少し前に、松本俊彦先生にお聞きした
「依存症」のお話の反響が大きかったこともあり、
もうひとつ、先生のお話をご紹介させてください。
ほぼ日もいろいろ教えてもらっている
「SNS医療のカタチ」のみなさんのイベントで、
松本先生がゲストスピーカーとなり、
アルコールについての話されたときの記録です。
この日の司会は、作家の浅生鴨さん。
壇上には「SNS医療のカタチ」の運営メンバーである
大塚先生、山本先生、堀向先生もいらっしゃいました。
あまり積極的に語られることのない
アルコールの負の側面についてのお話ですが、
たのしく、安全にお酒と付き合っていくため、
基本的な知識として身につけておきませんか。
松本俊彦（まつもと・としひこ）
1967年神奈川県生まれ。医師、医学博士。
国立精神・神経医療研究センター
精神保健研究所薬物依存研究部部長。
1993年佐賀医科大学医学部卒業。
神奈川県立精神医療センター、
横浜市立大学医学部附属病院精神科などを経て、
2015年より現職。
2017年より国立精神・神経医療研究センター病院
薬物依存症センターセンター長併任。
『自傷行為の理解と援助』(日本評論社) 、
『アディクションとしての自傷』（星和書店）、
『自傷・自殺する子どもたち』（合同出版）、
『アルコールとうつ、自殺』（岩波書店）、
『自分を傷つけずにはいられない』（講談社）、
『もしも「死にたい」と言われたら』（中外医学社）、
『薬物依存症』（筑摩書房）、
『誰がために医師はいる』（みすず書房）、
『世界一やさしい依存症入門』（河出書房新社）
『酒をやめられない文学研究者と
タバコをやめられない精神科医が
本気で語り明かした依存症の話』
（横道誠氏との共著、太田出版）
など、著書多数。
最新刊は『身近な薬物のはなし』（岩波書店）。
#SNS医療のカタチ とは？
「一般の方に正しい医療情報を届けたい」
そんな思いから、
皮膚科医の大塚篤司（おーつか）先生、
小児科医の堀向健太（ほむほむ）先生
外科医の山本健人（けいゆう）先生が
中心になって2018年にはじまった、
医療情報の公開講座です。
リアルとオンラインの両方で、
数多くの情報発信をされています。
このときのイベントでは、作家の
浅生鴨さんがお手伝いをされていました。
フィンランド。
- 松本
- 日本では2006年に
「自殺対策基本法」が制定されて、
国をあげての自殺対策の取り組みを
はじめたんですけど、
自殺って、ほかの国でも大きな問題なんです。 - たとえばフィンランドは、
もともと自殺率がけっこう高かったのが、
いまはけっこうダウンしたんですね。
人口に対する自殺者の数が、
10年かけて３割くらい減っているんです。 - このフィンランドの自殺対策の成功って、
けっこうアルコール政策によるところが
大きいんじゃないかと僕は思ってて。 - スカンジナビアの３つの国
（ノルウェー、スウェーデン、フィンランド）
というのはどこも、昔からお酒の問題に
かなり深刻に悩んできたんですけど、
いま、度数の高いアルコール飲料は
専売になっているんです。 - 例えばフィンランドの場合、
4.7パーセント以上のアルコール飲料は
国直営の「Alko（アルコ）」という
専門店じゃなきゃ買えません。
- 松本
- しかもその専門店は、
週末あんまり営業をやってなくて、
日曜日は完全にお休み。
だからお酒を買いづらくて、気軽には
ホームパーティーができない状態がある。 - スーパーマーケットには少しお酒があるけど、
そこで売ってるのはアルコール度数が
２パーセントのビールとかだけ。
しかも夜９時になると、
その売り場もシャッターが閉まるんです。 - 実はこれ、男女別の、
フィンランドの経年的な自殺死亡率のグラフです。
上が男性、下が女性ですけど、
1990年がピークになってます。
- 松本
- フィンランドの国家的な自殺対策の取り組みは、
1988年にはじまってるんですね。
こういう対策って、はじめた直後は
むしろ上がってしまうことが多いもので、
最初の２年間は上がって、
そのあと下がっているんですけど。 - そして10年かけて自殺者の数が
３割減ってますけど、
これ、ほとんど男性の自殺が減ることで
成功してるんです。
お酒の飲み方を変えていく。
- 松本
- こちらは、フィンランドにおける、
製品別のアルコール消費量の変化です。
- 松本
- これを見ると
「Strong alcoholic beverages」、要するに、
ウォッカとかジンとかウィスキーとか、
アルコール度数が高い蒸留酒の消費量が
途中で激減してるんですよ。 - この激減の理由はというと、
1980年代後半、隣国のソ連が
「反アルコールキャンペーン」をやったことで、
ソ連からのウォッカの輸入が途絶えたんですね。
そのあとフィンランド政府も調子に乗って、
ウォッカに対する課税率を
めちゃくちゃ高くしてるんです。 - ただその後、ＥＵに加盟したことで（1995年）、
あんまり他国と税率に差をつけられないのもあって、
「蒸留酒だけは他の国よりも高いけれども
ビールやワインはむしろ安くする」という、
大胆な政策をとってるんですね。
ビールやワインはどんどん飲んでいいから、
あんまり蒸留酒を飲まないでくれ、ということ。 - ヨーロッパの国々って、北と南で、
お酒の飲み方がずいぶん違うんです。
南のほうは、平日の昼間に食中酒として
ビールやワインなどの醸造酒を飲むスタイル。
でも北のほう、特に北欧だと、
食事のときは意外とソフトドリンクを飲んでる。
だけど、週末にドラッグとして
ウォッカとかの蒸留酒をガンガン飲む。
そういう飲み方の国なんですよ。 - 南の飲み方は「コンチネンタルスタイル」って
言われるんだけど、
これはアルコールに関係する内臓障害が多いんです。
逆に北のほうの、週末にドラッグとして
ウォッカとかをガンガン飲むのは
「ビンジスタイル」。
これは暴力とか自殺とかの問題が多いんです。 - だからフィンランド政府としては、
フィンランド人の酒の飲み方を、
とにかく「ビンジスタイル」から
「コンチネンタルスタイル」に変える。
そういう狙いだったんですね。 - その戦略は実は、90年代の半ば以降、
大成功してるんです。
意外に知られてないんですけど、
フィンランドでは劇的に自殺が減っている。
ビールやワインの消費は伸びてるけれど、
蒸留酒の消費が激減し、自殺は減ってる。
これはだいぶよかったと。 - ただし2000年から2010年のあいだに、
フィンランドではアルコール性肝疾患の
罹患率が２倍に増えてはいます。
だから、アルコール政策って難しいんですよ。
どちらがいいかっていう。
アルコール消費量を見てみると。
- 松本
- じゃあ、日本はどうかというと。
- これは国税庁のホームページをベースに、
全国の都道府県における、焼酎とか日本酒とか、
いろんな酒類のアルコール消費量を
色で示した図ですけど。
多いところが暖色、少ないところが寒色ですね。
- 松本
- 東京だけ飛び抜けて赤いですけど、
これについては除外して考えたほうがいいと思うんです。
東京でアルコールを消費している人の
ほとんどが東京に住んでなくて、
職場が都内で、仕事帰りに都内で飲んで、
そのあと埼玉とか神奈川とか千葉とか
周りの県に帰るパターンが多いですから。
大阪もそうですね。 - ですから東京と大阪を除いて、
各都道府県のアルコール消費量と
自殺死亡率の比をとると、
相関係数が0.6～0.7ぐらい、
中等度の相関があるんですね。 - この地図を見ると、青森、秋田、新潟、高知とか、
おいしいお酒のある土地は
やっぱりアルコール消費量が多いんですけど、
そういう土地って、やっぱり同時に
自殺死亡率も高いんです。 - 逆に自殺死亡率が低い県というのもあって、
それが奈良なんです。
奈良は他の県と比較して、
アルコール消費量がダントツに低くて、
自殺もめちゃくちゃ少ない。
一世帯あたりの貯蓄額もすごく高いんです。 - だから、人々に自殺をさせないためには、
酒を飲まずにいてもらって、
せっせと質素倹約に励んで、貯蓄をしてもらう。
「だったら死んでもいいから、
お酒を飲んで贅沢したい」
って人もいると思うんですけれど、
データだけ見るとそういうことですね。 - こういったことから今日、何を伝えたいかというと、
アルコールについて、
依存症はもちろん問題だけど、
「依存症水準までに至らないような、
お酒の飲み過ぎ」によっても、
自殺者の数は増えてしまうということですね。 - 特に、１日あたりのお酒の量が
純アルコールにすると50ミリ、
日本酒換算で２合半ぐらいを過ぎてくると、
そのくらいから自殺率が
すごく高くなってくるんです。 - だからアルコールって、
「依存症であるかないか」も大事だけど、
「飲み過ぎヤバいよね」と。 - 依存症までいかなかったとしても、
「飲み過ぎの状態が続いていたら、
長期的には自殺の危険因子になるよね」
というのは、多くの研究者が
すでに指摘していることなんです。
（つづきます）
2025-04-11-FRI
-
身近な薬物のはなし
タバコ・カフェイン・酒・くすり
松本俊彦 著
（岩波書店、2025年）松本先生はちょうど2025年３月に、
アルコール、煙草、カフェイン、
処方薬や市販薬といった、
わたしたちの生活に深く根づいた
合法薬物についての本を出されたばかり。
それぞれの歴史的背景や、先生自身の経験など、
興味をひくエピソードを多数交えながら、
「合法」だからこそ難しさのある
それぞれとの付き合い方について、
考えを深める事ができます。
薬物や依存症について、基本的な知識を
得ておきたいと思ったら、
ぜひこちらを読んでみてください。
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