
この漫画のもとになった投稿
二十歳の頃、都心の大きな総合病院で
お掃除のアルバイトをしていたことがあります。
各病室の水回りや床掃除をしてまわるのです。
毎日のことなので、
患者さんともちょっとした顔見知りになり、
他愛のない会話を楽しむこともありました。
ある時期、廊下の突き当たりの個室に
初老の男性が入院していました。
いつも新聞を読んだり、
難しそうな本を読んだりして過ごされていました。
会話はそれほど多くなく、
入退室の時に挨拶をするくらい。
それでも、
紳士とはこういう方をいうのだろうと思わせる
佇まいがありました。
数週間過ぎたある日、
その紳士が何かを言いたげに、
こちらを見つめていました。
西陽が彼の横顔を照らしていたのを覚えています。
「あのさ、もうすぐ死んじゃうんだってさ。
信じられないよなぁ」
そう言って溢れた涙を拭いました。
病院ですから、そういった状態の人が
中にはいらっしゃることは
わかっているつもりでした。
辛い闘病生活を少しでも気持ちよく、
せめて
不快にさせないことを大切にしているつもりでした。
しかし、そのときのわたしは
彼に返す言葉を持っていませんでした。
ただ戸惑い、口をパクパクするだけ。
「ごめんね。
こんなこと急に言われてびっくりしちゃうよね」
そう言われても
首をブンブンと横に振るのが精一杯でした。
その後ふたつみっつ会話があったような気がしますが、
とにかく、
そそくさと挨拶をして退室してしまったのです。
ありきたりな言葉すら浮かばなかったことを、
ひどく悔やみました。
なにせ、その日は、
わたしのアルバイトの最終日だったのです。
もう気の利いた言葉を伝えるチャンスはありません。
それから数十年経った今も、
思い出すたびお腹がぎゅうとなるのです。
あのとき、なんと答えればよかったのだろう。
今もまだわからないままです。
(さや/「雲のうえFM」への投稿より)
2026-07-04-SAT
-
エピソード、募集中です。
-
「今日の小ネタ劇場」とは
2005年から連載を開始した読者投稿コンテンツです。2022年時点ですでに17年以上、「今日のコドモ」「今日のダンナ」「今日のじーばー」「今日の気になるあいつ」….などの20以上のカテゴリから、日替わりで毎日欠かさず3ネタを更新してきました。アーカイブを残していないため、その日のネタは、その日にしか読めません。2016年には、過去の傑作から選りすぐって書籍化もされました。ほぼ日に来たら、まずはここからという読者も多い、大人気のコーナーです。今日の「今日のコドモ」は、こちらからどうぞ。
-
今日マチ子
漫画家。1P漫画ブログ「今日マチ子のセンネン画報」の書籍化が話題となる。文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に4度選出。戦争を描いた『cocoon』は「マームとジプシー」によって舞台化。2014年に手塚治虫文化賞新生賞、2015年に日本漫画家協会賞大賞カーツーン部門を受賞。『みつあみの神様』は短編アニメ化され海外で23部門賞受賞。コロナ禍の日常を絵日記のように描いた近著『Distance わたしの#stayhome日記』が、2022年1月『報道ステーション』にて特集された。
-
漫画:今日マチ子
編集:奥野武範(ほぼ日)
デザイン:杉本奈穂(ほぼ日)
感謝:「今日の小ネタ劇場」を愛する
すべてのみなさま
