こんにちは、ほぼ日の奥野です。
昭和の東京喜劇で大爆笑を取り続けた俳優・
三木のり平さんを知る旅に出ます。
数多くの喜劇役者や舞台人に影響を与えた
「三木のり平さん」については、
世代的に「桃屋のＣＭ」しか知りません。
もちろん、それだって大名作なのですが、
のり平さんが役者人生を賭けた
「生の舞台」については、
現在から遡って見ることは、むずかしい。
そこで、生前ののり平さんを知る人や、
のり平さんをリスペクトしている人たちに、
「のり平さんって、
いったい、どんな人だったんですか？」
と聞いてまわることにしたのです。
のり平さんの孫・田沼遊歩さんも一緒です。
不定期連載第２弾は、
ケラリーノ・サンドロヴィッチさん篇。
のんびりじっくり、お付き合いください。

＞ケラリーノ・サンドロヴィッチさんプロフィール

ケラリーノ・サンドロヴィッチ

劇作家、演出家、映画監督、音楽家。1963年東京生まれ。1982年、ニューウェイヴバンド「有頂天」を結成。ボーカルを務め、86年にメジャーレーベルデビュー。インディーズブームの真っ只中で音楽活動を展開。並行して運営したインディーレーベル「ナゴムレコード」は、たま、筋肉少女帯、人生（電気グルーヴの前身）らを輩出した。80年代半ばから演劇活動にも進出。劇団「健康」を経て、93年に「ナイロン100℃」を結成。結成30年以上になる劇団のほぼ全公演の作・演出を担当。また、自らが企画・主宰する「KERA・MAP」「ケムリ研究室」（緒川たまき氏と共同主宰）等の演劇活動も人気を集める。99年、『フローズン・ビーチ』で岸田國士戯曲賞受賞。ほか16年上演『キネマと恋人』『ヒトラー、最後の20000年～ほとんど、何もない～』にて第51回紀伊國屋演劇賞個人賞、『キネマと恋人』にて第68回読売文学賞戯曲・シナリオ部門賞、『8月の家族たち』にて第24回読売演劇大賞最優秀演出家賞、18年上演『百年の秘密』（再演）にて第26回読売演劇大賞最優秀作品賞・優秀演出家賞、’24年上演『桜の園』にて第32回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞など受賞歴多数。18年秋、紫綬褒章を受章。音楽活動では、ソロ活動や鈴木慶一氏とのユニット「No Lie-Sense」のほか、2014年に再結成されたバンド「有頂天」や「KERA＆Broken Flowers」でボーカルを務め、ライブ活動や新譜リリースを精力的に続行中。隔月ぺースで開催している犬山イヌコとのトークライブ「INU-KERA」は15年を超えて現在も継続中。X（旧Twitter）アカウントは「@kerasand」。

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第７回


蘇る三木のり平（脳内）

遊歩
別役実さんの舞台に
うちのおじいさんが出ることになった
きっかけって
KERAさん、ご存じですか？
KERA
たしか、いつもよりちょっと
予算がかけられるってことになって、
別役さんが、だったら
三木のり平さんにお願いしたい、と。
でも、のり平さんのご事務所の方から
ざっくり‥‥
まあ、演劇の予算では
なかなか難しい金額が出てきて（笑）。
そこをどうにか
安くしてもらったって話を聞きました。
たしか内田洋一さんの書かれた本にも、
その話は出てくるんじゃないかな。
遊歩
ずっと新劇の舞台に出てなかったのに、
最後で出たというのは、
どんな思いがあったのかと気になって。
KERA
はじめは、その金額じゃ無理ですって
言われたみたいなんですけど、
最後は、
別役さんが口説き落としたみたいです。
別役さんは通常ホンを書かれるだけで
演出はなさらない。
稽古場に通うこともないんですが、
このときはさすがに
ちょこちょこ顔を出していたそうです。
１本目の『はるなつあきふゆ』も、
２本目の『山猫料理店』も。
遊歩
ふたつも連続で出たのは、
本人としてもおもしろかったのかなあ。
KERA
そうじゃないですか。
遊歩
どういうところがよかったんですかね。
KERA
のり一さん関連の本で、
そこをあんまり詳しく書かれたものを
読んだことないんですけど、
少なくとも別役さんの本には、
のり平さんも、
乗り気だったというふうに書かれてる。
もともとは新劇から出てきて‥‥って、
言っていいんですよね？
遊歩
大丈夫だと思います。
──
戦後すぐに、
ゴーゴリの『検察官』というお芝居に
ご出演なさったことがあると、
小田豊二さんの聞き書きの本
『のり平のパーッといきましょう』に
書いてありますね。
でも、芝居そっちのけで
共産主義の宣伝みたいなことばかりで、
そのことで
新劇に嫌気が差して‥‥って。
KERA
でも最後の最後、新劇に戻っていった。
あの芸風、あの演技の色は
新劇から出てきたものだって考えたら、
たしかに納得いく気がします。
遊歩
新劇の人たちは戦時中、
特高に目をつけられていたそうですが、
のり平も捕まっちゃったそうです。
──
そのくだりは、
のり一さんの本に引用されていますね。
そのとき、
いわゆる「ブタ箱」で出てきた弁当が
青島幸男さんのご実家・
弁菊のお弁当屋さんのお弁当だったと、
そんなオチまで含めておもしろい。
KERA
ひとりの喜劇人の中にも、
お笑い界全体にも変遷がありますよね。
いまのお笑いの人たちって、
ぼくらが学生の時代、
『THE MANZAI』がはじまったころに
最前線でやってた人たちより、
はるかにうまいと思うんです。
遊歩
超絶技巧って感じがありますよね。
いまの人たちって。
KERA
いろいろできて当たり前みたいな、
全体のレベルの高さを感じるんですよ。
その一方で、昔の‥‥
たとえばツービートなんかの漫才とか、
ギャグではもう笑えないんだけど、
いつ襲いかかってくるかもわからない、
ある種の「怖さ」がある。
いま見返しても怖いです。
ああいう危なっかしさを持った喜劇人、
いまは、なかなかいない気がしますね。

──
ぼくは、芸人さんや漫画家さんの
大喜利大会が好きでよく見るんですが、
あの分野もどんどん変わっています。
まず「笑点」があり、
そして「お笑いマンガ道場」があり、
その後「ダイナマイト関西」だとか
「IPPONグランプリ」
「ギャグ漫画家大喜利大会」
なんかを経たいま、
だいぶバトルな感じが薄れてきていて。
みんなでこの場をおもしろくしよう、
という、ある意味で
寄席っぽ感じも出てきているような。
KERA
そうなんですね。
とにかく昔むかしの喜劇の人たちって、
「やむにやまれぬ何か」が
あふれ出てちゃってる感があるんです。
遊歩
全盛期のたけしさんなんか、
まったく目が笑っていなかったりして。
怖いくらいでしたもんね。
KERA
どんなにウケてても、
どこか冷めてる感じはありましたよね。
──
何年か前、たけしさんが
中野サンプラザでやった単独ライブを
観にいったんですが、
ある種の密室空間のなかで、やり放題。
メディアに書けないどころか、
人にも言えないくらいの、
とんがったネタのオンパレードでした。
今日のライブの内容は
絶対にツイートしないでくださいって
会場とかパンフレットとか、
あちこちに注意書きがあるんですよね。
炎上するから。
KERA
そんなことやってたんだ。
──
あらためてですけど、
舞台って本当にすごいところですね。
生だし、その場の直のやりとりだし、
あこがれの人がすぐそこにいるしで。
遊歩
舞台やライブ、生の価値って、
どんどん上がってる感じがしますね。
KERA
ああ、そうですか。
ほんと、そうであってほしいですね。
──
KERAさんは、
ご自身がやってらっしゃることの中に、
のり平さんの存在を、
お感じになることはあるんでしょうか。
KERA
まず、ぼくのなかには、
確実に「別役実さん」がいるんですよ。
こんなに長くやってきても、
まだまだ別役実さんのパスティーシュ、
模倣をやってる部分がある。
その「部分」を「全体」に拡張して、
自分だけ楽しんでるような演目すらある。
──
それほど大きな存在なんですね。
KERA
ぼく、ホンを書いてるときに、
頭のなかで演出もしているんですけど、
劇団の公演だと、
もう何十年も一緒にやってきてるから、
役者がどんなトーンで台詞を言って
どんなふうに動くかわかりすぎちゃって、
ぜんぶ書ききる前に
どこかシラケちゃうこともあるんです。
で、やってみたら、そのとおりになる。
まあ、それはそれで
一概に悪いことだとも言えませんけど、
やっぱり「つまんない」んです。
──
なるほど。
KERA
でも、ぼくがつまんないと思っていたら、
演者だってきっと物足りない。
だから、ときに
あえて頭のなかで役者を入れ替えて、
本来その役には
あたらないような役者にあてて書く、
ということをやってみる。
そのときに、たとえば
「三木のり平」に置き換えたりします。
遊歩
ああ、そうなんですか。
KERA
嘘っぽかったり、逆に生々しすぎたり、
いろいろあってうまくいかないときに、
劇団員じゃなくて
別の誰かさんに置き換えて考える。
その中の一人が、のり平さんなんです。
──
なるほど。
KERA
そうすると、「三木のり平さん」が、
その役のたどりつくべきところの、
ひとつの目安にもなったりするから。
演じる役者にも
「俺、いま頭のなかにいるのは
三木のり平さんなんだけどさ」って
説明すれば、わかりやすいし。
遊歩
はい。
KERA
自分の頭のなかで、
会ったこともない三木のり平さんを
蘇らせてるんです。
たまーに、勝手にね。

（おわります）

撮影：福冨ちはる

2025-07-22-TUE

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  • 何はなくとも三木のり平

    俳優‥‥といってしまうだけでは到底、
    その多才ぶりを表現できない
    故・小林のり一さんが、
    実の父であり、
    戦後東京喜劇の大スターでもあった
    「三木のり平」について、
    膨大な資料や証言を
    縦横無尽に駆使してつくりあげた、
    三木のり平さん本の決定版にして
    金字塔ともいうべき作品。
    作家・映画評論家の戸田学さんによる
    丁寧な編集の手さばきによって、
    実父に関する博覧強記と深い思いとが、
    みごとに編まれています。
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