marikomikuniのスナップに登場いただいた、
ジャズトランペッターの市原ひかりさん。
最近ではヴォーカリストとしても活躍し、
自身のCDのアートワークを手がけ、
多彩な活躍をみせています。
エネルギーいっぱいで、
笑顔あふれる素敵な人柄に、
初対面ですっかり虜になりました。
ファッションのお話を中心に聞いたスナップには
入れられなかった、お仕事や馬のお話を
特別編としておとどけします。

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特別編 練習し尽くして、確信を持って吹く。 市原ひかりさん

──
もともと市原ひかりさんに
取材のおねがいをさせてもらったのが、
チームメンバーのシブヤが
ライブハウス「NARU」で、
土岐英史さんカルテットのライブで
市原さんを見たことがきっかけでした。
演奏もカッコよかったけれど、
舞台に立つ様の“チャーミングさ”に
とても惹かれたと話していたんです。
市原
ありがとうございます。

──
メインのお仕事はジャズトランペッター?
市原
肩書きはいろいろありますが、
ジャズトランペッターとしての活動がメインです。
ここ最近歌も歌わせてもらっているので
ヴォーカリストでもあり、
松任谷正隆さんがはじめられた
「SKYE」という70歳の大型新人バンドの
ホーンセクションでも吹かせてもらっています。

──
松任谷正隆さん、鈴木茂さん、
小原礼さん、林立夫さんと、
とても豪華なメンバーですね。
市原
貴重な経験をさせてもらっていますし、
松任谷さんのホーンアレンジを譜面におこせるのは
とても楽しいです。
父がジャズドラマーでして、
家でいろいろな音楽がかかっていました。
とくに「シティ・ポップ」を聞いてきて、
私のルーツはそこにあるんです。
22歳、2005年に1stアルバムを出させてもらって、
40歳をむかえて、自分の原点にあるシティ・ポップを
奏でる方々とご一緒できるのは特別なことだなと思います。
最初のアルバムのプロデューサーが鈴木茂さんなんです。
なので、原点回帰しているところですね。
母校の洗足音楽大学のジャズコースで
教える仕事もしていますし。

──
先生のお仕事もされているんですか。
市原
先生は天職かもしれないです。
──
教える仕事は楽しいですか。
市原
はじめは、生徒たちのやる気も実力もバラバラで、
全員に教えるのは無理だ、と諦めそうになりました。
音大に来ているくらいなので、
私もそうだったけれど
全員当然プロになりたいのかと思ってたら、
将来のことを決めかねている子がたくさんいました。
でも、私も引き受けたからには、
「市原さんの授業を受けてよかった」
と思ってもらえるようにしようと決めて。
一生懸命準備して、試行錯誤しながら喋り続けて、
ここ最近やっと「向いてるかも」と
思えるようになりました。
──
ジャズというジャンルは感覚的なものかと思いきや、
教えることがたくさんあるんですね。
市原
私はわりと感覚だけでやってきたと思います。
簡単に説明すると
ジャズという音楽はほとんどアドリブで構成されています。
題材となるメロディにコード進行がついていて、
コード進行のうえでアドリブで即興演奏する。
感覚的にやってきたので、
私はなぜその音を吹いているのか、
自分で説明できなかったんです。
でも、大学で教えるようになって、
自分の音について伝えるようになったら
ようやく「なぜその音を吹いているのか」が
見えてきました。

──
見えてくると演奏も変わりますか?
市原
演奏のベースは変わらないですけど、
私がどんな音楽を基本にしていて
どんなことを考えてその音に行き着くのか、
理由がわかったことで、
これまでと違うことに挑戦しやすくは
なったかもしれないです。
──
勝手な想像ですが、
ジャズって自分に自信がないと
演奏できないジャンルなのではないかと思っていて。
市原
どんな音楽も、おそらくすべての仕事において、
本気でやろうと思ったら鍛錬して、
自分に自信をつけることはぜったいに必要ですよね。
とくに音楽はゴールも正解もないので、
一生研究して突き詰め続けなきゃいけない。
セオリーをなぞってばかりではつまらないし、
どこまでがセオリーで、どこまでが自分のパッションで、
そこに人に聴いてもらうための
エンターテイメント性をどれくらい入れるのか、という
セオリーとパッションとエンタメの
ベストなバランスを見つけるのはすごく難しいです。
そこが見つからないと、自信にはつながらないと思うから。
──
市原さんはどんな風に
セオリーとパッションとエンタメのバランスを見つけて、
演奏されているんですか?
市原
うまく言葉にはできないんですけど‥‥
私が音楽をやっている理由は
人が笑っている顔を見たいから、なんですね。
そうすると、奇をてらったテクニックばかり
披露していても理解してもらえないし、
媚びたようなことをするのも自分の表現ではない。
いろいろやって、行き着いた結果、
ベストなバランスで表現できるものが歌でした。

──
歌もとても素敵ですよね。
まるで市原さんのトランペットの音色のようだなと思って。
市原
まさに、トランペットでやっていることを歌で歌いたいし、
歌っていることをトランペットで吹きたい。
両方を融合させることが一番理想のバランスに
近いのかなと思っています。
──
年間、何ステージくらい立たれているんですか?
市原
最近は、すごく減らしました。
30代前半までは月に25本くらい
ライブしてたんですけど。
──
ほぼ、毎日!
市原
いろんな人と演奏して勉強したい、
という気持ちと生活を維持する恐怖心と‥‥
立ち止まったら生きていけない
みたいな感覚があったのですが、
今は本数を減らして、1つの仕事を濃密に。
そうしたら逆にいい仕事がどんどん舞い込んできて、
30代に入ってから楽しいです。
──
20代はしんどいところもありましたか?
市原
ジャズミュージシャンは女性が少ないので、
20代のころは「バカにされまい」と気を張っていました。
自分でも自覚があったんです、
若いし、女性のジャズトランペッターはめずらしいから、
こんなに早くメジャーデビューできたんだろうと。
周りにもてはやされている状況で図に乗ってたら、
すぐに居なくなってしまうだろうと思っていましたし、
強く見られたくて、
全身暗い洋服を着て、キリッとしてました。
当時を知っている人からは
「市原は怖かった」と言われるほどです。
──
そうなんですか、想像できないです。
市原
でも、30代後半に入って、
「自分は自分だ」と思えるようになりました。
おしゃれなんかしていたら
「そんなことより練習しろ」って
言われるかなと思う部分もあったんですけど、
でも、練習してるしなと思って(笑)。
それで髪を好きな色に染めて、好きな色の服を着て、
演奏も人生もどんどん楽しくなっていきました。

──
好きを大切にしているというので気になったのが、
アクセサリーも、タンブラーも、
身につけていらっしゃるものが
ほとんど“馬”にかんするものですね。
市原
馬が大好きなんです。
とくに競馬の馬が。
──
どんな風に楽しんでいらっしゃるんですか?
市原
カメラを持って馬を見に行くのが、
いちばん楽しいです。
あとは、お馬さんと人間の関わりが好きで、
「厩務員さん」といって
競馬馬をお世話されている方がいるんです。
毎日、一生懸命お世話して、手入れして、
レースに送り出して、
でも、100%無事に帰ってくるとは限らないんです。
なので、そういう時間を写真に撮らせてもらうという、
非常にニッチなことをやっています(笑)。
競馬場に通うようになって、6年くらいですかね。

──
推しの馬は?
市原
3年ほど前から「一口馬主」というのをはじめまして、
クラブが選んだお馬さんのなかから
自分で選んで出資をするんです。
そのときにはじめて出資した馬が、
イクイノックス(*)でした。
気がつけば、世界ランキングトップの馬になって。
*取材後、12月に引退となりました。
──
一口だとしても、
「うちの子」感はすごく芽生えそうですね。
市原
ものすごい芽生えますね。
ほかにも何頭か一口馬主になっているのですが、
その子たちが走るときは
なるべく競馬場に見に行くようにしています。
もう、口から心臓が飛び出そうなくらい緊張して、
とにかく無事に帰ってきてほしいと
祈りながら応援しています。
──
自分ではどうしようもできないから、
祈るしかできないですもんね。
市原
なので、自分のライブでは緊張しなくなりました。
なぜなら、演奏は自分でどうにかできるから。
どうにでも対処できるようにたくさん練習して、
練習し尽くして、確信を持って吹けば、
絶対に結果が出るとわかるようになりました。
──
練習し尽くして、確信を持って吹く。
市原
はい、何事も準備だと思います。
とことん準備すれば、
仕事も趣味もすごく楽しくなる。
自分が楽しいと周りの人も笑顔になるので、
前はもっと周囲に関心がありましたけど、
いまは全部「自分のため」を軸にするようになりました。
自分の人生だから、自分のために生きようって。
──
素敵です。
すごく伝わってきました、市原さんの思いが。
市原
うれしいです、こんなに話を聞いてくれて。
──
今、練習していることはありますか?
市原
私がもっとも苦手とする
譜面を吹く仕事がたくさん入ってきているので、
今はそこに向き合っています。
トランペッターって不思議なもので、
向き不向きが音色に出やすいんですね。
人の声くらい違う音が出る。
私は、ひとりで淡々と派手じゃない音を吹くのですが、
今はいわゆる「トランペット」の音を吹く仕事があり、
めちゃくちゃ練習しています。
──
吹きかたを変えるって、
簡単そうに話されますけど相当難しいことですよね。
市原
そうですね‥‥たまたま、私が片頭痛持ちで、
腕の良い先生を紹介いただけたんです。
MRIを撮って、みてもらったら、
先天性の脳の奇形だと言われてしまい。
トランペットを吹いたときに激痛が起きる原因が
これだと判明しました。
──
それは、なんと‥‥ショックですね。
市原
言われたときはショックでした、
いつか吹けなくなるのかなと思って。
でも、力を入れすぎていると言われて、
息の吸い方、吹き方を変えてみたら
音域が広がって今の仕事につながって、
ほんとによかったと思いました。
──
市原さんのピンチをチャンスに変えていく
パワーがものすごいですね。
市原
まあ、やめても歌もあるしいいかなと思ってました(笑)。
農場もやってみたいし馬のこともあるし、
人生一回きりなので、やりたいことを逃さないように、
これからももっと練習します。

2024-02-27-TUE

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  • 市原ひかりさんのトランペットの音色は、
    やさしく、気品があり、
    気持ちのよい聴き心地です。
    最近では『BLUE GIANT』をきっかけに
    ジャズの人気が高まっていますが、
    市原さんの演奏を聴くと
    ジャズという音楽の幅広さを
    感じられると思います。
    また、ヴォーカリストとしての
    市原さんの歌声もとても魅力的。
    スウィンギンな歌声とジャズの演奏、
    どちらもやってのけてしまう
    アルバム『シングス&プレイズ』など
    ぜひ聴いてみてください。
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