アーティストの荒神明香さん、
ディレクターの南川憲二さん、
インストーラーの増井宏文さん、
3人を中心とした
現代アートチーム目[mé]。
2020年夏、彼らは
《まさゆめ》というプロジェクトを
実施する予定でした。
東京の空に、
実在の「誰か」の顔を浮かべるというもの。
そのプロジェクトを前に、
「ほぼ日曜日」では、
街と人のつながりについて、
「見る」ことについて、
東京の風景について、
目[mé]のみなさんと、
3人のゲストを迎えたトークセッションを予定していました。
しかし、4月にはほぼ日曜日はお休みとなり、
このトークセッションは
それぞれの登壇者がオンライン上で顔を合わせ、
配信で行うことになりました。
直接会えない状況のなかで交わされた言葉たちを
ここに採録します。

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トークセッション#01 紫牟田伸子×目[mé] 街と人のつながりのこと 1 少女の夢から生まれた《まさゆめ》

第1回のゲストは、
編集家の紫牟田伸子さん。
『デザインの現場』や『美術手帖』の
副編集長を経て、いまは「ものごとの編集」に
携わっている紫牟田さん。
街をよくすることに自分が関わること
=シビックプライドに関する著書を
おおく書かれています。
それぞれの考える「景観」、
そこにどう関わっていくかの話が広がりました。

[profile]
紫牟田伸子

編集家/プロジェクトエディター/デザインプロデューサー。
美術出版社、日本デザインセンターを経て、
2011 年に個人事務所設立。「ものごとの編集」を軸に、
企業や 社会・地域に適切に作用するデザインを目指し、
地域や企業の商品開発、ブランディング、
コミュニケーション戦略に携わる。
また、都市と人の関わりの調査・研究も手がけ、
編集・執筆を行っている。
主な著書に、『シビックプライド:都市のコミュニケーションを
デザインする』『シビックプライド2:都市と市民の関わりを
デザインする』(共に共同監修/宣伝会議/2008、2015)、
『シビックエコノミー:私たちが小さな経済を生み出す方法』
(編著/フィルムアート社/2016)など。
多摩美術大学ほか非常勤講師。

南川
新型コロナウイルス感染症が流行している現状については、
「医学」と「政治」、
二通りのものの見方がありますよね。
まるでぼくらの世界が二通りのものだけで
できているかのよう。
そんななかで違うものの見方を考えるためにも
このトークをやりたいなと思いました。
いま起きていることは何かを考え続けていきたい。
そのなかであらためて
《まさゆめ》のことを考えたい、と。
《まさゆめ》の発端は、
荒神が中学生のときに見た夢なんです。
僕はこの話、もう100回以上聞いているんですけど。

荒神
はい。
塾の帰りに電車に乗っていた夢です。
車窓の風景を見ていたら、
林がパンと開けた瞬間、街がパーッと広がった。
夕暮れどきの空に、
お月さまみたいに光る巨大な顔が浮いていたんです。
ワーッて思った瞬間、また林が視界を邪魔して
一瞬しか見られなかった‥‥という。
そのとき、あの顔の下には街があって、
顔を浮かばせている人がいるんだ、って。
そんな謎なことをやっている大人たちが
そこにいることに勇気づけられた。
この夢はとっても大事な気がして、
「覚えておこう」って思ったんです。
南川
当時14歳の、誰でもない少女の夢。
そのプライベートなところから生まれた
《まさゆめ》というプロジェクトは、
東京の空、つまりパブリックな空間に展開されます。
浮かべるのは実在する「誰でもない誰か」の顔。
僕やみなさん、ほかの誰でもあり得る顔です。
「この顔でなければならない」必然ではなく、
「そうでなくてもよかった」必然として、
都市の空に現れます。
オリンピック・パラリンピックという
連綿と続く大きな運動のなかで、
それを見た人が、
自分たちの場所を考えることにも
つながるといいなと思う。
そんなプロジェクトをやるにあたり、
「シビックプライド」という考え方を知って、
紫牟田さんにぜひお話を聞いてみたいなと思いました。
紫牟田
実際にお目にかかれればもっとよかったけど、
こんな新しいやり方でお二人に会えるのはうれしいですね。
「シビックプライド」というのは、
20世紀の終わり頃に欧米で生まれた言葉で、
「街に対して抱く、個人個人の自負の感情」
と私たちの研究会では話しています。
都市と人のあり方の中で
いろんな試みが起こっていることそのものを
「シビックプライド」としてとらえ直しています。
自分と街の関係をどう考えているのか。
単純な好き嫌いじゃなくて、
私がその街を形成している一人なんだ、
というところまで踏み込むのが
シビックプライドだと考えています。

 
東京なんて特に、
「誰かがつくった街」という感覚を持っている人が
多いと思う。
けれどもシビックプライドを持つことで、
自分自身の自己肯定感が高まるんですよね。
南川
ベタですけど、ちょっと前まで
パリとかの町並みがうらやましいと思っていました。
日本もあれくらいきれいな景観だったらなあ、
とか思ったりして。
最近部屋のもようがえをしたんですけど、
終えてコーヒー飲んだらうまいなーって思う。
でも、窓をあけたら非常に残念な景色が広がっている。
最高のコーヒー1杯が、
自分の場所を好きになるきっかけになりそうなんだけど‥‥。
果たして自分の街を好きになっていけるのかな、って。
紫牟田
いやいや、まさに同意です。
私も、日本の街ってどうしてこんなに汚いんだろうと
思っていました。
路地が自然に生まれて、小さな店がいっぱいあって、
時間が経過したら感じがよくなってくるのに、
それが計画的に壊されて新しいビルが建った瞬間に
虚しい風が吹く。
どうしてこうなっちゃうんだろうって。
南川
はい。
紫牟田
建築計画の人に
「居心地のいい路地はデザインできるか」を
聞いたことがあるんです。
やっぱりそれはむずかしいらしい。
路地って、一人ひとりが面白いと
思っているものの集積だから。
より多くの人が面白いと思うものの
つまらなさってあるんですよね。
なぜ街が汚いと思ってしまうのか、
それはシステム、設計の問題だと思う。
残すべきものをどう残すかが、
私たちの選択になくてはならない。
街を考えるときに
資本主義が大きくなりすぎないようにするのは
これから大事だと思います。
南川
景観、町並みをみんなが
自分が好きだと思えるものにするのは、
時間がかかるんでしょうか。
紫牟田
そうですね。
「豊劇新生プロジェクト」というものがあって、
古い映画館の一部がコミュニティスペースになっているんです。

 
目の前の建物がそれほど美しくなくても、
みんなでわいわいしている風景と一緒になると、
それが新しい愛着になる可能性がある。
ケヴィン・リンチが『都市のイメージ』という本で
「市民はだれでも、自分の住む都市のどこかの部分に
長いあいだ親しんでいて、
彼らの抱くイメージは記憶と意味づけに満たされている」
と書いているんです。
この言葉を意識するようになってから、
「東京は汚い」「日本の街は汚い」
という絶望的な気分から逃れることになりました。
南川
なるほど。
景観がきれいでなくても
好きと思える可能性はあるんじゃないかってことですね。
紫牟田
そう。
でもいいデザインは大事。

 
この群馬音楽センターは、
建築費の1/3が市民の寄付です。
みんなの思いが形になって建築物になっている。
それが愛着、街への参加感になっていくんですよね。
南川
荒神はいま、自分が住んでいる埼玉が最高って思ってるんだよね。
荒神
はい。
紫牟田
それは‥‥、『翔んで埼玉』的なこと(笑)?

(つづきます)

2020-06-16-TUE

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  • 目 [mé]
    アーティスト 荒神明香、ディレクター 南川憲二、インストーラー 増井宏文を中心とする現代アートチーム。
    個々の技術や適性を活かすチーム・クリエイションのもと、特定の手法やジャンルにこだわらず展示空間や観客を含めた状況/導線を重視し、果てしなく不確かな現実世界を私たちの実感に引き寄せようとする作品を展開している。
    主な作品・展覧会に「たよりない現実、この世界の在りか」(資生堂ギャラリー 2014 年)、《Elemental Detection》(さいたまトリエンナーレ 2016)、《repetitive objects》(大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ 2018)などがある。第 28 回(2017 年度)タカシマヤ文化基金受賞。2019 年は、美術館では初の大規模個展「非常にはっきりとわからない」(千葉市美術館)が話題を呼んだ。

    《まさゆめ》とは
    年齢や性別、国籍を問わず世界中からひろく顔を募集し、選ばれた「実在する一人の顔」を東京の空に浮かべるプロジェクト。現代アートチーム目  [mé]のアーティストである荒神明香が中学生のときに見た夢に着想を得ている。
    東京都、 公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京が主催するTokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13の一事業。
    公式サイト