元気な男の子ふたりを育てる
シングルマザーのなおぽんさん。
ふだんは都内ではたらく会社員ですが、
はじめてnoteに書いた文章が話題になり、
SNSでもじわじわとファンを増やしています。
このたび月1回ほどのペースで、
子どものことや日々の生活のことなど、
なおぽんさんがいま書きたいことを、
ちいさな読みものにして
ほぼ日に届けてくれることになりました。
東京で暮らす親子3人の物語。
どうぞ、あたたかく見守ってください。

>石野奈央(なおぽん)さんのプロフィール

石野奈央(いしの・なお)

1980年東京生まれ。
都内ではたらく会社員。
かっこつけでやさしい長男(10歳)と、
自由で食いしん坊な次男(7歳)と暮らす。
はじめてnoteに投稿した記事が人気となり、
SNSを中心に執筆活動をはじめる。
好きなものは、お酒とフォートナイト。
元アスリートという肩書を持つ。

note:なおぽん(https://note.com/nao_p_on
Twitter:@nao_p_on(https://twitter.com/nao_p_on

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にじ

「お母さん、今日の歌は息子さんが選んだんですよ」
門をくぐると、
園長先生がかけよってきて声をかけてくれた。

3月9日、偶然にも6回目の次男の誕生日は、
保育園の卒園式だった。
卒業ソングの定番以外の一曲を、
子どもたちが話し合って決めたという。
次男の選曲なら、大好きなあの歌だろう。
いつも公園でうたってくれた歌、
シンガーソングライターの
新沢としひこさんが作詞を手がけた『にじ』だ。

次男には特性がある。

いわゆるADHDの傾向を指摘されたのは、
3歳児検診のときだった。
わたしの目には2歳になる前から、
明らかにほかの子どもとちがって映っていた。

走りだすと止まらない。
チョウを追いかけて、
道路でも線路でもとびだしてしまう。
普段はじっとしていられないのに、
何かに集中すると、
どんなに声をかけてもこたえない。
こだわりが強く、気持ちのコントロールができない。
急に大声をだしたり、大あばれしたり。
大きな音が苦手でパニックを起こすこともある。
「元気でやんちゃな子」
「しつけが行き届いていない子」
次男の「ちがい」を、そんな言葉におしこめたくない。
彼は、わたしには見えないものを見て、
感じられないものをキャッチしているように思えるのだ。

第二子だったから妊娠、出産、子育て、
すべてにこころの余裕があった。
37歳での妊娠はすべて順調だったわけではなく、
お産も軽くはなかった。
それでも、長男の経験のぶん、
ちょっとやそっとでは動じなかった。
成長の異変を感じても、わたしは落ち着いていた。
公的支援施設に相談し、専門機関で検査をうけ、
休日は月に一度、療育に通うことになった。
小学校入学が近づくにつれ、
精神科の受診と服薬をすすめられた。
クスリを飲めば、
教室でおとなしく席に
すわっていられるようになるらしい。
じっくりと説明をきいても、
それが本当に「彼のため」なのか、
わたしにはわからなかった。
結局、クスリは、のまないことにした。
彼の世界をそのままにしてあげたかった。
彼は、ルールに縛られなければ、
いつだっていきいきと楽しそうなのだ。

春は、虫とり。

小さなチョウがひらひらと舞いはじめると、
兄弟は目の色をかえて追いまわし、
岩陰に眠るテントウムシも、早々に起こされる。
次男は、大量にシロツメクサを摘んでくれた。
「かあさん しあわせの よつばのクローバーだよ!」
と渡されたのは、すべて三つ葉だった。
茎にはびっしりとアブラムシ。
私は、笑顔でうけとり、そっとビニール袋にまとめた。

夏の夜は、ロマン。

カブトムシコレクターの友人の話では、
埼玉県川口市の安行は自然ゆたかで、
まだカブトムシのとれる森があるという。
夜中に出発して車で行けばそう遠くはないよ、
と友人が話し始めるのを
「行きません!」とすばやくさえぎる。
すでに次男は、靴を履こうとしていた。

秋は、夕暮れ。
もう帰ろうと声をかけても帰らない。

虫とりのシーズンがとっくに終わっても、
兄弟は虫あみをふりまわす。
うっかり目をはなしたすきに、
次男は公園の用水路に、あみをつっこんでいた。
うきもにこえびやらなんやらかかり、
大漁だ大漁だとさわぐ。
兄もくわわって何かにとり憑かれたように
びしょ濡れになって遊び、
くしゃみをひとつしたところで、はじめて気づく。
「さむい!」
母さんは、もうずいぶん前からずっとさむい。

冬は、電車。

電車にのると、
前面展望ねらいの長男はすばやく先頭へむかう。
次男は靴をぬいでそろえて置くと、
座席にひざをつき、
窓の外をみて「はぁっ」と深くため息をついた。
外の景色への感動か、電車にのれたことの嬉しさか。
どちらでもなく、
それは電車のブレーキエアーのまねだった。
駅を出発するごとに、
電車と次男は「はぁっ」と息をはきだす。
そのたびに、窓が白くくもった。

思い返せば笑ってばかりで、
あっという間に一年は過ぎた。

保育園のお遊戯ホールの即席の壇上に次男がのぼる。
いつもとちがう雰囲気に子どもたちも緊張気味のなか、
息子だけはのん気にこちらに手をふり、場をなごませた。
あちこち見回したり、お友だちをのぞきこんだり、
今日も落ちつかない。
わたしは、まったくもう、と笑った。

ふいに、ピアノの音がなった。
ふらふらとカラダをうごかしていた息子が、
指先までぴんとして、肩で息をすった。

にわのシャベルが いちにち ぬれて

一年中いつだって、わたしたち家族は笑っていた。
だけど、本当は楽しいことだけじゃなかった。

雨があがって くしゃみを ひとつ

正直にいえば、不安ばかりだった。

わたしにふたりの息子たちを育てられるのだろうか。
息子たちを幸せにできるのだろうか。
わたしの選択についてきてくれた息子たちは
今、幸せだろうか。将来はどうなるのだろうか。
就学とともに療育機関の援助が終わる次男。
しっかりものの長男だってまだまだ心配だ。
彼をわたしが成長させてあげられるのだろうか。

次男は、すこしななめ上をむいて、堂々とうたっていた。
となりで見ていたわたしの母がいった。
「あの子が。あの子が、立派にうたっているね」
そうだね、と答えようとして、言葉につまった。

くもがながれて 光がさして みあげてみれば

この春が近づき、次男は突然、
「中目黒」と漢字を書くようになった。
東京メトロ日比谷線の電車表示を見ておぼえたらしい。
昆虫の名前を図鑑で調べたいがために、
自力ですべてのカタカナをおぼえた。
好きなチョウは「アレクサンドラトリバネアゲハ」だと、
文字と絵で教えてくれた。

ららら にじが にじが 空にかかって 
きみの きみの 気分もはれて

保育園にお迎えに行くと、
相変わらず、彼ひとり、
園庭を走りまわったり寝そべったりしている。
けれど、わたしの想像をこえて、彼は成長している。

きっと あしたは いい天気 
きっと あしたは いい天気

明日、なにが起こるのかなんてわからない。
だけど、きっと明日はいい天気だ。
わたしたち家族の空には、きっと虹がかかる。

卒園、入学おめでとう。

イラスト:まりげ

2023-03-27-MON

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