元気な男の子ふたりを育てる
シングルマザーのなおぽんさん。
ふだんは都内ではたらく会社員ですが、
はじめてnoteに書いた文章が話題になり、
SNSでもじわじわとファンを増やしています。
このたび月1回ほどのペースで、
子どものことや日々の生活のことなど、
なおぽんさんがいま書きたいことを、
ちいさな読みものにして
ほぼ日に届けてくれることになりました。
東京で暮らす親子3人の物語。
どうぞ、あたたかく見守ってください。

>石野奈央(なおぽん)さんのプロフィール

石野奈央(いしの・なお)

1980年東京生まれ。
都内ではたらく会社員。
かっこつけでやさしい長男(10歳)と、
自由で食いしん坊な次男(7歳)と暮らす。
はじめてnoteに投稿した記事が人気となり、
SNSを中心に執筆活動をはじめる。
好きなものは、お酒とフォートナイト。
元アスリートという肩書を持つ。

note:なおぽん(https://note.com/nao_p_on
Twitter:@nao_p_on(https://twitter.com/nao_p_on

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こどもの階段、おとなの階段

息子たちが進級して、ひと月が経った。
新年度のスタートは、平穏ではなかった。

ゴールデンウィーク大連休の中日、
保護者会で小学校に呼び出された。
低学年の教室に入り、自分の子どもの席につく。
親たちは一斉に机の中を確認する。
あちらこちらから「なにこれ!」と悲鳴に近い声や、
ため息が聞こえてくる。
おそるおそる次男のお道具箱を引き出した。
4月の始業式にそろえて渡したはずのクレパスは、
すでに半分が行方不明になっていた。
使いかけの消しゴムが5つ出てきた。
「どこかにいった」はずの給食ナプキンは、
期限切れの手紙と一緒に
引き出しの奥にプレスされていた。
深く、深くため息をついた。

一方、高学年の教室へ移動すると、
5年生になった長男の引き出しには
「置き勉」がきっちりとすき間なくおさまっていた。
さすがである。
念のため引き出して奥をのぞくと、
クシャリとした手紙が一枚出てきた。

「私は志望校を変えました。
あなたと同じ中学校には行けません」

彼女からの手紙だった。
もう一度おなじ折り目をつけて、おなじ場所に戻した。
どうやら「よくないこと」があったようだ。

すこし前まで、どんなささいなことでも、
言わなくても良いようなことでも、
逐一わたしに報告してくれた長男。
最近は学校のこと、友達のことをあまり話さなくなった。
そういう「お年頃」になったのだ。

次男は、2年生になること、
自分より年下の子どもたちが入学してくることを
とても楽しみにしていた。
でも、新学期2日目にして不登校になった。
はっきりした理由はわからない。
本人はうまく説明ができないし、
わたしにもカウンセラーにも、
思いを汲んであげることができなかった。
すくすくと成長し体力がついてきた分、
暴れると祖父母では手がつけられなくなっている。
朝から職場の電話がなり、
「大声をだして暴れている」と
実家から連絡をうけたこともあった。

どうすることもできず、
小学校に相談の電話を入れると、
すぐにスクールカウンセラーの先生が駆けつけてくれた。

気持ちの暴走が止められない次男。
スクールカウンセラーから
「ほかの選択肢も考えてみませんか?」と言われた。
つまり通院のことだ。
入学したころ、
病院に行ったほうが良いかと聞いたときに、
「まずは一緒に見守ってみましょう」と
止めてくれたのは先生のほうだった。
一年が経ち、やんわりと通院を勧められると、
「手に負えない」と公に判定された気がした。
わかっていたことなのに心にズシッときた。

時間がたって落ちついた次男は、ニコニコと笑っている。
こちらも穏やかに「朝はどうしたんだろうね」と聞くと、
「ごめんね、ごめんね」と繰り返す。
きっと本人にも説明のできない
感情の発作がそこにあるのだ。

1年生最後の個人面談のとき、
担任の先生から、印象深い言葉をもらった。

「僕は一年をかけて、
やっと彼とのつき合いかたがわかりました」

授業中もつねにうわの空で、足をバタバタさせたり、
キョロキョロしたり、手遊びをしていたりと、
いつも集中していないように見える。
でも話をすれば、話はすべて頭に入っていて、
いつでもきちんと答えられるのだという。
実際、配られたプリントはなくしてしまうけれど、
先生に聞いた内容を一言一句おぼえていて、
伝えてくれることはよくある。
宿題のドリルをもち帰り忘れても、
暗記していてノートに書いてしまうこともある。

「彼なりのやり方で、
学校生活に心を傾けてくれているのだと思います」と
励ましてくれた先生は、
2年生で別のクラスに移動してしまった。

体は2年生になったが、
理解者がいなくなって心が追いつかないのだろうか。
次男の中に、母にもうまく話せない
心の葛藤があるのかもしれない。

謎の生きもの「男児」だったふたりが、
成長して「男子」になりつつある。
異性であるふたりを母の手ひとつで育てることに、
すこし不安を感じ始めていた。

「母さん、キャッチボールにいこう」

保護者会が終わって家に戻ると、長男が言った。
前日は地元の少年野球チームの公式練習だった。
翌日はきまって「筋肉痛がひどい」と泣き言をいって、
素振り練習をサボろうとするのにめずらしい。
次男は「絵をかいてまってる」と留守番をえらんだ。

公園に向かう道は、
ふだん会社から帰ってくる時間よりずっと明るかった。
塀の上の猫も、ものめずらしげにこちらを見ている気がする。

長男のボールは、ぐんと伸びるようになった。
パシッといい音をたててグローブにおさまると、
手がじんとした。
半年ほど前には、
普通のキャッチボールができなかった長男。
信じられないスピードで技術を吸収する
少年期の体に驚かされる。
どこか悔しくもある。
1時間もキャッチボールをすると、こちらはヘトヘトだ。
夕暮れ薄暗くなってきてボールもよく見えない。
「もう帰ろう」と声をかけると、
消化不良ぎみに「いいよ」と返事がきた。

「母さん、手をつないでいい?」

すこしだけ驚いたのを悟られないように
「いいよ」と応えた。
まだ小さい手の、親指のつけ根の厚みが増してきた。
日に焼けてカサカサした皮フには、
すこし青年らしいたくましさすらある。
こちらを見上げる長男の笑顔は、
最近、わたしによく似てきた。

家までのわずかな道を、ふたりで手をつなぎ歩く。
「いろいろあるよね」と長男がいった。
「いろいろあるね」とオウム返しした。
まもなく声変わりの時期だ。
前よりすこし低い、でも青年に成りきらない声音も、
わたしによく似ていると言われる。
「机、みた?」
「あ、うん。教科書きれいに入ってたね」
手紙を見たことは言わなかった。
「ああ、そう」長男は深く息をはいて、
すこし考えた。
そして、「フラレちゃった」と笑った。
口角をめいっぱい広げて目尻をおとした
無理やりなつくり笑顔は、わたしの顔だった。

そんなことまで似なくていい。
悲しいときは泣けばいいじゃない。
息子にかけたい言葉が
ブーメランになって心に突き刺さった。
「まあ別にモテるからいいんだけどね」。
余裕の笑みを浮かべる自己肯定感高めの長男節は、
母を心配させまいとする
彼の防御壁なのかもしれない。
「モテはいいから勉強がんばってよ」
「顔も頭もよくなくちゃね」
ふたりで笑った。

家に帰ると、お絵描きをしながら
留守番するといった次男が、
「どうしてボクをおいていったの!」と
バットを構えていた。
いつものように暗くなった道を、
3人でもう一度公園へと歩いた。

イラスト:まりげ

2024-05-24-FRI

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