宇宙の話って、なんとなーく面白そう。
だけど普通に暮らしていて、くわしい人に
話を聞ける機会って、そんなにない気がしませんか。
今回、ほぼ日にたまたまメールをくださった
新井達也さんが、宇宙服の生命維持装置の
エンジニアだったので、
「宇宙服」を切り口に、いまの宇宙開発のお話を
いろいろと聞かせていただくことにしました。
「宇宙に興味はあるけど、まだよく知らない」
そんな、超初心者の方向けの宇宙入門です。
宇宙がちょっと身近になる全11回。
どうぞじっくり、おたのしみください。

>新井達也さんプロフィール

新井達也 プロフィール画像

新井達也(あらい・たつや)

1980年生まれ。
東京大学工学部航空宇宙工学科 (学士、修士)、
米国マサチューセッツ工科大学
航空宇宙工学科 (博士)を卒業後、
医療機器メーカー勤務を経て、
現在テキサス州にて
オーシャニアリング社の宇宙システム部門に勤務。
専門は生命維持装置。

ほぼ日とは、糸井重里とほぼ日乗組員が
2010年にボストンを訪れたときに、
お昼をご一緒したとき以来の縁。

『MOTHER』シリーズの大ファンでもあり、
プレイするときの
主人公の名前はテントウムシ、
好きなものはあぶらむし。

前へ目次ページへ次へ

(3) ルカ・パルミターノさんすごい。

ほぼ日
今回、新井さんが作られた
LEGOの宇宙服の話もぜひ聞きたいです。
新井
最近子供たちがLEGOをするようになりまして、
一緒に遊んでたら自分もハマりまして(笑)。
LEGOには一般の人のアイデアが
製品化されるプラットフォーム
があるんですが、
自分でもやってみたくなって、
2024年に使われる予定の宇宙服を作りました。
宇宙服もミニフィギュアサイズとか、
巨大な人間サイズのものはあったんですが、
ちょうどいい遊べるサイズがなかったので。
‥‥これですけども。

ほぼ日
わぁ、それが実物ですか。
かっこいい!
新井
最近改良して、さらにリアルになりました。
肩も分厚く、手袋も太く。
腰もちゃんと回って、90度で
しっかり座れるようになりました。
足首もしっかり動きます。

新井
LEGOでロボットを作る人は多いんですが、
足首に負担がかからないように
頭や上半身や小さくしがちなんです。
ですが本来の宇宙服というのは
こういうかたちなので、忠実に。
中も、実物と同じように空洞にしています。
元のものを見たい場合は、
NASAが2019年に
宇宙服を発表したときの動画が
たしかこちらに‥‥。
(参考動画を見る/外部サイト)
ほぼ日
おおー、すごい。これですか。
ワクワクしますね。
そして、たしかにこれがそのまま
LEGOになっている!
新井
後ろに背負っているのは「生命維持装置」で、
ドアを開くとこんなふうになっています。
換気扇のファン、酸素ボンベ、電池。
いちばんでっかいのが二酸化炭素吸着装置。
冷却装置もあります。
これも実際のものに合わせています。

ほぼ日
中はこんなふうになってるんですか。
冷却装置なんてあるんですね。
新井
そうなんです。みなさん、
宇宙の温度ってどんなイメージですか?
すごく寒いイメージ、すごく暑いイメージの
どちらかだと思うんですけど、
太陽の光が当たっていると250℃、
日陰だとマイナス250℃とか、
とんでもない環境になるんです。
だから宇宙服では基本的に「断熱」するんです。
するとどうなるかというと、人間や機器の熱で、
中がどんどん熱くなるんです。
だから宇宙服では基本的に、
中にいる人の体を
「放熱」、冷やすのが基本です。
そのために冷却装置がありまして、
これで宇宙飛行士の体を冷やします。

ほぼ日
おおー。
新井
具体的にどう冷やすかというと、
「宇宙服の下着」があって、
宇宙服の前にそれを着るんです。
柔らかいストロー状のものが張り巡らされた
タイツのような服なんですけれども、
その先を生命維持装置とつなぐと、
中を冷たい水がキューッと流れます。
これを着ると、体は乾いているのに、
プールに入ったときみたいに体が冷えていきます。
ほぼ日
おもしろーい。
新井
水って蒸発させると残りの水が冷えるので、
それを循環させて宇宙飛行士を冷やします。
水がなくなったら、
宇宙ステーションに戻る必要があるんですけど。
ほぼ日
はい、はい。
新井
また酸素も、ボンベの中身がなくなったら
戻る必要があります。
とはいえ8、9時間は連続で
作業できるようになっています。
ほぼ日
宇宙服を着た状態で、最大だと何時間、
宇宙空間にいられるんでしょうか。
新井
ああ、どのぐらいでしょうね。
まったく運動をせず、
ものすごくゆっくり呼吸して、
代謝を抑えれば‥‥24時間くらいいけますかね。
設計では
「すごくがんばって仕事をしたときでも
8時間以上もつように」となっています。
ほぼ日
なるほど、基準は8時間以上。
新井
でも人間、そこまで働き続けられないですから。
3分の1ぐらいのエネルギー消費にすれば、
3倍の24時間くらいいけるんじゃないでしょうか。
ただ、それは酸素だけなので、
水や温度にもよりますね。
水がなくなると冷やせないですから。
日が照っているか、いないかにも左右されます。
ほぼ日
あぁ、そうか。
新井
それはなんだか大学の試験に出そうな
質問ですね。
「この条件下で、宇宙飛行士が何時間
生きられるか?」みたいな。
むちゃくちゃ楽しそうな問題ですね。
でもパッと考えた感じ、24時間いける気がします。
ほぼ日
宇宙服って、スマホでいう
「充電」みたいな作業ってあるんですか?

新井
そういう作業はありますね。
電池自体の充電もありますし、
「宇宙服下着用の水を補充する」
「ボンベに酸素を入れる」
といったことも必要です。
あと、いま使われている宇宙服の場合だと、
二酸化炭素の吸着装置を熱して
真空にさらし、
「くっついた二酸化炭素を宇宙空間に捨てる」
作業があります。
2024年に使われる最新の宇宙服は
少し違う仕組み(※)なんですけど。
そのあたりが充電にあたるかもしれません。
(※)2024年の宇宙服は、
常温で二酸化炭素を除去できる仕組み。
二酸化炭素を吸着するつぶつぶが入った
「ベッド」という容れ物が2つあり、
順番に使っていく。
片方が二酸化炭素でいっぱいになると
パッと切り替え、それまで使っていた
「ベッド」を宇宙の真空にさらすことによって、
二酸化炭素を真空中に逃がす。
交互に使うことで、継続的に二酸化炭素を
除去することができる。
ほぼ日
‥‥では、そのあたりをやれば、
宇宙服は毎日使える?
新井
そのはずです。が、毎日使うという話は
いまはあまり聞かないですね。
1980年代とかだと「毎日船外作業をしよう」
みたいな感じだったんです。
でも船外活動って、けっこうリスクも多いので、
最近はできるだけ宇宙飛行士に
船外活動をさせない感じになってます。
ほぼ日
やっぱりリスクも多いんですか。
新井
最近もすごく危ない事件があったんです。
イタリア人の元軍人の宇宙飛行士で、
ルカ・パルミターノさんという方がいるんですけど、
ヘルメット内で「水漏れ」が起きたんです。

▲ルカ・パルミターノさんのイメージで新井さんが作ったというレゴ。 ▲ルカ・パルミターノさんのイメージで新井さんが作ったというレゴ。

新井
宇宙服の背中のほうから少しずつ水が出てきて、
その方がスキンヘッドなんですけど、
首の後ろ側から、頭を伝って
水がズズズズーッと広がってきたと。
無重力なので、皮膚の表面を
水がだんだん覆っていったんですね。
その水がウワーッと前までやってきて、
目が見えなくなって、
さらに鼻にまできた状態になって。

ほぼ日
え、顔全体が水に覆われちゃう?
新井
そう、鼻についてしまって、
息を吸うとどうなるかわからない。
ほぼ日
つまり、窒息の危険性?
新井
そう、怖いですよね。
さらに水がヘッドホンも覆って、
指示を聞くのも困難になって。
ほぼ日
うわぁ‥‥。
新井
でもそのルカ・パルミターノさんは
軍人としてすごくトレーニングされていたから、
本当に大変な状況でありながら、
ものすごく冷静だったんです。
だからヒューストンにいる管制室の人たちも、
そこまで危ないとは思わなかったらしいですね。
ほぼ日
そんな(笑)。
新井
最初は水で二酸化炭素のセンサーが壊れたんですけど、
そのセンサーはわりとよく不調が起きるから、
みんな「よくあることだ」と思ってたらしいんです。
ところがどっこい、本当に水漏れで。
ぎりぎり宇宙ステーションに帰りついて、
別の飛行士がヘルメットを脱がせて
なんとか助かったという事件がありました。
ほぼ日
はあぁー、よかった。

新井
すごいですよね。
ルカ・パルミターノさん、目が見えないのに、
宇宙飛行士としての訓練のおかげで、
グローブからの感触だけで、
宇宙ステーションの入り口まで戻ったらしいんです。
ほぼ日
それは宇宙ステーションの外で
作業をしているときのことですか?
新井
そうです。新しいセンサーをつけたり、
古いセンサーを取りかえたり、
モジュール増築の準備をしたり、
たまに宇宙飛行士が船の外の活動を
しなきゃいけないことがあるんですね。
そういうときに起きた話だと聞いています。

ほぼ日
宇宙服に問題が起きたときって、
アラームとかはないのでしょうか。
新井
水が覆ってきた場合のアラームは、
たしかなかったですね。
とはいえ「二酸化炭素のセンサーが壊れた」とか
「無線が聞きにくくなった」なら、
症状ですぐにおかしいことはわかるので。
でもそのときはみんな異変を感じながらも、
宇宙飛行士の方が本当に冷静だったので、
みんなそこまで重大だと思わなかったみたいです。

(つづきます)

2021-01-25-MON

前へ目次ページへ次へ
  • 2024年の「アルテミス計画」で使われる
    船外活動用の宇宙服を、
    身長34cmのLEGOにしたものです。
    本物の約1/7の、
    遊んだり飾ったりしやすいサイズ。
    LEGO社が新製品のアイデアを募集する
    「LEGO IDEAS」に参加しています。

    宇宙服を愛し、実際に関わられている
    新井さんならではの細やかさで、
    それぞれの部位や生命維持装置の中身も
    かなりリアルに作られています。

    関節はほぼ全て動き、
    さまざまなポーズが可能。
    足首、ひざ、腰、股関節、肩ひじ、
    手首、指、すべて動きます。
    実物と同じく、中も空洞になっています。

    投票には無料でレゴアカウントを
    作る必要がありますが、
    もしよければ、新井さんの
    NASA Artemis Space Suitを
    「SUPPORT」してみてくださいね。
    ▶こちらからどうぞ(外部ページへ)