同じ考えを持ちつづけることはできないし、
ものごとの優先順位も変わります。
ひとつの考えにしばられてしまったことで
引き起こされたことも、かずかずあります。
しかし、周囲の意見に耳をかたむけて、
考えを訂正したり引き返すことには、勇気が必要です。
考えを変えることを厭わず、無知を恥じず、
よりよいほうへ行こうとする姿勢を持っていたい。

日々考えをあたらしくしていける人、
そんな方にお話をうかがっていきます。
最初のゲストは池谷裕二さんです。
聞き手はほぼ日の菅野です。

>池谷裕二さんのプロフィール

池谷裕二(いけがや ゆうじ)

東京大学薬学部教授。薬学博士。
科学技術振興機構ERATO脳AI融合プロジェクト代表。
研究分野は脳の神経回路に内在する
「可塑性」のメカニズム解明。
2013年日本学術振興会賞および日本学士院学術奨励賞、
2015年塚原仲晃記念賞、2017年江橋節郎賞。

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第5回 謙虚になるきっかけがない。

Psychology,2009,1,30-46 Psychology,2009,1,30-46

――
これは「ダニング・クルーガー効果」?
池谷
はい。
この実験で何が行われたかというと、
たとえば「冗談を理解する力」を問いました。
――
これはまた高度な。
池谷
そう(笑)。
10個ぐらい冗談を見せて、
どの冗談がおもしろかったか、
点数をつけてもらうのです。
そうすると、採点する側は、
「これに低い点をつけているということは、
この人はこの冗談を理解できてない」
ということがわかります。
100人調べれば、順位をつけることもできます。
それが先ほどの図です。
横軸の左側が1位で、右側が100位。
――
理解度の高かった人が左。
縦軸は‥‥?
池谷
縦軸がね、おもしろいんですよ。
冗談に点数をつけてもらったあとに、
その理解力について本人がどう思ったか訊くんです。
「あなたの冗談の理解度は、
100人のうち何番目くらいだと思いますか?」
もし全員が、自分を正しく評価できたとしたら、
この、対角線の線(灰色)になるはずなんです。
1番の人は1番と評価するし、
20番の人は20番と評価する。

Psychology,2009,1,30-46 Psychology,2009,1,30-46

――
ぜんぜんわかんなかったら「100番だと思う」と言う。
池谷
そう。だから対角線になるはずです。
ところが実際には、黒の線になるんですよ。
ほんとうは80番なのに
「えっと、自分はまぁ、40番くらいだと思います」
と答えている。
30番から先にいる人はみんな
実力よりも自分を高く評価してるんですよ。
――
でも、1番も、
「22番くらいです」と思ってるんですね。
池谷
そうなんです。
実るほど頭を垂れる稲穂かな。
できる人はむしろ謙虚なんです。
「トップじゃないけど、上位には入ってると思う」
という感じ。
そうした実力を低く捉えている人が、
ここの範囲です。

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――
全員が、自分を30番くらいだと思ってるのか‥‥。
池谷
結局のところ、できない人ほど、
自分を高く評価しています。
――
ちんぷんかんぷんだったら
「70番くらいかな?」と
思ってもよさそうなのに、そうじゃない‥‥。
池谷
これが「ダニング・クルーガー効果」です。
できない人ほど、自分はできると感じる。
――
ああ、イタイ。
池谷
ダニングさんとクルーガーさんが、
2009年にこの事実を発見しました。
――
たった10年ほど前の発見なんですね!
池谷
そうなんですよ。
この論文、ぼくはすごくおもしろくて
「うわ、そうなんだ!」と思って読みました。
なぜ「ダニング・クルーガー効果」が生じるのか、
この論文にはこう書いてありました。
能力の低い人は、能力が低いがゆえに、
自分がいかに能力が低いかが
理解できないんだそうです。
――
うわぁああ。
池谷
これがポイントです。
他人の実力も正しく評価できないし、
自分の実力も正しく評価できない。
結果として、未熟な人ほど自信満々、
という状態が生じるのです。
これは誰にでも起こるんです。
ぼくにも起こります。
未熟な人、というのは、初心者のことだからです。
例えば大学の私たちの薬学部では
大学4年生で研究室に配属されます。
そのときは、その学生は22歳くらいになってます。
――
はい。
池谷
受験に合格している東大生だし、
けっして頭が悪い学生たちだとは思わないんですが、
研究に関しては、はじめてのことなので、未熟です。
こういうとき「ダニング・クルーガ―効果」が
起こります。
未熟だから、分かんないから、
自分を高く評価してしまう。
「けっこうできるんじゃない?」と、甘く見る。
でも研究をはじめてみれば、
そんなことないってこと、だんだん分かってきます。
これは誰にでも、特に
何かはじめたばかりのときに、必ず起こるんです。
――
ものすごく思いあたります。
池谷
しかも、です。
それを本人に伝えた場合、どうなるでしょうか。
たとえばいまうちの研究室に来たばかりの、
自信満々の4年生にこの論文について話します。
「おもしろい論文があって、
ダニング・クルーガー効果って言うらしいよ。
未熟な人ほど、自信満々なんだって」
すると、ほぼすべての人が
こういう反応をします。
「ああ、いるいる、そういう人」
――
自分が含まれない! うう、そうです、イタイ。
池谷
自分がそれに該当している可能性に至らないんです。
「そうではない」という偏見を
持っていることに気づかない。
諭しても気づきません。
「ああ分かる、めっちゃ分かる。
そういう人いるよね、身近に思い当たります」
みんなそういう反応です。
たぶんぼくも初心者のときにはそうなります。
これは「バイアスの盲点」という名前がついてます。
――
バイアスの盲点‥‥。
池谷
バイアスとは「認知バイアス」のこと。
つまり、心の盲点。
だから、バイアスの盲点とは、
「心の盲点」の盲点という意味です。
自分の思いこみや偏見に気づいていない、
ということですね。あるいは、
「自分は思いこんでいない」と思いこんでいる。
――
人間が「考えること」には
落とし穴がありすぎですね。
池谷
勘違いすることは、あっていいんです。
人間は勘違いするようにデザインされてるし、
そもそも考えること自体、
勘違いすることなのですから。
――
勘違いという偏見が、考えの基本なんですね。
池谷
そうです。
勘違いをしたり、偏見を持ったりすること。
それでいいんです。しかたない。
けれども「バイアスの盲点」は、
「自分が勘違いしている」ことに
気づかないということ。
だから人は謙虚になれないんです。
これまでの話でわかるように、じつは我々は、
謙虚になるきっかけを
ことごとく削がれているんです。

(明日につづきます)

2020-07-04-SAT

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