
西川美和監督の映画『わたしの知らない子どもたち』が
10月16日(金)より全国で公開されます。
描かれるのは1945年、終戦後の日本。
主人公は戦争孤児となった子どもです。
前作『すばらしき世界』の制作過程で、
役所広司さん演じる主人公が子どものころ、
戦争孤児と一緒に生き延びたというエピソードから
リサーチをはじめたという西川監督。
スクリーンに映る子どもたちの生き生きとした姿に、
糸井も監督の新たな“挑戦”を感じたと言います。
新作が発表されるたびに会話を交わしてきたふたり、
映画を軸にあちこちへ広がる話をお楽しみください。
西川美和(にしかわみわ)
映画監督、脚本家。1974年、広島県生まれ。
早稲田大学第一文学部在学中から映画製作の現場に入り、
是枝裕和監督などの作品に参加。
2002年、『蛇イチゴ』でオリジナル脚本・監督デビュー。
第58回毎日映画コンクール・脚本賞ほかを受賞する。
2006年『ゆれる』でも、国内映画賞を数多く受賞。
『ディア・ドクター』、『夢売るふたり』、
『永い言い訳』など話題作を数々と手がける。
21年、佐木隆三の小説『身分帳』を原案とした『すばらしき世界』が
シカゴ国際映画祭外国語映画部門観客賞受賞。
糸井との対談は4度目となります。
過去の対談はこちらをご参考ください。
ディア・ドクターのすてきな曖昧。
「夢売るふたり」はややこしいからすばらしい。
きっとここは、「すばらしき世界」だ。
- 西川
- よく「この映画を何で作ったか」という問いの中に、
いつか戦争と向き合おうという気持ちがあったのか、
という質問をいただくことがあるんですが、
そんなものはないんです、実は。
- 糸井
- はい。
- 西川
- むしろ、あまり自分はちゃんと向き合おうとしなかった。
まさに『わたしの知らない子どもたち』
というタイトルの通りですけれど。
- 糸井
- これが、大事なテーマですよね。
- 西川
- そうですね。
私がどの口で、というか、どの語りで、
あの大きな戦争を語り得ようかというところが
大前提としてあったので、
いつか自分の機が熟したら向き合おうなんていうのは、
さっぱり思ってなかったんです。
- 糸井
- 当然そうした質問が来ることは、
西川さんも覚悟していたと思うんですよ。
その時に、自分の中で「なんでだろう」と
考えた機会がものすごくありますよね。
- 西川
- はい。
- 糸井
- それは、僕もそうなんです。
戦争に関するものはいっぱい読みましたし、考えました。
だから蟷螂の斧になってもいいから俺は戦うぞ、
って大声で言う存在になってしまったら、
今まで自分がやってきたことに
大事なことがいっぱいあったと思うんですけど、
その大きな声に全部閉じ込められちゃう気がします。
大きい問題って、包み込みますから。
- 西川
- そうですね。
- 糸井
- 西川さんが今までやってきた、
しょうもない男と女たちも包み込まれてしまう(笑)。
あいつらが考えたことは意味がないぞ、
みたいになっちゃうわけで。
- 西川
- そうなんですよ。
でも、自分でも飲み込まれそうになることがあって、
こういう大きなテーマを扱うと、
もうしょうもない話に戻れないんじゃないかと(笑)。
- 糸井
- 戻りましょうよ。
- 西川
- 私もそうしたいです。
だから、戦争は大きい語り口になっていきやすいし、
そうやって語られてきたテーマだから、
包み込まれたら危ないなと思っていました。 - 初めのころの私の動機としては、
こんな時代だから、子どもが元気にたくましく、
“それでも生きている”という姿が
スクリーンで見られたらいいなという、
ちっちゃいところから始まったんです。
- 糸井
- やっぱりこのタイトルが肝ですよね。
「子どもたち」っていうのが主語ですけど、
「わたしの知らない」が大事。
- 西川
- そうですね。
- 糸井
- わたしって誰かと考えると、監督のことですよね。
つまり、大きく言えば私小説だと僕は読みました。
- 西川
- なるほど、私小説ですか。
- 糸井
- 物語の中で、いろんな大人たちが子どもに反応しますけど、
あの中の誰かが自分ですよね。
- 西川
- もしかしたら現代的な反応かもしれませんけど、
そうかもしれないですね。
- 糸井
- 子どもって受け身じゃないですか。
自分から「海賊王になる」とは言えないので、
押し寄せてきたものに対して身構えて、
負けたり勝ったりする。
それこそ信じられる姿だと思うんですが、
子どもを描くことについてはどうでしたか?
- 西川
- そうですね。
前作が役所広司さんだったんで、
真逆に行きたいなと思ったんです。
- 糸井
- ああー。
- 西川
- なんだってできる方ですよね、本当に。
- 糸井
- そっか。
- 西川
- だから次は、何もしたことがない人と
一緒にやることでしか、
新しい発見と山がない感じがしました。
子どもを主軸にすることは、
嵐の中に踏み込んでいくようでもあったので。
- 糸井
- すっごくいいですね。
- 西川
- だから新鮮でもあり、苦労も多いです。
でも、大人の俳優からは出ないものが確実にあるので、
おもしろかったですね。
- 糸井
- 脚本の段階で、主役を子どもに決めたら、
どういうところから考えるんですか?
- 西川
- 子どもを配役する良さっていうのは、
子どもにしか演じられないものが出てくることだと思うので、
一番いいのは、その子のままカメラが捉えることができれば、
大人には出せない、いろんなものが出やすいと思います。 - ただ、今回の場合はあまりにも
現代の子役が暮らしている環境と当時の状況が違いすぎて、
言葉遣いも含めて「その子のまま」とは全てが違うんですよね。
ですから、一人ひとりが持っているものと、
この役の根っこのところが通じるかなと思いながら
キャスティングをしました。
台詞から何から染み込ませていかなければいけないので、
全部トレーニングしました。
- 糸井
- はあー。
- 西川
- でも、おもしろいことに
子どもたちというのはすごく真っさらなので、
大人が懸念しているよりも、何度も繰り返し同じことをやったり、
それで少しずつ変わっていくことに対してタフだなと思いました。
- 糸井
- 大人にはやれないですね。
- 西川
- 大人は気持ちがくじけちゃったり、
自分の能力のなさとか、
そういうものに早くぶち当たって
傷つきやすいと思います。 - 子どもはまだ、失敗体験も少ないからか、
こちらが恐れるよりもケロッとしている。
1回でいいものが出てくるわけじゃないけど、
何回もやって、
さらにまた少し時間を置いてやってみたら、
できなかったことができるようになってるんです。
- 糸井
- 現場で育つんですか。
- 西川
- 育ちます。
それは見せてもらって、楽しかったです。 - あと、不自然なことをやってもらっているので、
そこは難しかったですね。
現代の子は飢えた経験がないわけで、
それでも物をガツガツ食べなければならない。
しかも「もっとお腹が減ったように」と
演出する私も飢えたことはない。
そこに何の説得性があるのかな
っていう一抹の罪悪感を感じていました。
- 糸井
- ああー。
- 西川
- 近過去なので、
その身体性や飢餓感みたいなものを、
まだうっすら記憶している人が残っている時代に、
実体験のない私があの過酷な戦争について
あたかも経験者のように演出することは、
これでいいのかな‥‥と思っていました。
- 糸井
- その怖さはあったでしょうね、やっぱり。
ちゃんちゃらおかしいって言われそうな。
- 西川
- 本当にちゃんちゃらおかしいと
言われるだろうなと思いながらやっていました。
- 糸井
- 僕なんかでもそうなんですよ。
僕は戦後の生まれなので、
戦争を体験した人に対する、
「触れたら笑われるだろうな」っていう感覚は、
どうしてもありますね。
やっぱり、知らないから。
- 西川
- 糸井さんでも、そうですか。
もう、私としては精いっぱい向き合うしか
ないのかなと迷いながらやっていました。
- 糸井
- 人は性悪説/性善説と言うけれど、
そこはわからないじゃないですか。
はっきり決められない、という
大人たちの歪みがこの映画ではありましたよね。
- 西川
- そうですね。
- 糸井
- いろんな人がいたじゃないですか。
このあたりは脚本の時にできてるんですよね。
- 西川
- 子どもたちだけで話を描いていこうかなと
途中で思ったのですが、
子どもたちが見ているのは大人なので
大人が描けていくな、とは思いました。
- 糸井
- ああー。
- 西川
- ただ、子どもはあまり流暢にしゃべらないので、
子どもの台詞は最小限にとどめながら、
その状況をなんとかしたいけれどできない大人、
目をそらす大人、向かっていく大人、
そういういろんな大人を散りばめて
彼らの言葉を借りながら作っていきました。
- 糸井
- それは、ものすごく脚本に時間がかかりそうですね。
- 西川
- 普段から筆が遅いんですけど、ますます(笑)。
(つづきます)
2026-10-19-MON
-
映画
『わたしの知らない子どもたち』
1945年、終戦。音楽家の父のもとで育った、
12歳の少女・茅野琴子(小八重葵美)は、
戦争によって家も家族も失ってしまいます。
たったひとりで生きるために、
少女という性を隠して少年として生きる琴子。
やがて、同じように家も家族も失った少年たちと出会います。
彼女の担任であった曽根文美子(二階堂ふみ)も、
敗戦によって職と婚約者を失ってしまいます。
戦争によって人生を変えられた人々、
とくに歴史には残っていない、
名前を知られていない子どもたちが
仲間と支え合いながら懸命に生き抜く姿は、
「生きること」そのものの煌めきをとらえています。
広島県出身の西川監督にとって、
戦争や平和といったテーマは身近なものであり、
重々しいものから逃れたい気持ちもあったそうです。
しかし、監督らしい市井の人々を丁寧に描いた物語は、
戦争映画という括りで重く捉えられてしまっては
もったいないと思えるほど、
広く見られてほしい作品になっています。
音楽も素晴らしいので、ぜひ劇場でお楽しみください。また、西川美和監督による
同名の原案小説も発売中です。
映画では語られなかったいくつもの物語が、
描かれています。
2026年10月16日(金)全国公開
出演:
小八重葵美 · 二階堂ふみ · 坂東龍汰 · 櫻井海音 ·
北村有起哉 · 吉田羊 · 竹野内豊 · 岡田准一/田中裕子、役所広司原案・脚本・監督:
西川美和
音楽:
原摩利彦
©2026 K2 Pictures・AOI Pro.
原案小説
『わたしの知らない子どもたち』
2,200円(税込)palmbooks
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